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七章
もうすこしむかしばなし
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静かに戸を閉め、防音の魔術を施し固いベッドに潜り込む。
目を閉じて思い返すのは、白金の髪の女の姿。
郷の近くを彷徨いていたのを、番人が捕らえてきた人間の女。
天罰がどうのと半狂乱になり喚くその女が言うには、太陽神を崇める巫女であるという。
法力を高める為に仲間とやってきたようで、女を取り戻そうとした者達を屠ってやったと番人二人が誇らしげに語っていた。
強い法力を持つらしいその女の処遇を話し合ううちに、上役の一人が、我らの血に法力を混ぜてはどうかと提案した。
当時御子がおらず、寿命で多くの者が死んでいた矢先の事で、女であればなにがしかの才を受け継ぐ児を造れるのではないかとなったのだ。
法力を持つものを混ぜた事もなく、魔力の少ない人間であるので、相手には比較的人間の形に近い者が選ばれた。
堂に籠らせるうちに、女は二人の児を造った。
あまり出来は良くなく、うちの一人は魔力も殆どなく、深紅の片目と石化した片目を持つだけの失敗作であった。
女が年を取り始めたので、人間に近い自分に役割が巡ってきた頃には最後になるだろうと言われていた。
確かに自分は狼の耳と太い尻尾を持ち合わせているくらいで、形は人間に近いと言える。
堂に入って初めて会った女は、痩せて青白い顔色をしていたが、見たこともないほど美しいと思った。
郷では獣の特徴を持つものこそが強く、美しいとされてきたのだが。
全てを諦めたように虚ろな目でこちらを見た、その女が。
イズティスだけが、違って見えたのだ。
それから決まりに則り、堂に毎日通った。
彼女の声が耳に甦る。
これ程時間が経っても鮮やかに。
「あなたはあまり話をしないのね」
「え?私に?……綺麗な花……ありがとう」
「どうして私に何もしないの?
他の男みたいに乱暴しないのはなぜ?」
「……そう。あなたがここに通うだけでいれば、私がこれまでみたいな目に逢わずに済むと思ってくれているの……」
「ここに捕まってから……少しだけど心が安らいだ気がするわ。
あなたが無口で何もしてこないからかしらね」
「今日はクッキーを作ってみたの。
材料が少ないから出来は良くないけど、毎日のお花のお礼よ。
……え?作り方を教えて欲しい?
ふふ、それはいいわね。楽しそうだわ」
「あなたは器用なのね。
冬になったら花が咲かないからって、布の端切れで作ってきてくれるなんて」
「最近ね……体の具合がよくないの。
ねえ、子供を持つ役目を果たさないと、無能とそしられて辛い目に遭うのだと先の男が言っていたわ。
……あなたをそんなふうに、させたくない」
「最後に、あなたに会えて……良かった。
優しいあなた……どうか、この子を育ててあげて。
わたしの、かわり、に」
赤と鳶色の混ざる瞳が閉じられていくあの日の絶望が、こんなに時間が経っても褪せてくれない。
まさかイズティスとのかけがえのない日々の末に、御子を授かるとは思わなかった。
彼女の体も心も壊した受胎の儀式に、我が子も身を投じるなど、本当は耐え難かった。
明日見送る事などとても出来そうにない。
イズティスのつけた、月と星の名を冠する我が子。
無力な自分が最後にできたのは、物が少ない中で母が考案した菓子を、たった一枚与えるだけ。
目を閉じて思い返すのは、白金の髪の女の姿。
郷の近くを彷徨いていたのを、番人が捕らえてきた人間の女。
天罰がどうのと半狂乱になり喚くその女が言うには、太陽神を崇める巫女であるという。
法力を高める為に仲間とやってきたようで、女を取り戻そうとした者達を屠ってやったと番人二人が誇らしげに語っていた。
強い法力を持つらしいその女の処遇を話し合ううちに、上役の一人が、我らの血に法力を混ぜてはどうかと提案した。
当時御子がおらず、寿命で多くの者が死んでいた矢先の事で、女であればなにがしかの才を受け継ぐ児を造れるのではないかとなったのだ。
法力を持つものを混ぜた事もなく、魔力の少ない人間であるので、相手には比較的人間の形に近い者が選ばれた。
堂に籠らせるうちに、女は二人の児を造った。
あまり出来は良くなく、うちの一人は魔力も殆どなく、深紅の片目と石化した片目を持つだけの失敗作であった。
女が年を取り始めたので、人間に近い自分に役割が巡ってきた頃には最後になるだろうと言われていた。
確かに自分は狼の耳と太い尻尾を持ち合わせているくらいで、形は人間に近いと言える。
堂に入って初めて会った女は、痩せて青白い顔色をしていたが、見たこともないほど美しいと思った。
郷では獣の特徴を持つものこそが強く、美しいとされてきたのだが。
全てを諦めたように虚ろな目でこちらを見た、その女が。
イズティスだけが、違って見えたのだ。
それから決まりに則り、堂に毎日通った。
彼女の声が耳に甦る。
これ程時間が経っても鮮やかに。
「あなたはあまり話をしないのね」
「え?私に?……綺麗な花……ありがとう」
「どうして私に何もしないの?
他の男みたいに乱暴しないのはなぜ?」
「……そう。あなたがここに通うだけでいれば、私がこれまでみたいな目に逢わずに済むと思ってくれているの……」
「ここに捕まってから……少しだけど心が安らいだ気がするわ。
あなたが無口で何もしてこないからかしらね」
「今日はクッキーを作ってみたの。
材料が少ないから出来は良くないけど、毎日のお花のお礼よ。
……え?作り方を教えて欲しい?
ふふ、それはいいわね。楽しそうだわ」
「あなたは器用なのね。
冬になったら花が咲かないからって、布の端切れで作ってきてくれるなんて」
「最近ね……体の具合がよくないの。
ねえ、子供を持つ役目を果たさないと、無能とそしられて辛い目に遭うのだと先の男が言っていたわ。
……あなたをそんなふうに、させたくない」
「最後に、あなたに会えて……良かった。
優しいあなた……どうか、この子を育ててあげて。
わたしの、かわり、に」
赤と鳶色の混ざる瞳が閉じられていくあの日の絶望が、こんなに時間が経っても褪せてくれない。
まさかイズティスとのかけがえのない日々の末に、御子を授かるとは思わなかった。
彼女の体も心も壊した受胎の儀式に、我が子も身を投じるなど、本当は耐え難かった。
明日見送る事などとても出来そうにない。
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