この恋は無双

ぽめた

文字の大きさ
上 下
141 / 226
七章

むかしばなし⑥

しおりを挟む
 周囲を見渡して人目がないのを確認してから飛翔の魔術を使い、ひらりと壁を越えて、見張り台に登る。
 誰もわたしに注意など払わないだろうが、念のため体はまた男に戻しておく。

 さも今までここにいたかのように、いつも通りまた飛び降りて住まいへと帰った。

 今夜は幸い雲が多くて月も隠れている。深夜、皆が寝静まった頃に決行すると決めて、わたしは食事の用意に取りかかった。

 朝のうちに焼いておいたパンと根菜のスープ。
 鍋を温め直して食卓につくと、珍しいことに父が自室から出て来て正面の卓についた。

「受胎の儀式が始まるそうだな」

 しかも話しかけてきた。会話など殆どしたこともないのに。

「…………ええ」

 上役から伝言でもされたのだろう。昨夜、わたしが上役に呼ばれた時に父はいなかったから。

 気まずい沈黙が落ちて、わたしが匙を動かし皿に触れる音さえ大きく聞こえる。

 サークと昼食を共にするときは話をしなくても心地いいのに、今は沈黙が苦しくて、食べ物が喉につかえる気がした。

「今日は配給の日でな。
 いつもより蓄えが減っていた」

 ぴくり、と思わず匙が止まる。
 下げていた視線をそろりと上げれば、薄い水色の瞳が感情なくわたしを見ていた。

「……外は暑くなってきましたので。
 体力をつけようかと多めに昼食を食べていました」

 誤魔化されてくれるだろうか。

 皺の多い面を出来るだけ自然に見つめ返す。

「書庫にも足しげく通っていると聞いた。
 才もないのにご苦労な事だと管理人が皆に話していたよ」

「これまでの不勉強を恥じて学び直そうかと」

「一月前、久方ぶりに試練を越えてきた者を追い返したとも聞いた」

「…………そうですね。
 情けなくも人間などに苦戦しました。それがきっかけで意識が変わりまして。
 番人の務めにやりがいを持ち出した所でしたが、無駄になりました」

 何が言いたいのだろう。こんなに饒舌な父は初めてだ。

 動揺を悟られないよう食事を終わらせ、感謝の祈りを捧げて食器を片付ける。

 ーー何か勘づいたのか。
 まさか、サークの存在に気がついている?

 瓶から流し台のたらいに水を移して皿を洗いながら、ざわりと背が震えた。

 ーー万が一そうだとして。
 彼を害そうなどと、考えていたならば。

 意識が作り付けの引き出しに向かう。

 そこに収められている包丁の存在を思い出して。

「ルナ」

 ふいに真後ろで呼ばれ、勢いよく振り返る。

 ぬっと眼前につきだされたものに、目を瞬いた。

「…………これは」

 差し出されていたのは、一枚のクッキー。

 相変わらず無表情で、何も話さない。
 受けとれ、ということだろうか。

「儂は御子に干渉しない。お前は我が一族の未来を繋ぐ者。
 イズティスが、儂と成した子を育てるよう遺言したのでこれまで共に暮らしてきたのだ」

 イズティス。久しぶりに母の名を聞いた。

 あまり多くの子をもうけられなかったその人が、最後に産んだのがわたしなのだと聞かされた事があった。
 わたしが赤子の時に彼女は死んだので記憶はないが。

「母は美しかった。
 ……お前はよく似ている」

「父上。先程からなんの話を」

 口を挟んだ途端、クッキーを口に押し込められた。
 ほんとうにわけがわからない。

「どのような生き方になろうとも、息災で。
 お前を抱き上げた彼女が最期に言っていた」

 幼い頃に時たま与えられた懐かしい味。 

「儂はもう休む。
 明日は陽が昇りきるまで起きるつもりはないので、部屋に防音の術をかけるから覚えておくように」

 左指に鈍く光る、赤い筋が沈んだ琥珀石の指輪。

 乾いたクッキーを咀嚼していて口をきけずにいると、飲み込む前に父はぎこちなく頬を歪ませてから背を向け、自室へと戻って行った。

 飲み水を入れた瓶からひしゃくでコップに水をうつし、一息に飲み干してから呟く。

「……最後になって……何のつもりだ」

 明日の禊が済めば、わたしは二度と堂から出られない。
 順番が巡ってくれば父が相手になる日もくるのだろうが、それまでにわたしの体がもつかわからないのだ。

 だから、今生の別れを告げたというのか。

「今さら、情なんて」

 聞くもののない呟きが落ちる。

 口に残る甘いはずのクッキーの味は、何故かとても苦く感じた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

その男、有能につき……

大和撫子
BL
 俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか? 「君、どうかしたのかい?」  その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。  黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。  彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。  だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。  大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?  更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした

エウラ
BL
どうしてこうなったのか。 僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。 なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい? 孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。 僕、頑張って大きくなって恩返しするからね! 天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。 突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。 不定期投稿です。 本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。

【完結】魔法は使えるけど、話が違うんじゃね!?

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「話が違う!!」  思わず叫んだオレはがくりと膝をついた。頭を抱えて呻く姿に、周囲はドン引きだ。 「確かに! 確かに『魔法』は使える。でもオレが望んだのと全っ然! 違うじゃないか!!」  全力で世界を否定する異世界人に、誰も口を挟めなかった。  異世界転移―――魔法が使え、皇帝や貴族、魔物、獣人もいる中世ヨーロッパ風の世界。簡易説明とカミサマ曰くのチート能力『魔法』『転生先基準の美形』を授かったオレの新たな人生が始まる!  と思ったが、違う! 説明と違う!!! オレが知ってるファンタジーな世界じゃない!?  放り込まれた戦場を絶叫しながら駆け抜けること数十回。  あれ? この話は詐欺じゃないのか? 絶対にオレ、騙されたよな?  これは、間違った意味で想像を超える『ファンタジーな魔法世界』を生き抜く青年の成長物語―――ではなく、苦労しながら足掻く青年の哀れな戦場記録である。 【注意事項】BLっぽい表現が一部ありますが、BLではありません      (ネタバレになるので詳細は伏せます) 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 2019年7月 ※エブリスタ「特集 最強無敵の主人公~どんな逆境もイージーモード!~」掲載 2020年6月 ※ノベルアップ+ 第2回小説大賞「異世界ファンタジー」二次選考通過作品(24作品) 2021年5月 ※ノベルバ 第1回ノベルバノベル登竜門コンテスト、最終選考掲載作品 2021年9月 9/26完結、エブリスタ、ファンタジー4位

貧乏貴族令嬢は推しの恋を応援する

MIRICO
恋愛
第二部【今度は推しをお守りします!】完結しました。 貧乏貴族令嬢のレティシアには推しがいる。聖騎士団団長リュシアン様である。 今日も鍛錬を覗き見…拝見し、その姿にうっとりとしていたら、リュシアン様によだれを拭けと言われてしまった。 リュシアン様に認定済みの私はお城で推しに会うため元気に働いているが、家にはまるで天使、弟のエミールが待っていた。 病弱なエミールのために父親が何かと物を買ってくるが、時折怪しげな品も混じってくる。心が壊れている父親は効果も気にせず言われた通りに品を買ってしまう。そのため貧乏になっていくのに、止めることができない。 高利貸しの豪商への借金は膨らむばかり。けれどおかげで呪いが掛かっているものは見るだけで気付くようになってしまった。 そんな中、推しの推し、アナスタージア様がリュシアン様に黒いモヤのかかる小箱を渡そうとするのを腕尽くで止めてしまい。。。 ただ推しを見るためだけに生きていた貧乏貴族令嬢の、運命転換期がやってくる。 小説家になろう様に掲載済みです。

だからっ俺は平穏に過ごしたい!!

しおぱんだ。
BL
たった一人神器、黙示録を扱える少年は仲間を庇い、絶命した。 そして目を覚ましたら、少年がいた時代から遥か先の時代のエリオット・オズヴェルグに転生していた!? 黒いボサボサの頭に、丸眼鏡という容姿。 お世辞でも顔が整っているとはいえなかったが、術が解けると本来は紅い髪に金色の瞳で整っている顔たちだった。 そんなエリオットはいじめを受け、精神的な理由で絶賛休学中。 学園生活は平穏に過ごしたいが、真正面から返り討ちにすると後々面倒事に巻き込まれる可能性がある。 それならと陰ながら返り討ちしつつ、唯一いじめから庇ってくれていたデュオのフレディと共に学園生活を平穏(?)に過ごしていた。 だが、そんな最中自身のことをゲームのヒロインだという季節外れの転校生アリスティアによって、平穏な学園生活は崩れ去っていく。 生徒会や風紀委員を巻き込むのはいいが、俺だけは巻き込まないでくれ!! この物語は、平穏にのんびりマイペースに過ごしたいエリオットが、問題に巻き込まれながら、生徒会や風紀委員の者達と交流を深めていく微BLチックなお話 ※のんびりマイペースに気が向いた時に投稿していきます。 昔から誤字脱字変換ミスが多い人なので、何かありましたらお伝えいただけれ幸いです。 pixivにもゆっくり投稿しております。 病気療養中で、具合悪いことが多いので度々放置しています。 楽しみにしてくださっている方ごめんなさい💦 R15は流血表現などの保険ですので、性的表現はほぼないです。 あったとしても軽いキスくらいですので、性的表現が苦手な人でも見れる話かと思います。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。

転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきます

藤なごみ
ファンタジー
※コミカライズスタートしました!  2024年10月下旬にコミック第一巻刊行予定です 2023年9月21日に第一巻、2024年3月21日に第二巻が発売されました 2024年8月中旬第三巻刊行予定です ある少年は、母親よりネグレクトを受けていた上に住んでいたアパートを追い出されてしまった。 高校進学も出来ずにいたとあるバイト帰りに、酔っ払いに駅のホームから突き飛ばされてしまい、電車にひかれて死んでしまった。 しかしながら再び目を覚ました少年は、見た事もない異世界で赤子として新たに生をうけていた。 だが、赤子ながらに周囲の話を聞く内に、この世界の自分も幼い内に追い出されてしまう事に気づいてしまった。 そんな中、突然見知らぬ金髪の幼女が連れてこられ、一緒に部屋で育てられる事に。 幼女の事を妹として接しながら、この子も一緒に追い出されてしまうことが分かった。 幼い二人で来たる追い出される日に備えます。 基本はお兄ちゃんと妹ちゃんを中心としたストーリーです カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しています 2023/08/30 題名を以下に変更しました 「転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきたいと思います」→「転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきます」 書籍化が決定しました 2023/09/01 アルファポリス社様より9月中旬に刊行予定となります 2023/09/06 アルファポリス様より、9月19日に出荷されます 呱々唄七つ先生の素晴らしいイラストとなっております 2024/3/21 アルファポリス様より第二巻が発売されました 2024/4/24 コミカライズスタートしました 2024/8/12 アルファポリス様から第三巻が八月中旬に刊行予定です

処理中です...