この恋は無双

ぽめた

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七章

むかしばなし⑤

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 ふわりと体に温かい力が巡るのを感じる。
 自分がぐにゃりと溶けて、上下がわからなくなった。
 不思議な浮遊感が収まった頃にそっと瞼を開け、組んでいた手をまじまじと見つめる。

「へえ……手が小さくなってる。
 んん、声も少し高いね。服も胸周りがきつくなってるし。他も変わったかな」

「……何をしたんだ」

 狼狽えた声に傍らを見上げる。
 先程まで同じくらいの目線だったのに。

 驚いてわたしを凝視しているサークに、小さく笑いかける。

「はじまりの父の血を絶やさぬように。
 子孫を残す役目を授かった御子は、男にも女にもなれるんだよ。
 ……どうかな、女になったわたしは。
 どこかおかしいかな」

 かるく首を傾けてみると、肩までの白金の髪がさらりと流れる。
 触れてみた自分の肩は、元々華奢だったがさらにまるく小さくなっていた。

「……おかしくなんて……」

 口許を押さえてサークは目をそらす。

「サーク?」

「あー……いや、悪い。ちょっと時間くれ。
 あとあんま近づくな」

「そ、そうか。ごめん。
 こんな体、気持ちが悪いよな」

「違ぇ。
 ……改めてお前が美人すぎっから、驚いてる」

 ちらりとこちらを見たサークの頬が、かすかに赤い。

 嫌われたわけではないようだ。

「……君に、嫌われるかと思った。
 そうじゃないなら……良かった」

「嫌うわけねぇだろ。
 突拍子もなさすぎて驚いたけど、体が変わってもお前はルーナのままなんだから」

「……ありがとう」

 受け入れてもらえた。
 胸の奥がじんとあたたかくなる。

「ねえサーク。わたしはとても感謝してる。
 君が来てくれたから、わたしはいろんな事を知ったんだ。
 声をあげて笑ったこと、朝の挨拶を交わすのが嬉しいこと、一緒に食事をしてくれる相手がいると何倍も美味しく感じること、知識を学ぶのが楽しいこと、相手の為なら心に力が湧いて頑張れること。
 君が教えてくれたんだ。
 この一ヶ月は本当に楽しかった」

 まだまだ伝え足りない。もう時間がないのに。

「好きだよ、サーク。
 わたしに思い出をくれて……ありがとう」

 彼の膝にある手に、自分の掌を重ねる。

 初めて触れた綺麗な手は温かくて、胸がぎゅっと苦しくなる。

 もっと触れたい。近くにいたい。
 叶うことなら永遠に。

 わき上がる想いに固く瞼を閉じて、蓋をする。

「最後まで見届けられなくてごめん。
 でも明日で教師は終わり。研究にはつきあえないけど、君ならやり遂げられる。
 ……じゃあ、また」

 未練を振り切ろうとわたしは立ち上がり、扉へ向かう。

 言えた。ちゃんと言えた。
 ……勇気をもてて、良かった。

「待て」

 いきなり腕を掴まれて止められた。
 肩越しに振り返ると、怒った顔のサークが睨み付けてきた。

 想いを告げられて満たされたような気持ちでいたのに、頭から冷水をかぶせられたようにざっと身が凍る。

「……ご、ごめん。変なこと、言って……不快にさせたなら」

「言い逃げかよ。お前だけすっきりして終わりか?」

「そんなつもりじゃない、ただ」

「じゃあ聞け。このまま逃げるぞ」

 思いがけない言葉に、ついぽかんとしてしまう。

「…………俺も、お前と同じだったら……どうする」

「同じ?」

「好きだ」

 怒った顔の、サークの頬が染まる。

「二度と会えないならお前を連れていく。
 見たがってたものも、食べたがってたものも全部教えてやる。
 だから行くな」

 じわり、と全身が熱くなる。

「い、いつから……?
 だってずっとわたしは男だった、のに」

「どっちだろうとルーナだから関係ない。さっき言った。
 魔術の目処がついたら伝えるつもりで」

「だって人間は、男と女で夫婦とかになるんだろ。今までのわたしを君が、そんなふうに思ってたなんて」

「男だろうがルーナを好きになった。
 夫婦の定義にはまるかどうかなんて関係ない」

 真剣な金色の瞳を見つめるうちに、わたしの視界が歪んで涙が伝う。

「俺と来い。ずっと側に居てくれ」

 そっと肘を引かれて胸に抱き締められる。
 伝わる温もりと甘い匂いに胸が詰まって、何も考えられなくなる。

 なんて心地のいい場所だろう。

 このままいられるなら、何もいらない。
 本気でそう思えた。

 しばらくそうしていてから、わたしは胸に頬を埋めたままで呟いた。

「……今日は、帰るよ」

 ぴくりとサークの腕が緩む。
 見上げた彼は、少し傷ついたようにみえた。

「サークにかけられた魔術を解く手掛かりを探したい。
 だから秘術を収めた特別な書庫を調べてくる。
 もしこの先君が消えてしまったら、逃げても意味がないから」

 ふっと微笑みかける。

「秘術がどんなものかわからないけど、ここでの最後の手掛かりだ。調べ終われば未練はない。
 必ず戻ってくるから、今は見送ってくれないか。
 ……君とこの先も一緒にいる為に」

 迷うサークの胸を押して体を離す。

「明日の朝までに戻らなかったら、わたしのことは忘れて帰るんだ。
 君と会っているのを気づかれた気配はないし、聞かれても話さない。
 でも変に勘繰る者がいたら厄介だ。君を傷つけられたくはないから」

「俺が敵わないって?」

「そうだよ。皆わたしより遥かに強い。
 捕まったら酷い仕打ちを受ける。
 それに……わたしじゃ助ける事ができない」

「……ふうん。一応聞いとく」

 本当に納得したんだろうか。
 どこか挑戦的な顔をしているから、何か企んでいるのかもしれない。

「いいか、俺の利益の為じゃねえぞ。
 お前が後悔しないように行かせるんだからな。
 待ってるから」

 ゆっくりとわたし達の指先が、惜しむように離れる。

「うん。先生の最後の仕事だからね。
 やり遂げてくるよ」

 これからの二人の為に。
 わたしは明日必ず、サークの元へと戻ってくる。

 固い決意を胸に、わたしは小屋を後にした。







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