この恋は無双

ぽめた

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五章

決別

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「どういうこと?ねえ」

 僕は気を失った男には目もくれず、茫然と立ち竦むサークとルーナにぐいと詰め寄った。

 脳裏に先程の白昼夢がはっきりと浮かぶ。
 何故あんな夢を見たのか全く理解できないけど、あれは過去の出来事なのだと確信していた。

 全身に傷を負い、疲労から大きく肩で息をしていた二人は、見目の変わった僕を改めて見つめてから、揃って顔を背ける。

 苛々と自分の胸元を握りしめて、僕は低く唸る。

「サークが……僕の、おとうさんなの……?
 あの男が言ってたこと、本当なんでしょ?」

 それでも何も答えない二人に業を煮やし、両手を広げ悲鳴のように僕は怒りをぶつける。

「どうして何も言わないの!?
 どうして……?はじ、始めから、父親だって言えば良かったじゃないか!」

「……タリュス」

 サークの綺麗な面が、大好きな金色の瞳が。
 哀しみに塗られて僕を見る。
 込み上げる想いに涙が視界を滲ませるけれど、ぐっと堪えた。

「最初から、おとうさんだって教えてくれてたら良かったんだ……
 そしたら、こんなにっ……存在が、大きくなる前に……止められた、のに」

 胸が苦しい。

 サークを大好きだと想った数だけ。

 触れて、触れられた温もりの長さだけ。

 ……唇を重ねた数だけ。

 慕って育っていた抱えきれない程の大きなおおきな愛情が全部、胸の内で僕に牙を剥く。

「タリュス、お願いだから聞いて、サークが黙ってたのは全部君を思って」

「っルーナだって嘘つきだろ!僕達は親子なのにっ……なのに僕を煽って!
 知ってたくせに、この世で一番サークに愛されてるのは、……っ自分だって。
 殺されるかもしれないのに、二人で逃げて、僕を……サークの、こ……子供を産むくらい、愛してるんだろ!
 サークを恋に落とせなんて、何でそんな軽々しい事息子に言えたの!?
 親子でそんなの出来るわけないだろ!?
 僕の入り込む隙間なんてないって始めから解ってたくせに……!
 二人がキスしてるのも見たんだ、僕が何も知らないと思ってたの!?」

 伸ばされたルーナの手をぱしんと振り払う。
 その勢いで僕の瞳から滴が散ったけれど、気が付かないふりをする。

 悔し泣きだなんて認めたくない。

「……あの夜か……まさか見られてたなんてね。
 やはりもっと早く、出ていくべきだったな」

「違うだろそれは。
 ……いや……俺が、お前と離れたくなかったからだ。
 最初から、俺が……悪いんだ」

 俯くルーナの肩に手をかけて顔を上向かせたサークは、水色の瞳に直視され目をそらす。

 そんな悔いるような顔をしないで。

 辛そうなサークの横顔にまた胸が痛む。
 そうさせているのは自分だとわかっていても、止められない。
 僕は震える声を押さえながら、サークを見上げた。

「教えて、サーク……僕に近づく人が居るのを、あんなに妬いて嫌がってたのは……どうして。
 僕に触れたり、キスしてくれたりしたのは……どうして?
 あんなの、父親が、する事なの……?」

 僕もサークも孤児だから、親がどんなものなのか、二人とも知らない。
 だから正解がわからない。
 サークが息子だと解っている僕に向けていた心の行先が、本当に息子に対する愛情だったのかどうか。

 あの優しい眼差しは、頭を撫でてくれた掌は、他人から僕に向けられた好意を厭わしく切り捨てていたのは、離れないように引き止めた指先は、僕の身体にいくつも落とした唇の熱さは。

「全部、父親としての愛情だったの……本当に……」

 もしかしたらサークにも、僕と同じ想いが胸の内に灯っていたんじゃないかって。

 僕と同じように、信頼がいつの間にか愛情に変わっているのかもしれないと、サークの行動のひとつひとつに期待してきた。

 ……打ち砕かれたのはあの夜。
 サークとルーナが唇を重ねて抱き合っていた、あの日。

 親からの愛情がどう向けられるのか知らなくても、いつも羨ましく見つめていた街行く親子とか、ディルムおじさんがクロエに向けていたような、温かな眼差しは知っている。
 それが親が子供に向けるものだとしたら。

 あの猛る獣みたいに欲望を映した金色の瞳は違う。僕を恋人として求めていると感じていた。

 ……嬉しいと、思っていたのに。

 大好きなその瞳が僕を捕らえて歪む。

 沈黙の後、掠れた低い呟きが落ちた。

「……わからない」

 わからない?

 ……僕はこんなにも。

 父親だって知ったのに、いけない事だとわかったのにそれでもこんなに、どうしても止められないくらい。

 愛しているのに。

 でもサークは違うんだ。

 僕が息子だからだ。我が子に慈しみ以上の恋愛感情を持つなんて。ありえないのに、じゃあどうして、キスなんかしたんだ。

 サークの絞り出すような答えは、拒絶だ。

 ……そうやってまた、僕から逃げるんだね。

「そっか……わかんない、んだ。
 じゃあ、もう、いい」

 冷えた呟きが落ちる。

 明るい筈の世界が、一気に暗く沈んでいく。

 僕が産まれてから初めてたったひとつだけ願った、欲しかったもの。

 ……愛するひとの心は、どう足掻いても、この手に、できない。

 僕の奥底に、泥のように淀んでいた暗い暗い感情が広がっていく。

 ……こんな思いを、するのなら……
 いっそ、産まれてこなければよかった。

 耳の事で疎まれて、拒絶の言葉を向けられる度に。
 水をかけられ追い払われ、石を投げつけられる度に。そう思って何度も泣いた。

 サークが掬い上げてくれたから、澱からやっと出られたのに。サークが側にいて僕だけを愛してくれるなら。
 それが、嫌われものの僕が顔を上げられる、希望の源だったのに。

 その手を、今。
 離されてしまうのなら。

 こっちから振り払ってやる。

 瞼を半分閉じた僕がゆっくりと、サークとルーナを眺める。

「……もうわかった。
 もう沢山だ。
 これ以上、振り回されるなんて……耐えられない」

「……待って、タリュ」

「話しかけるなもううんざりだ!」

 すがるルーナに怒鳴り付ける。
 沸き上がる暗い思いが全て、溶岩のように腹の底で煮えたぎる。

「勝手に散々押し付けてきて!わからないのかよ!なんでっ……そうやって逃げるんだ!どうして僕を見てくれないんだよ!」

 サークは答えない。
 ただ眉根をきつく寄せて、僕を見ている。
 辛そうな、泣き出しそうな金色。

 ああ、そんな色を見たい訳じゃないのに。

 僕は踵を返して、窪んだ地面の上で気絶している男に早足で近づき襟首を乱暴に掴み上げる。

「全部こいつらのせいだ。
 こいつらが居なければ……そもそも魔術師なんてものが居なければ、僕は産まれて来なかった」

 ぐったりと意識のない隻眼の男の面は、近くで見ると美しかった。
 ……ルーナに似ている。
 つまり僕にも似ていたのだろう。

 血縁であるという抗えない証に、また怒りが沸いてくる。

「やめろ、タリュス」

「僕に指図しないで。
 ……こんな奴らも、僕も、居なくなった方がいい」

「落ち着け、戻って来い」

「嫌だ呼ぶな!僕を見ないくせに!」

「止めろ殺すな!」

「うるさい命令するな!」

 大好きな声に、初めて怒りのまま怒鳴り返した。
 僕の殺意に気が付いたのだろうけど、もう無理だ。

 ふわりと僕の身体が空に浮かぶ。
 襟首を捕まえたままの魔人族の男も一緒だ。

「……ぜんぶ、無かったことにしてやる」

 足元に、見上げてくるサークとルーナの姿。
 すがるように呼ばれる声はもう、暗く沈んだ心に届かない。

 僕はシルフィの力を使い、その場から突風と共に姿を消した。






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