この恋は無双

ぽめた

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四章

マイゼルの街に着きました

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 山の途中に置いたままの夜営道具を回収して、山を降りた僕達は小さな町まで歩き、そこからは乗り合い馬車でマイゼルの街まで移動した。
 固い椅子の馬車に長時間揺られていると、瞬時に転移できる便利さっていいなあとしみじみ感じてしまう。

「ああー良かった無事に生きて帰ってこれるなんて……!」

「もう私ティムトに足を向けて寝られないわ。
 も、もちろんイグニシオン様達にも感謝してますよ!」
  
 無事に帰ってこられて喜ぶ魔術師さん達を、救助が間に合って良かったと思いながら眺めていると、皆と同様帰路につこうとしていたレジナルドさんの襟首をサークがぐいっと捕まえた。

「お前は真っ先にギルドに報告だろ。
 何しらっと帰ってんだ」

「う、だ、もう夕方ですよぉ……
 勤務時間外ですう。明日でいいじゃないですかあ」

「そういうとこが甘いってんだ。おら歩け」

 背中をばしっと叩かれ、しおしおとレジナルドさんは街の通りを歩いていく。

 ご苦労様でーす、とかありがとうございましたー、とか口々に叫んで帰宅する魔術師さん達に、ひらひらと手を振って見送った僕は、隣で腕組みをしているサークを見上げた。

「僕達はこれからどうするの?」

「俺らもとりあえずギルドに顔出す。
 宿探しはその後だ」

「ん、わかった」

 地面に置いていた大きな背負い鞄を持ち上げると、横からぐいっとサークがそれを奪い取る。

「結構重いな」

「大丈夫?」

「タリュスに出来て俺が出来ない訳ないだろ。
 おら、とろくさ歩いてるあいつを追うぞ。真面目に日が暮れる」

「そうだね。
 ありがとうサーク」

 気遣いが嬉しくて、微笑んで見上げればサークも唇の端を持ち上げて笑い返してくれる。

 心も体も軽くなった僕は、レジナルドさんの丸まった背中を足取り軽く追いかけた。





 じりり、と薄暗い廊下に灯されたランプの芯が音を立てて、影が揺れた。
 賑やかな音楽と喧騒が遠く聞こえるけれど、今は早鐘のように打つ自分の鼓動の方がうるさい。

 背後には壁。
 顔の両脇にはサークの両腕が僕を挟んでいるうえ、足の間には膝まで差し込まれていて完全に身動きが取れない。

 すぐ目の前には、どこか苦しそうに柳眉を寄せる金色の瞳が、薄い闇の中でも鋭く光を宿して僕を睨む。

「……俺を試すような真似ばっかしやがって……
 楽しいか?なあ」

 脅すような低い声はそれでも甘さを含んでいて、ぞくりと背中が疼く。

 ええと……どうしてこうなったんだっけ。

 サークの凄まじい色香と迫力にくらくらしながら、僕はこれまでの顛末を思い出していた。






「マスター!無事だったんですね!
 よかったあぁ」

 街の中心部にある魔術師ギルドを訪れると、帰り支度をしていた女性の魔術師さんが安堵の声をあげて迎えてくれた。

「ああ、まだ残ってたんだ……残業ご苦労様。
 迷惑かけたね」

 情けない声を上げていた先程より少ししゃきっとしたレジナルドさんの肩越しに、柔らかい笑顔を浮かべた若い魔術師の女性が見える。

「仕方ないですよ、うちのギルドには八人しか居ないのに半分が居なかったんですから。
 あ、マスター以外の皆さんも戻ってこれたんですよね?」

「皆無事だよ。さっき帰らせたし、明日には仕事に来ると思う」

「本当に安心しました、王都のギルドマスターに連絡してから音沙汰がなくて……
 通信具は使い方が解らないし。
 あら?そちらの方達は?」

 安堵したように息をついた女性が、僕達に気がついて瞬きをする。

「こちらは俺達を救助に来てくれた、イグニシオンさんと相棒のタリュス君だ」

「……え、えっえっ、すごい美人さんと……まさかまさかその衣装……白金の……?
 こ、こんなに若くて男前なんですか……!?」

「ダグラスの所に知らせに来たのはお前か?
 待たせて悪かったな」

 サークの言葉に、ぷるぷると女性は頬を染めたまま首を左右に振る。
 そのまま僕をじいっと見つめてくるので、どうしていいかわからない僕は取り敢えずにこりと笑ってみた。
 女性は驚いたように目を見開いてから、さらに顔を赤くして何故か僕に向かって拝み始める。
 ……なんでだろう。

「おいレジナルド。
 そういやお前、通信具の使い方指導してねぇんだってな」

「あ、その……補佐には教えてたんですけど……今回は修繕に同行してたので……他の者には伝えてませんでした」

「再教育が必要だな」

「ひ、すみませんっ……」

 怖い顔で溜め息をつくサークに、青い顔で後ずさるレジナルドさん。

「……ねえ、今日は取り敢えず解散しない?
 レジナルドさんの無事も報告できたし。
 一度家に帰って休ませてあげようよ。色々お仕事するのは明日でもいいんじゃないかな」

 くいっとサークの服の袖を引いて提案してみる。
 レジナルドさんの怯えようからすると、再教育とやらもすぐに終わらなさそうだし。
 ちゃんと体を休めてから、明日また改めて時間を取った方がいいと思ったからだ。

 横目で僕をちらりと見たサークは、ぽふりと僕の頭に手を置いた。

「……今日のところはタリュスに免じて勘弁してやる。明日は定刻に出てこい」

「は、はい!ありがとうございます!」

 それからギルドを出た僕達は、すっかり日が沈んで暗くなった中、レジナルドさんの案内で宿を目指した。

 ところが数件ある宿はどこも満室だという。

 何でもマイゼルを含むこの辺り一帯を治める伯爵家が明日パーティを開くので、招待客達でどこも部屋が埋まっているのだとか。

「困ったねえ。隣の街まで行くにしても、確か僕達が乗ってきた馬車で最後だったよね」

「……夜営道具あるし、そのへんにテント張るか」

 人気の減りつつある通りで相談していると、レジナルドさんがそれならと声をあげた。

「伯爵様の所なら泊めてくれるかもしれませんよ。
 フォウス商会の社長ですし、魔術師にとても好意を持って下さってる方ですから。
 それに滅多にお目にかかれない白金の魔術師のイグニシオンさんが来たとなれば、一晩くらいお世話して頂けるかもしれません」

「フォウス商会……ああ、服飾の。
 そういやマイゼルに工房もあるんだったな」

「で、でもこんな急に伺って大丈夫なんですか?」

「多分平気ですよ。
 俺普段から良くしてもらってて、たまに一緒に飲んで泊めてもらったりしてますから」

 随分と親しみやすい伯爵様みたいだ。

 レジナルドさんはサークが背を向けた隙に、こそりと僕に耳打ちする。

「君のおかげで今日は帰らせて貰えたしね。
 お礼をさせてよ」

「そ、そんな、僕は当たり前の事を言っただけです」

 慌てて首を横に振る僕に、内緒だよと笑ってレジナルドさんはさっと離れていく。

「フォウス商会の伯爵位……タイグレン家か」

 僕達の会話に気がつかなかったらしいサークが呟き、何故か眉根を寄せて僕を見る。

「ええそうです。
 邸宅はあまり離れてないので歩いてすぐですよ。案内します」

 レジナルドさんが先導して歩き出すので、僕達はひとまず彼に着いていく事にした。

 先程のサークの意味深な視線の意味を理解したのは、その後いろいろあって逃げられなくなってからだった。




 マイゼルの街の中心部から歩いて程なく、広い敷地を持つ立派な邸宅に辿り着くと、レジナルドさんは重厚な扉のノッカーを鳴らした。

 顔を出した使用人に事情を説明すると、すんなりと応接室に通してくれる。

 流石に無用心じゃないだろうか。
 レジナルドさんが相当な信用を得ているのかもしれないけど。

 三人でふかふかのソファーに座って、質のよさそうな調度品に整えられた室内を眺めながら待っていると、きちんと身なりを整えた初老の男性がやって来た。

 レジナルドさんがさっと立ち上がって礼を取ったので僕もそれに倣う。
 サークは立ち上がりはしたけど、そのままの体勢だ。

「今晩はレジナルド。
 急な困りごとだって?今度は何処の酒場で魔術を暴発させたのかな」

 からかうような男性の言葉にレジナルドさんは慌てて顔を上げる。

「ち、違いますよ、そんな昔の話止めてくださいタイグレン様……
 ええと今日は、こちらのお二人についてなんですが」

「夜分に突然の訪問をお詫び致します、タイグレン伯爵。
 私はサークス・イグニシオンと申します。こちらは相棒のタリュスティン・マクヴィス。
 以後お見知りおきを」 

 丁寧にお辞儀をするサークに、僕は度肝を抜かれて立ち竦んだ。

 サークが、敬語?

 こんな上品な言葉遣いを聞くのは初めてだ。

 何故か怖くなって冷や汗が頬を伝う。

 アズヴァルド国王にもディスティアの皇子にも、いつもと変わらず不遜な態度だったのに。

「サークス・イグニシオン……?
 ……おおお、そのローブ、その指輪!本物の白金の魔術師殿か!
 これは滅多にないお客様だ、よくぞ当家へおいで下さいました!」

「私の方こそお会いできて光栄です。
 貴殿の会社で作られている織物製品には、いつも世話になっています」

 わ、わたし?

 優雅に微笑んでタイグレン伯爵と握手を交わすこの人は一体誰だろう。

 あまりの違和感になんだか具合まで悪くなってくる。

「実はですね伯爵、ある仕事でイグニシオンさんがいらしてくれたんですが、宿が満室になってしまってまして……
 不躾なお願いで大変恐縮なのですが、一晩一室をお借りできないかとお伺いした次第です」

「成程そういう訳か。
 勿論構わないさ、君と私の仲だ。むしろよく頼ってくれた。
 白金の魔術師殿を迎えられるなど光栄な事だ。一晩と言わずいくらでも滞在していって欲しい位だよ」

「ありがとうございますタイグレン様!」

 にこやかなタイグレン伯爵は、心から喜んでくれているみたいだ。
 控えていたメイドの女性に伯爵が目配せをすると、心得たように退出する。

「君も泊まっていくかい?レジナルド」

「いえ、俺は遠慮します。
 実は仕事で暫く家を空けていたので帰らないと」

「そうか、それは母君も心配しているだろうな。
 残念だがまたの機会にしよう」

 レジナルドさんはそれからタイグレン伯爵へ丁寧にお礼を言い、自宅へと帰っていった。

 疲れていたはずなのに、いい人だなぁ。

「寛大なお心遣い感謝致します、タイグレン伯爵」

「いやいや気にせず寛いでくれ。
 宿が埋まっているのはそもそも、我が家のパーティーの参加者が泊まっているからだろうしね」

「レジナルドから聞いています。
 お忙しいところに申し訳ありません」

 終始にこやかに微笑むサークにうすら寒い気持ちになりながらも、タイグレン伯爵が僕達のために食事を振る舞ってくれるというので、お言葉に甘える事にした。

 ワインを傾けながらタイグレン伯爵も同席してくれて、楽しそうに僕達と会話をしてくれる。

「時にイグニシオン殿、ここでの仕事は終わったのだろう?
 よければ明日の夕方からパーティーを開くのだが、参加して行かないかい?
 勿論タリュス君も」

「いえ、そこまでは。
 こうしてご厄介になれただけで充分です」

「遠慮することはないよ。
 というかね、丁度新しいローブのデザインを起こして試作品が出来たところなんだ。
 招待客へお披露目も兼ねて、貴殿に着てもらいたいと思ってね。
 なに、寸法を少し直せばすぐだしタリュス君の衣装も用意する。
 君のように美しい少年の為なら、急な仕事でもうちの職人も腕のふるいがいがあると喜ぶだろうし」

 上機嫌なタイグレン様を前に曖昧な笑みを浮かべる事しか出来ない僕は、対面に座るサークを伺い見る。

 いつものサークなら断りそうな展開だけど、どうするのだろう。

「……そうですか。
 ではご負担にならないようでしたら、是非参加させて頂きます」

 で、出るんだ。

「引き受けてくれるかい、ありがとう!
 今回も自信作なんだ、貴殿のような見映のいい魔術師殿に試して貰えるならこちらも有難いよ」

「新しい衣装を着させて頂けるなど光栄なお役目ですから。私で良ければ喜んで。
 それとタイグレン殿、こちらのタリュスは魔術師ではないので、ローブでない衣装を用意して頂ければ助かります」

「ほほう、そうなのか。
 イグニシオン殿の相棒という位なのだから、貴殿の跡を継ぐ優秀な魔術師になるのだろうと思ったのだがね?」

「タリュスは魔術師にさせませんよ」

 微笑みは浮かべているけれど、有無を言わさない口調ではっきりと宣言した。

 確かに魔術の事はこれまで一切教えてくれたことがないけど……
 ここまで拘る理由は知らない。
 僕も興味があるわけじゃないから、訳を訪ねたこともなかった。
 なにか特別な事情でもあるのかな。

 別人のように紳士的に振る舞うサークに、果てしなく違和感を感じながら、いつか訊ねてみようと思った。





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