この恋は無双

ぽめた

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三章

僕とお母さんの形

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「……やっぱりさびしいね」

「ひと月もいたからな」

 賑やかな街中を歩きながらぽつりと呟くと、サークは苦笑いする。

「タリュス、そんな時はお母さんの胸を貸してあげる。もう存分に甘えてくれていいんだよ」

 ほらほら、とにこやかにルーナは片手を広げている。反対の手にはタイヤのついた鞄を引いていたからだ。

「どっちかっていうとお前がタリュスに甘えてるけどな」

「いいじゃないか、これまでの差分を埋めたいんだから」

 そんな話をしながらサークが周囲を見回す。

「この辺だったな」

「うん。あの看板の所だよね」

 僕達は揃って人気の少ない路地に入っていく。

「それじゃ用意するから。見張りを頼んだよ」

「ああ。いつでもいいぞ」

 ぱちん、とサークが指を鳴らすと周囲の空間がぐにゃりと歪んだ。
 目眩ましの効果のある結界の中で、ルーナはそっと目を閉じて呼吸を整える。

 しばらくするとルーナの体から薄い燐光が発し始め、日陰になっている路地を淡く不思議な光が照らし出した。

「……これでよし」

 僕達の眼前で、ルーナは満足そうに呟いて目をあげた。
 その姿は澄んだ水色の瞳に金色の長い髪をした、美しい大人の女性の姿。

「どうかな?お母さんに見える?」

 にこりと笑う顔は覚えのあるルーナなのに、女性らしさが増しているからちょっと照れくさい。

「うん、大丈夫だと思う。
 服はどう?苦しくない?」

「そうだな、男性用だからすこし胸の辺りがきついけど、平気。
 タリュスが大きめの服を着るから助かったよ」

 ルーナが着ているのは僕のボタンシャツだ。
 子供の時にはワンピースの様に着てベルトをしていたけど、背が伸びた今はベルトを外して腰丈になっている。
 下は伸縮性のあるタイツを履いていたので、鞄からこれも僕の膝上のズボンを取り出して、タイツの上に履いた。

「あとはブーツだな。捨てずに取っておいてくれてありがとう」

 竜穴からルーナを連れ出した時に一緒に持ってきたブーツに足を通して完成だ。
 身元が解るまではと服一式を取っておいて良かった。

「よし、行くか」

 長い金の髪をさらりと背に払うルーナをどこか眩しそうに見つめてから、サークは目眩ましの結界を解除して歩き出す。

 向かった先は、アズヴァルド城下にある役所。
 受付をして書類を提出し、待つことしばし。

『ルーナスティーナ・シェリル・マクヴィス
 後見人サークス・イグニシオン
 長男タリュスティン・マクヴィス』

 そう登録されたカードが、無事に発行された。

 役所を出て街を歩きながら、ぴかぴかの身分証を両手で掲げ、嬉しそうに眺めているルーナにサークは苦笑いする。

「そんなに嬉しいんだな?
 いいけど人にぶつかるなよ」

「嬉しいに決まってるだろ!こうしてタリュスと親子らしい形になった物は初めてなんだから。
 それにね、サーク。君とも繋がれているから、余計に嬉しいんだ」

 幸せそうに頬を染めて微笑む僕の『お母さん』はその時、なんだか恋をしている少女のように見えた。

 嬉しさで頬が紅潮していたから、僕の勘違いかもしれないけど。

「……そうかよ」

 はしゃぐ姿を優しく見つめ返しながら、風に流されて頬にかかったルーナの金色の髪を、指で優しく払うサーク。

 ーーどうしてだろう。このところ頻繁にあるんだ。

 ふたりの仲のいい姿に、胸がざわつくのはなぜなんだろう。

 僕だって、お母さんと家族になれて嬉しいはずなのに。




 三人で話し合いをしたのは、昨夜の事だ。
 僕が襲われた事件の日から、話題にならなかったけど、サークが改まって切り出した。

「アズヴァルドを離れる前に、もう一度話しておきたい。
 タリュス、ルーナ。お前達が家族になるかどうかの意思確認だ」

 並んでソファに腰かけた僕達は顔を見合わせる。
 どこか不安げに水色の瞳を揺らすルーナ。

「わたしはもちろん大歓迎だ。
 けどタリュス、君は、どうかな。
 ……お母さんだと、認めてくれるかな」

 ルーナを見つけてからの、これまでの事を思い出す。

 いつもにこやかで、口が達者で。
 そういえばまた少し背が伸びて、男の子らしさが増したように思える。

 僕を助けてくれたあの日の、夜の女神様みたいに凛として美しかった姿。

 ……いつでも僕を想ってくれる、優しい笑顔。

「ーーなんて顔をしてるの……
 あのね、今まで……短い間にいろいろあったけど……
 サークに引き取られるまでの理由も、守ってくれようとしたからだって、今は理解してる。
 ルーナは僕の事を想ってくれて、守ろうとしてくれた。危ない時に助けてくれた。
 そういうの全部で、信頼できるって思ったんだ。
 だから、僕も、いいよ。
 ……お母さん」

 真っ直ぐにルーナを見つめ返して微笑むと、一瞬泣きそうな顔をして。
 ちいさな体が僕をぎゅっと抱き締めてきた。

 僕は柔らかいプラチナブロンドの髪を撫でる。

「これから、改めてよろしくね」

「……うん。こちらこそよろしく……
 ありがとう」

 顔を見合わせて微笑み会う僕達。

「じゃあ、明日役所で手続きしてから帰るとするか。
 本人の自署が必要になるから、どうにかしてルーナが大人の姿で役所に入る必要がある」

「そうか。君のお陰でもっと魔力の調整が出来るようになったから、そのくらいの時間なら元に戻れると思うよ」

 僕から身を離して、えへんとルーナは胸を張る。

 それならば、どこでどうやって姿を大人に変えるかを昨夜は打合せしたのだ。

 長い時間元に戻るのは無理だそうなので、役所を出たらまた路地裏で元の子供に戻る事にしている。
 通行人の目はあるけれど、人の流れが多いから逆に、ルーナの身体の大きさが変わったところで気に止める者もいない。

 来たときと同じ、あらかじめあたりを付けていた路地裏で、ルーナは子供の姿に戻る。
 サークの目眩ましの結界の外から、僕も念のため周囲を警戒したけれど、こちらに注意を払う人もいなかった。

 この後は家に帰る乗り合い馬車を探してから、お昼ご飯を食べる予定だ。

 城壁に程近い場所にある馬車停めへ向かい、三人乗る馬車を確保してから、僕はサークを見上げる。

「丁度いい時間のがあってよかったね」

「そうだな」

「ご飯どこで食べようか。
 少しは時間に余裕があるけど、あんまり離れない方がいいかな」

「もう店は決めてある」

 そう言ってサークが連れて行ってくれたのは、さほど離れていない場所に建つこじんまりとした宿屋だった。

 あれ……ここ、見覚えがある。

「覚えてるか?昔泊まった宿屋だ。
 昼の間だけ飯屋も始めたんだと。ケーキが旨い店ってのもここだ」

「……家で話してたこと、覚えててくれたの?」

「まあな。時間があればエプロン新調してもいいぞ。
 今回タリュスは頑張ったからな」

 イムジスさんとヤノスさんが、ウィル様の手紙を持ってきたときの会話だ。
 かなり前の事なのに、ちゃんと覚えててくれた。

 じん、と胸が暖かくなる優しさに僕は嬉しくなって、サークの腕に捕まって微笑んだ。

 こういうところが、たまらなく好きなんだよなあ。




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