この恋は無双

ぽめた

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二章

ふたりの内緒話

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 深夜。わたしはカーテンを薄く開け、窓の外をぼんやりと眺めていた。
 雲の少ない満天の星空に、薄青く輝く月が高く昇っている。

 そっと視線を下げて、小さな自分の右手を握ったり閉じたりしてみる。
 なんとも子供の体とは脆弱なものだ。

「……夜更かししてると、悪い狼に拐われるぞ」

 こどもの安らかな寝息と別に、夜の静寂に溶け込むように静かな声がする。
 わたしは可笑しくなってふふっと笑ってしまった。

「懐かしいな、君が教えてくれた人間の迷信だ。
 子供に早寝をさせる為なのだったか」

 窓枠に腰掛けたまま、わたしは声の主の姿を闇の中に探す。
 衣擦れの音がして、ベッドから起き上がった彼は、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 月明かりが裸足の彼の足を照らした。
 見上げれば、はるか高くに昇る月と同じ色彩をした彼の瞳が、困惑したいろを湛えてわたしを見つめていた。

「お前……本当にルーナなのか。
 その姿はどういうわけだ?ちゃんと説明しろ」

「……大分前にディスティア側からこちらの国に渡ってきたんだけどね。
 あの結界を越えた時に消耗し過ぎて、つい寝過ごしてしまったみたいだ」

「ついって、姿を眩ませてからずっと寝てたってのか」

 ぴりっと彼の気配が苛立つ。
 わたしは肩を竦めて怒りをいなし、問いに答える。

「長いこと放浪生活をしていて、あの竜穴にいたのは三年くらいかな。こんなに眠るつもりじゃなかったんだ。
 タリュスが気付いて起こしてくれなければ、まだ寝ていたろうね」

「……三年もか」

「わたしにしてみたら、さほど長い感覚ではないよ。
 でもさすがに寝すぎたから、今眠れなくて苦労してる」

 わたしは少し沈黙したあと、そっと彼に両腕を差し伸べる。
 彼は一瞬迷ったけれど、狡いわたしを優しく抱き上げてくれた。
 ぎゅっと腕に力が込められ、彼はわたしの首筋に顔を埋めて苦しそうに呟く。

「どんだけ探したと思ってんだよ……あっさり寝てた、とかお前ほんと変わんねぇ」

「泣くなよ、ごめんてば。
 君こそ変わらないな。寂しがりが全然治ってない」

「うるせぇ泣いてたまるか。
 ……謝らなきゃならないのは俺の方だ。
 約束、守れなかったから」

 言いながら顔を上げた彼は、わたしを抱き上げたままソファに座る。
 うなだれる彼の膝の上で、わたしはよしよしと頭を撫でてやった。

「今ちゃんと一瞬に居てくれてるじゃないか。
 君が育てたとは思えないくらい、素直で真面目に育って感心してたのに」

 長い前髪の隙間から、濡れた月の瞳が弱々しく覗いてきた。

 全く。そんな目をしているのに、泣いているのを認めないなんて。
 君こそ相変わらず意地っ張りだ。

「……そのうち懺悔する」

「いいよ。
 君の犯した過ちが何なのか知らないけど、わたしは全部赦すから心配するな」

「っあー……そういうとこだよ。
 お前ほんっと……」

 ぐしゃぐしゃと自分の前髪をかき回し初めた。
 ふふ、言わなくても言葉の続きは解っているよ。

「さて、君の話をしようか。
 懺悔でも何でも。聞かせて?」

 絹糸の質感の真っ直ぐな髪を整えてあげると、ゆっくりと金の瞳が向けられる。

 ーーああ、わたしだけを映す瞳が涙に濡れて、とてもきれいだ。

「……まだ泣いてるのか。
 君の苛めたくなる性質たちも変わっていないね」

「~~っだっかっら、泣いてないっつうの」

 かっと頬を赤らめて、彼は掌で乱暴に目許を拭う。

「お前には話さなきゃないことが山積みなんだ。
 無駄口叩いてたら夜が明けちまう」

「ふふ。それでこそサークだ」

 平静を取り戻した、わたしを捕らえる強い眼差しが、昔と変わらないのが嬉しい。

 ーー本当は、君と二人で、こうして笑って、もっと他愛もない話をしていたいけれど。

 君からこれまでの事を聞いたら、泣いてしまうのはきっと、わたしの方だ。


  
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