この恋は無双

ぽめた

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一章

僕のもうひとつの力

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 ともかくもイムジスさんが指示を出し始めたおかげで、僕達の周囲から人気はなくなった。

 少し離れた所に、横たわる人影と傍らに座る人物が一人いるだけ。
 さっきよりも体力が戻ってきたので、さくさくと下生えを踏んでそちらに近づいていく。

「あの、隊長さん大丈夫ですか?
 イムジスさんから言付けなんですけど、隊長さんは僕達が見ているから、あなたも事後処理に参加して欲しいそうです」

  うーん、我ながらさらりと嘘をつけるようになったなあ……
 ちゃんと目的があっての事だけど、少しだけ自己嫌悪。

  僕達に気付いた若い騎士さんは、濡れた布で隊長さんの額の汗を拭う手を止めてこちらを見上げる。
 多分二十代前半の、若い男性だ。
 さらさらの金髪に緑色の瞳をしていて、きれいな顔立ちをしている。

「副隊長殿が?しかし……」

  不安げに隊長さんを見つめるので、僕も二人の傍らにしゃがみこんで、様子を伺う。

  隊長さんは毛布の上に仰向けに寝かせられていて、時折苦しそうな呻き声を上げていた。
 その顔には額から首にかけて大きく火傷をしていて痛々しい。

 よく見ると鎧の胸のあたりや腕を覆うガントレットにも爪痕のような傷がついているから、そこも打撲なり怪我をしてるのだろう。

「人手がいるんだと。
 お前も見てたろうが俺は魔術師だ。
 良く効く薬を持ってるからこいつは何とかしとく。
 黙って向こう行け」

  面倒そうにサークがくいっと顎を騎士さん達の方へと向ける。

 すると若い騎士さんが視線を上げて、みるみるうちに頬を紅潮させた。

 え、どうしたんだろ……

「貴方があの雷を呼んだんですね……えぇ……凄い、まさかお話できるなんて……」

  あっさりと布を草原に放って隊長さんの側から立ち上がり、彼はきらきらした瞳でサークにずいと近寄った。

「私ここからしか戦況がわからなかったんですけど、ずっと先輩達は劣勢で、いつも偉そうにあれこれ言うくせに大した事ないじゃんとか思ってたんですけど、貴方が来たらあっという間に片がついて。
  ほんと凄いなーお話したいなーでも私なんか眼中にないだろーって諦めてたんですけどまさか話しかけてくれるなんて!
  それにこんなに若くて格好いい方だなんて二重に感動しちゃいました!」

  流れるように畳み掛けながら、若い騎士さんはずいずいとサークに詰め寄り、左手を両手でぎゅっと握りしめた。

「勝手に野郎が俺に触んなうっとおしい!」

「わー意外と固い指してますね!なんか鍛えてるんですか?この衣装も刺繍がすごい綺麗で似合ってます!私達の防護魔術のかかった鎧と模様が似てますけど同じものですか?」

  心底嫌そうにサークは手を振り払おうとするけど、彼はがっちりと掴んで離さない。
 彼も騎士として訓練を受けているだけあるのか、力は強いみたいだ。

「私ハリストと言います、ぜひ貴方のお名前も教えてぐぇっ」

  途中から変な呻き声がした。
 一瞬ぐらりと上体を傾けたサークが、空いた右手でハリスト君のこめかみを正面から掴んだからだ。

「絶、対、に、名乗るかボケ。
 さっさと手ぇ離せ」

  低く唸って、ギリギリとこめかみを締め付ける。

 あーあ、痛そう……
 僕はやられた事はないけど、何かしらサークの不興を買った人があれの餌食になってたのは見てきた。
 これはよっぽど苛ついてるな……

「痛だだだちょっとほんとに止めて下さいぃいだだだ」

  泣きそうな声で嘆願するハリスト君を無視して、噛んで含めるようにサークの低い声が告げる。

「今すぐ、去れ。でないとその軽い脳みそに直接解らせんぞ」

「はっはいぃ!わ、わかりましたから離してくださぃ頭が割れちゃいますぅうぅぅ!」

  涙声になってようやく手を離したハリスト君を、サークはぺいっと放り捨て、埃を払うようにパンパンと手を払った。

 しゃがみこんでこめかみを押さえ、ハリスト君は痛そうな呻き声をあげている。

 大丈夫かな……

  ハリスト君には一瞥もくれず、すたすたとこちらにサークが近づいてくる。

 どうしたんだろうと不思議に思っていると、僕の後ろにしゃがみこんで肩に両腕を乗せ、くいっと頬を寄せてきた。

 ほ、ほんとにどうしたの?

「浄化中」

  ぼそりと耳許でのたまった。

「ちょっと……どういう事かわかんないんだけど」

「いーから」

  それを目にしたハリスト君ががばりと立ち上がって猛然と抗議する。

 あ、泣いてる。よっぽど痛かったんだろうな。

「おかしくないですか!?その子はくっついて良くて私はアイアンクローなのおかしくないですか!?」

「お前が触ったせいで穢れたから浄化してんだよ」

「謎理論だね……僕そんなこと出来たっけ」

「いつもタリュスは居るだけで俺のメンタル回復に大いに役立ってる」

「へ、へえ……知らなかったな。
 ぅわ、くすぐったいよ」

  首筋に顔を埋めてきたので、たまらず身をよじる。

 いきなりどうしたんだろ。
 家の中ではたまにあったけど、外でくっついてくるのは珍しい。

「いつまで見てんだよガキ。
 今度は黒焦げになりてぇか」

  また目を上げたサークがハリスト君の方に人差し指を示すと、びしり、とその足元に鋭い雷が走った。

 驚いたハリスト君は、悲鳴と共に逃げ出し仲間の騎士達の方へと去っていく。

「サーク?どうしたの?
 あんな風に追い払うの、らしくないよ」

「んー……あいつうざくて」

「それだけじゃないでしょ。
 さっきのは何、貧血でも起こしたの?ほんとは体調悪いんじゃない?」

  真横にいるので表情が解らないけど、はあっと大きくついた溜息が肯定を示してくれた。

「あいつ変な魔力持ってたんだよ……
 呪文も媒介もなしに他人の力を吸い取る珍しい力だ。
  生まれもってる才能だろうから本人気づいちゃいねえようだがな。
  調整するやり方も知らねえんだろうが、おかげでこっちの魔力取られた」

「サークの魔力が奪われたの?」

「そ。
 俺の手掴んで喋ってる間に吸われたから、どうも触れた相手に無意識に発動するみたいだな。
  つーかこっち残り少ないってのに迷惑だっての……
 あいつボコらなかっただけ俺偉いぞ」

  それは確かにそうかも。

  魔力を扱う人たちは、自分の容量以上に力を使ってしまうと昏倒してしまうのだ。
 回復するには通常なら眠るとかして休息を取るか、高価な回復薬を飲むしかない。

  僕はこうして普通にしているだけで回復するけど、その方が異常なんだそうだ。

  それはそうとして……なんだか胸がもやもやする。
 何に対してかというと、ハリスト君にだ。

  僕の肩に乗せられたサークの両腕を、きゅっと掴んで唇を噛む。

「どうした急に」

  低い問いにふるふると首を横に振る。

  もやもやの理由に思いあたったからだ。

  こんな気持ち、教えたくないなぁ……

「なんでもないよ」

「機嫌悪いな。
 あのガキのせいだろ、言ってみな」

  労るように、少しだけサークの声が柔らかくなった。

 しばらく僕は迷って、ようやく答える。

「あの人が……」

「おう」

「サークの魔力を持っていったのが、嫌」

  言葉にすると急に恥ずかしくなる。

 顔に血が集まるのがわかったけど、一度こぼれた本音は止まらず唇から流れていく。

「僕の……相棒の、ものを……
 僕以外のひとが、勝手に盗っていったのが……すごく、嫌だ」

  今まで一緒にいて、何度か仕事をしてきたけど、こんな風に思ったことは初めてだ。

 胸がぎゅうっと苦しくて、言葉にしたのに楽にならない。

  しばらくサークは黙っていたけれど、いきなり僕の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でてきた。

「うわ、痛た」

「っあー……そうか……悪かったなー……
  次から油断しないよう気を付けるわ……」

  何かを堪えるような、それでいてちょっと嬉しそうな。不思議な謝罪だ。

「悪くないのに謝らないでよ……
 変なのは僕なんだから」 

「変じゃねぇよ。
 今のですげぇ癒し効果あったから」

  なんで癒されるんだろう。
 心底わかんないや……

「その内わかるように教えてやるよ。
  さてと……癒しで思い出したが、そろそろこいつ何とかするか。
 騎士どもの片付けが終わる前にな」

  頭に置かれたサークの手が、ぐいっと視線を下げてくる。

 傷が痛むのだろう、どうにか目を閉じて耐えている様子の隊長さんがそこにいた。

 他人のせいにはしたくないけど、ハリスト君に気を取られて大分待たせちゃったな……

「う、ごめんなさい。
 元々隊長さんを何とかしたかったのに」

「あのガキのせいで時間取られたんだ。
 あいつの力は放っとくと危ねえから、この上司に教えてやらなきゃな。
  大分魔力も戻ったろ」

  確かに戦闘で消費した魔力がほとんど回復している。

 これならいけそうだ。

 僕が頷くと、サークはそっと離れて傍らに腰を下ろした。

  隊長さんの側で膝立ちになった僕は、顔の傷に両手をかざして目を閉じる。
 お腹に力をいれて大きく呼吸を繰り返すと、身の内から暖かい力が湧いてくるのを感じた。
 そのまま唇から言葉が滑り落ちる。

「癒しを」

  お腹から胸を伝って両腕へ。
 流れるように力が手のひらへ集まっていくのを感じる。

  これは精霊の力を借りているのではない。僕自身が持つ、癒しの力だ。

  目を開けると、淡い燐光が隊長さんの体を包んでいた。
 撫でるようにそっと手を動かすと、みるみるうちに火傷と怪我が消えていき、眠る隊長さんの苦しげな呼吸が安らかな寝息に変わっていく。

  良かった、うまく出来た。

  ほっと安心したとたん、ふらりと視界が回る。

「っとぉ。大丈夫か?
 いつも思うが魔力の流れがすげぇな……意識保てるか」

「だいじょ、うぶ。ありがと」

  とっさに抱き止めてくれたサークの顔がぼやけている。

 心配そうな金色の瞳を安心させたくて、何とか笑みを浮かべるけど、これは……やりすぎちゃったかも。

「おい、魔力が底つくまで開放して全身の傷を治したな?
 顔だけで良かったのによ」

「ご、めん、加減、できなくて」

「やっちまったもんは仕方ねぇが……後はうまくやっとく。
 もう寝てろ」

  急速に魔力を失った負荷で、話している間にも抗えない程の眠気に襲われる。
 どうにか頷くので精一杯だ。

 瞼が落ちて眠ってしまう直前。
 唸るようなサークの声を聞いた。

「……さっきの理屈からしたら、癒しを与えられた奴も、俺には許せない存在なんだがな」
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