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ふと、首元のネックレスに手を触れる。ナーバルの作った魔法具だが、魔法で危害を加えられそうになった際に無効にしてくれるという代物らしい。王族との茶会でそんなことあるわけないじゃないと一度は返却したが、持っておいて損はないと押しつけられた。2回しか無効にできないため、一度でも無効化が実行されたら、一旦その場から離れろとまで言われている。残る1回は予備として残しておいたほうがいいとのことだ。そのままナーバルのところまで戻ってくれば、大抵の魔法攻撃については彼が弾くことができると言っていた。瞬時に彼らの元へ戻るために転移魔法が使える指輪まで持たされている。ネックレスや指輪に魔法式を組み込んだのは、この間の入れたものを増殖させる箱よりは装飾品のほうが令嬢が扱うには都合がいいだろうという配慮のようだった。
一体何をそこまで警戒しているのか分からないが、トリスからも念を押されて渋々言うことを聞くことにした。
しかし、彼らの並々ならぬ警戒心も致し方ないのかもしれないと思う。彼らのような平民は大抵貴族に対して良い感情は持っていない。創世記をナーバルがユリアから没収したように、貴族からの施しは受けず信用もしないというのが基本スタンスなのだろう。そんな彼らがイズと平然と口をきいているほうが不自然なのだろう。
恐らくは貴族全体はともかく、イズ自体は警戒するに値しないと判断されたのだと推測する。体が入れ替わっていることも大きな要因だろう。一時的な協力者として認識されているのだ。そこのところを勘違いしてはいけないと思う。距離感を間違えてはいけない。いくら友人のように接したとしても、彼らとの間には歴然たる身分の違いがある。
応接室に案内し、マルクスがソファーに深く腰掛けるのを認めてからイズも腰を落ち着ける。
目の前に運ばれてきた紅茶を一瞥したが、彼が手を付けることはなかった。
マルクスは少し思案するように顎を擦る。
「あなたのメイドには席を外してもらえるかな? 内緒の話がしたいんだ」
「ええ。殿下の仰せなら、その通りにいたします」
目配せをすると、メイドたちは足音も立てずに出ていった。護衛の騎士たちも同様に外に出る。残ったのはマルクスと正体が分からないフードを被った女性だけだった。
「イジー嬢。この間は僕の騎士があなたを怖がらせてしまったようで失礼した。まさか貴族令嬢が護衛1人だけで街に出ているとは思わなかったことと、ちょうど文を出そうと考えていたところで不意に会うことができたので焦ってしまった」
彼の言葉から、どうやら正雪祭の途中で騒ぎが起きていたのは、マルクスが現れたからなのだろうと当りをつける。いくら貴族は平民から人気がないといったところで、王族はあまりに雲の上の存在であるから舞い上がる気持ちは理解できる。平民が貧しいということは統治している貴族が悪いのであって、王族はそれを憂いて慈悲をくれるに違いないという認識が強い。
しかし――、と思う。マルクスの説明には腑に落ちない部分もある。
どうやって私がいることを知ったのかしら。なんだか、おかしいわ。
イズは未だ無表情の相手の顔を観察する。
彼は、こんな顔をしていただろうか。
記憶の中のマルクスはいつもどんな相手を前にしても、微笑んでいたはずだ。
王族なら王家の紋章がついた馬車に乗っているので分かりやすいが、イズたちは平民に紛れるように相応の格好をしていた。見つけられるはずがない。誰かが偶然イズを見つけ、マルクスに報告したのでないかぎり、その言い訳は不自然だ。それに、公爵家の統治領に事前に報せを送ることなく訪問するものだろうか。公爵である父親は知っていたのだろうか。いや、今は自領を離れている。主が不在の領地に来ること自体がおかしい。
もやもやとする。しかし問い詰めるわけにはいかない。相手はこの国で最も力を持つことになるであろう子どもだ。
「いえ、こちらもわたくしの護衛が無礼な対応をしてしまい、申し訳ございませんでした。よく言い含めておきます」
「あなたの護衛は主人を守るために正しく行動したと思う。責めたつもりはない。ところで、今日はあなたに確かめたいことがあって時間を取ってもらった」
随分と本題に入るのが早い。マルクスの後ろに控えた女性が六角形の手のひらと同じくらいの小さな箱をイズの目の前のテーブルに置いた。何の変哲もない箱のように見えるが、何となく魔法具のような気がした。
木製で、白く塗られている。彼女が箱を置いたとき、少しだけ視界が歪んだように感じた。
「実は、この屋敷内で誰かが強い魔法を使用したようだと彼女が気付いた。公爵家の人間で魔法が使える人間は使用人を含めて全て把握しているはずだが、そのうちの誰でもない人間が魔法を使ったようだというのが彼女の言い分だ。つまり、魔法が使えないとされている人間のうちの誰かということだ。イジー嬢あなたか、もしくはあなたの――」
「この魔法具はわたくしに魔力があるのかを確かめるものでしょうか」
「そうだ」
思わず言葉を遮ってしまったが、マルクスは気にした様子もなかった。彼に彼女と呼ばれている女性はおそらく魔法研究棟から派遣されてきているのだろう。
私に魔法が使えたら、どんなに良かっただろうと以前は何度も想像した。魔法には人一倍憧れがある。今、体はトリスのものだから魔法がもしかしたら使えるかもしれない。
この間、魔法を使ったのはナーバルだったが、この魔法具を使うことで本当に魔力があるかどうかを知ることができるかもしれない。
喉元に手をやる。逸る心を落ち着かせるためにした仕草だったが、指先にざらりとした感触がある。途端に血の気が引いていくのが分かる。
魔法で攻撃を受けたときに無効化する魔法具が、一度使用された形跡があった。
一体何をそこまで警戒しているのか分からないが、トリスからも念を押されて渋々言うことを聞くことにした。
しかし、彼らの並々ならぬ警戒心も致し方ないのかもしれないと思う。彼らのような平民は大抵貴族に対して良い感情は持っていない。創世記をナーバルがユリアから没収したように、貴族からの施しは受けず信用もしないというのが基本スタンスなのだろう。そんな彼らがイズと平然と口をきいているほうが不自然なのだろう。
恐らくは貴族全体はともかく、イズ自体は警戒するに値しないと判断されたのだと推測する。体が入れ替わっていることも大きな要因だろう。一時的な協力者として認識されているのだ。そこのところを勘違いしてはいけないと思う。距離感を間違えてはいけない。いくら友人のように接したとしても、彼らとの間には歴然たる身分の違いがある。
応接室に案内し、マルクスがソファーに深く腰掛けるのを認めてからイズも腰を落ち着ける。
目の前に運ばれてきた紅茶を一瞥したが、彼が手を付けることはなかった。
マルクスは少し思案するように顎を擦る。
「あなたのメイドには席を外してもらえるかな? 内緒の話がしたいんだ」
「ええ。殿下の仰せなら、その通りにいたします」
目配せをすると、メイドたちは足音も立てずに出ていった。護衛の騎士たちも同様に外に出る。残ったのはマルクスと正体が分からないフードを被った女性だけだった。
「イジー嬢。この間は僕の騎士があなたを怖がらせてしまったようで失礼した。まさか貴族令嬢が護衛1人だけで街に出ているとは思わなかったことと、ちょうど文を出そうと考えていたところで不意に会うことができたので焦ってしまった」
彼の言葉から、どうやら正雪祭の途中で騒ぎが起きていたのは、マルクスが現れたからなのだろうと当りをつける。いくら貴族は平民から人気がないといったところで、王族はあまりに雲の上の存在であるから舞い上がる気持ちは理解できる。平民が貧しいということは統治している貴族が悪いのであって、王族はそれを憂いて慈悲をくれるに違いないという認識が強い。
しかし――、と思う。マルクスの説明には腑に落ちない部分もある。
どうやって私がいることを知ったのかしら。なんだか、おかしいわ。
イズは未だ無表情の相手の顔を観察する。
彼は、こんな顔をしていただろうか。
記憶の中のマルクスはいつもどんな相手を前にしても、微笑んでいたはずだ。
王族なら王家の紋章がついた馬車に乗っているので分かりやすいが、イズたちは平民に紛れるように相応の格好をしていた。見つけられるはずがない。誰かが偶然イズを見つけ、マルクスに報告したのでないかぎり、その言い訳は不自然だ。それに、公爵家の統治領に事前に報せを送ることなく訪問するものだろうか。公爵である父親は知っていたのだろうか。いや、今は自領を離れている。主が不在の領地に来ること自体がおかしい。
もやもやとする。しかし問い詰めるわけにはいかない。相手はこの国で最も力を持つことになるであろう子どもだ。
「いえ、こちらもわたくしの護衛が無礼な対応をしてしまい、申し訳ございませんでした。よく言い含めておきます」
「あなたの護衛は主人を守るために正しく行動したと思う。責めたつもりはない。ところで、今日はあなたに確かめたいことがあって時間を取ってもらった」
随分と本題に入るのが早い。マルクスの後ろに控えた女性が六角形の手のひらと同じくらいの小さな箱をイズの目の前のテーブルに置いた。何の変哲もない箱のように見えるが、何となく魔法具のような気がした。
木製で、白く塗られている。彼女が箱を置いたとき、少しだけ視界が歪んだように感じた。
「実は、この屋敷内で誰かが強い魔法を使用したようだと彼女が気付いた。公爵家の人間で魔法が使える人間は使用人を含めて全て把握しているはずだが、そのうちの誰でもない人間が魔法を使ったようだというのが彼女の言い分だ。つまり、魔法が使えないとされている人間のうちの誰かということだ。イジー嬢あなたか、もしくはあなたの――」
「この魔法具はわたくしに魔力があるのかを確かめるものでしょうか」
「そうだ」
思わず言葉を遮ってしまったが、マルクスは気にした様子もなかった。彼に彼女と呼ばれている女性はおそらく魔法研究棟から派遣されてきているのだろう。
私に魔法が使えたら、どんなに良かっただろうと以前は何度も想像した。魔法には人一倍憧れがある。今、体はトリスのものだから魔法がもしかしたら使えるかもしれない。
この間、魔法を使ったのはナーバルだったが、この魔法具を使うことで本当に魔力があるかどうかを知ることができるかもしれない。
喉元に手をやる。逸る心を落ち着かせるためにした仕草だったが、指先にざらりとした感触がある。途端に血の気が引いていくのが分かる。
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