親愛なる城主様

パピの木

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親愛なる城主様

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 以前書いた恋愛ものです。続きません。

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 呪われているのよ、とは誰が言い始めたのか。
 リリーは物心つく頃には既に周囲の人間からは忌避されていた。
 膨大な魔力量を自身で制御できず、ちょっとのことで魔力が暴走した。それに巻き込まれて、もう何人もの使用人が辞職願を出したとお父様から憎々しげに告げられ、離れた塔に幽閉された。
 偉大なる公爵家の令嬢なのに、おまえはなんて役に立たないのだと毎日のように叱責され、折檻を受ける日々から、何も変化がない幽閉暮らし。
 毎日泣いて過ごした。お母様が恋しい。優しくて、どんな失敗をしても抱きしめて慰めてくれた母。しかし既に彼女は他界してしまっている。流行り病に倒れ、お父様はすぐに新しい女性と再婚した。
 もう、私のことはいらなくなったのね。
 このままでは一生幽閉されて過ごすしかない。でも、リリーにはどうすることもできなかった。
 この膨大な魔力が憎い。人並になりたい。
 私はただ、家族仲良く暮らせていけたらそれで良かったのに。
 塔は物置のように色々なものが詰め込まれていた。寝る場所は本棚の上。壊れたイスや機織りや、書籍が積み重なり、埃っぽい。虫がいないのは幸いだったが、唯一、蜘蛛は巣を張っている。
 最初は小さな蜘蛛1匹に悲鳴を上げて逃げ回っていたが、長い年月が経つうちに気にならなくなってきていた。
 埃を拭く布巾も初めはなかった。2日に一度食べ物を持ってきてくれる使用人に掃除道具が欲しいとお願いしたが、無視されてしまった。それから何度か、日を変えてお願いしたが、我慢の限界に達したのか水をかけられて諦めた。
 しかたなく埃を吸い込みながら、時間をかけて塔の中を掃除した。まだ10歳になったばかりのリリーには重労働だったが、誰が助けてくれるわけでもない。幸いにも水だけはたくさん与えてくれた。干からびて死なれても困ると思ったのだろう。
 それとも、あまりにも汚れ過ぎた私がよっぽど匂ったのかしら。
 ずきりと痛む胸を人知れず押さえて、気分が沈んだ日には歌を歌った。
 お母様に教えてもらった歌を何度も何度も繰り返し歌った。そのときばかりは、自分の世界に没頭できた。誰にも邪魔されない自分だけの時間だった。
 そんな毎日が5年も続いたある日、リリーの元へ訪問してくる者がいた。

「こんなところで何をしてるの?」

 年の頃は同じくらいだろうか。少しからかうようなその声音を聞いて咄嗟にリリーは本棚の影に隠れる。
 誰だろう。新しい使用人かしら。
 でもそれにしては若い。
 このくらいの年齢の子はまず私の担当にはならないわ。だって、顔が良い男の子はみんな、継母の専属になるのだから。
「そんなに警戒しないでいいよ。とんでもない魔力を感じたから魔獣かと思って見に来ただけ」
「……あ、あなたも、私のこと人間じゃないって言うのね」
 しばらく人と話していなかったから、おずおずと返事をする。
 魔獣だなんてひどい。でも、そう言われても仕方がないのかもしれない。呪われた子、忌み子とさんざん言われてきた。
 目の前の少年はふと目を眇め、「そんなこと言ってないよ。誤解だ」と言う。髪も瞳も真っ黒な彼の方が、どう見たって怪しいのに。
 リリーは母親譲りのブロンドで、見た目だけならお人形さんのよう。大きな瞳を瞬かせて、気まずそうにしている少年を見つめた。
「きみ、名前は?」
「リリー。リリー・フォレスター。フォレスター公爵家の長女です」
「俺はアレク」
「アレク様?」
「様はいらないよ。アレクでいい」
 家名を名乗らないなんて、変なひと。それとも家名が与えられない平民なのかしら。それにしては肌艶が良い。フォレスター公爵家の使用人は必ず子爵以上の子女や子息と決まっているのに。
 アレクはするりと窓から塔の中へと入ってきた。まるで猫のような、しなやかな動きだった。
 そして今度はこちらが質問する番だ。
「どうやってここまで?」
「風魔法でビュンと」
 風魔法でビュンと簡単に言っているが、このくらいの歳の子がそんなことできるはずがない。この塔はリリーの身長の何倍もあって、使用人ですら螺旋回廊をひたすら自分の脚で上ってこないと辿り着けない。疑いの目で見られていることに気付いたのか、アレクは指先を右から左へ振ってみせた。すると、リリーの長い髪の毛を高い位置でくくっていたリボンがほどけて、彼の手ひらの上まで飛んでいってしまう。そして、そのリボンがすぐさま宙に浮かぶ水に含まれたかと思うと、またどこからともなく吹いた風で乾いてしまう。
 ついでとばかりにリリーの掃除の行き届いていないところまで、その正体不明の風は駆け抜けていき、あっという間に塔の中はピカピカになってしまった。
 シュルシュルとキレイになったリボンがまた、風に乗ってリリーの元まで返ってくる。
「髪、下ろしてたほうが似合うよ」
 巧みな風魔法を披露した彼は、微笑みながらリリーに近付く。そして驚いて動けないリリーの頭を撫でた。
「あ、あの」
「それで、どうしてきみはここにいるの?」
 近づくと彼の顔がとても整っていることがよく分かる。まるで物語の中の王子様みたい。リリーは気恥ずかしくなって顔を伏せた。こんな埃と煤だらけの汚い姿を見られたくない。公爵令嬢というのもこんな姿では信じてもらえていないかもしれない。じっとうつむいていると、アレクは質問を変えてきた。
「フォレスター公爵は年頃の令嬢をここに閉じ込めるのが趣味なの? とても正気とは思えないけれど」
「違う、違うわ。お父様を悪く言わないで」
 父親のせいではない。魔力を制御できない自分が悪いのだ。お父様だって、昔はあんなに酷いことを言うひとではなかった。母と同じくらい優しくて、リリーのことを愛してくれていた。
 膨大な魔力が制御できないせいでここにいると告げれば、アレクは「ふーん?」と顎に指をあてる。
「じゃあ、魔力が暴走しなければ、こんなところにいる必要はないってわけだ」
「ヒィ……」
 こくりと頷くと、アレクがなぜか更に近付いてくる。他人と、しかも異性ととこんなに近距離で接したことのないリリーは小さな悲鳴を上げた。
「なにも取って食おうってわけじゃないんだから」
 くすくすと笑いながら、顎を持ち上げられて顔が赤くなる。
 そしてそのまま何の躊躇もなく口付けられる。唇に触れた柔らかいそれはすぐに離れ、また角度を変えて合わさる。リリーは息もできないほど驚き固まってしまった。
 同時に、ぞわぞわと背筋を這い上がる得体の知れない感覚に気が遠くなる。
 魔力を吸われているのだと気付いたときには、もう自力では立てないくらいになっていた。アレクがいつの間にか腰を抱いていてくれたおかげで辛うじて倒れずにいる。
 限界まで魔力を吸われ、ようやく解放されたときには意識も朦朧としていた。
「これで外に出られるね、リリー」
 悪魔のような囁きを聞きながら、リリーの視界は暗転した。
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