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病名:ピエロ。
哀れなピエロのつくりかた (最終話)
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電話が鳴った。それは俺の物ではなく、あの4人組の内の誰かの物だ。
「あの子からです!」
1人がそう言うと、そのまま電話に出た。
「もしもし、こちら……」
「どうなってるの!!!???」
少し離れた所で地に顔を俯く俺にもはっきり聞こえた。
電話に出た男はうるさかったのか、耳を痛そうに押さえている。
「どうして?ねぇ、どうして!?どうして先輩が傷つけられているの!?」
電話の主はなぜか俺の現状況に対して怒り狂っていた。心の奥に多色の絵の具を混ぜて作ったぐちゃぐちゃの黒があるかのような声。
明らかに俺ではなく、この4人組へ敵意は向けられていた。
……ただしこの声は鈴のものではない。4人組に対してこんな物言いをするのは鈴ぐらいしか思いつかないが、鈴はこんな声ではないのだ。
……じゃあ、誰?
「そ、それはですね。彼の足止めのために……」
「そんなこと聞いてない!!」
1つ1つの言葉が重く痛い。
逆鱗なんて言葉じゃ足りないくらいだった。
「どうして先輩を傷つける必要があったのか、それを聞いてるの!!!」
「そ、それは、相手も抵抗してきたので……」
「はぁ!!??あなたたち、これでもプロでしょ!?こんなこともできないの!?」
火に油とはまさにことこと。
1つ1つのやり取りの度、電話の主は怒髪天をついていく。
「もういい!!!先輩に代わって!!!」
……先輩?
さっきから電話の主は俺のことを先輩と呼ぶ。
……ということは、電話の主は俺の後輩?
「し、しかし現在、私達は彼を拘束しておりまして……」
「そんなこと、どうでもいい!!!あなたたちじゃ話にならないわ!!!早く先輩に代わって!!!それと、早く先輩を開放しなさいっ!!!」
「で、ですがそれでは、足止めの意味が……」
「うるさいっ!!!いいから早く!!!早くしないと、後であなたたち殺すわよ!!??」
「……らしいです」
対応していた男は声を震わせながらこちらを向いた。
「……はぁ、仕方がありませんねぇ。今回の主は彼女ですし、今は彼女に従いましょう」
馬乗りになって俺を拘束していた小柄な男はため息をつくと、オレの拘束を解き、無理矢理立たせた。
「ほら、言われた通り、彼を開放しましたよ?」
「……じゃあ、早く先輩に、電話を渡して」
感情の抑えられた、低く圧のある声。そのまま俺の方へスマホが差し出される。
「……ご指名だ」
「……お、おう」
俺はそれを受け取り、そっと耳にあてた。
「その……代わったけど」
なんて言うのが正解なのかわからなくてとりあえず言葉を1つ。
浮かんだものをそのまま口にした。
「先輩……ですか?」
小さく、弱い声。先ほどのドスの効いた声を発した人間とは思えないくらい、その声は柔らかく、繊細だった。
そして、俺はその声に聞き覚えがあった。記憶の向こう側、過去の引き出し、その奥にあった彼女の名前を、唇でそっとなぞる。
「……彩奈?」
「……はい。覚えてて、くれたんですね」
「あぁ。……でも、なんで、彩奈がこんな奴らに電話を……」
共通点が見えなかった。彩奈が東京で大学に通ってることは知っている。だが、それ以外の情報を持ち合わせていない俺はこの場を理解できなかった。
「……怒らないで聞いてくれますか」
「……それって」
「聞いてくれますか……先輩」
今の言葉でわかった。だけど言えない。人を戦(おのの)くようなものではないが、彼女自身が抑えるような圧。その前で口にするのは場違いだと思った。
「……あぁ、わかった」
「……よかったです」
彩奈は安堵したように吐く。そしてそのまま、俺の思い描いた筋書き通りの言葉がその口からこぼれた。
「私が、先輩の彼女を誘拐しました」
思ってはいても、その言葉の威力は大きい。返答として用意してた言葉さえ、上手く口に出せない。
「……どうして、そんなことを」
不器用に紡がれた言葉。これで精一杯だ。
「どうして……ですか」
彩奈は少しの空白を空けて、また口を開いた。
「私も、先輩が好きだからです」
言葉が消えた。何も言えない。
……彩奈が、俺のことを好きしている?
「私の方が先輩のことを好いているのに、愛しているのに……。
あの女が邪魔したから、倍返ししたんです」
俺の知らない彩奈が目を覚ましたかのように続ける。
「私の方が前から、私の方がずっと、私の方が好きなのに、愛しているのに、恋していたのにっ!!!それなのに!!あの女は抜け駆けした!!!私と先輩が結ばれるはずだったのに!!!それをぶち壊した!!!私は………私は………!!!」
「……だから、鈴を誘拐したのか」
彩奈が止まらなくなる前に俺は遮るよう言葉を挟んだ。
「……えぇ。つい先日、偶然にも私のこの恨みをかってくれる人に出会う事ができたんです。その人たちと手を組んで、私はあの女を誘拐しました。………ねぇ、先輩」
彩奈はまた、元の柔らかい声に戻すと、誘惑するようにそっと言った。
「……私の、恋人になってもらえませんか?」
告白だった。
「私は、あの女に比べたら劣る所しかありません。あんなにかわいくないし、あんなに要領良く生きることだってできません。……でも、あの女に負けないくらい、先輩のことを幸せにすることはできます。だから、だから……」
鈴を誘拐した犯人とは思えない言葉。健気なその姿に、俺はそれに相応しい答えを告げた。
「……それは本当?」
「え?」
「いや、本当に俺のことを幸せにできるのかなって思って。ほら、そういうセリフは色んなシチュエーションで常套句みたいに流れるけど、あんまり実現しないから」
俺は軽いジョークのように言った。
「そ、そんなわけないです。私は先輩のこと……」
「……じゃあ、1つだけ質問してもいい?」
「は、はい」
「もしも、もしもの話。俺が本当に再起不能ってぐらいまで病んでしまって自殺しようとしたとする。彩奈ならその時どうする?」
「そ、それは……」
「大丈夫。別に今病んでるわけじゃない。ただの心理テストみたいなやつだよ」
慌てる彩奈を軽くさとす。そして、その間の後に。
「……私なら、どんな手を使ってでも先輩を止めると思います」
「その理由は?」
「そんなの決まってるじゃないですか」
彩奈は俺を説得するように言った。
「死んだらなにもできなくなります。楽しいことも嬉しいことも、もう二度と味わえない。そんなの、可哀想です。それに……私だって、そんなの耐えられません」
湿った声が感情的に語る。本当に大切にした人にしか出ない言葉。
だから彩奈じゃだめなんだ。
「……彩奈、君とは付き合えない」
「え………」
すぐにでもかき消してしまえるような声。気にせず俺は続ける。
「さっきの質問は一年前の俺だ。自分の存在をどうしようもなく恨んだことがある。その時の俺は本当に抜け殻のようで、無意味な人生に終止符を打つために死のうとしていた。そして、さっきの質問を鈴にもしたんだ。その時、あいつはなんて言ったと思う」
電話の向こうからはあ、とかえ、とかもごもごとした言葉になれないなにかがノイズとなっていた。
「それが先輩の幸せなら私は止めません。でも、私は先輩との時間が幸せなので、それが消えるのなら私も死んでいいですか?って鈴は言った」
「え?」
「だよな。俺もそうだった。……でも、あくまで俺のことは尊重してくれて、その中で自分の幸せまで一緒に犠牲にしてまで俺のことを救おうとしてくれた人なんて、鈴以外いないんだ」
これは一年前。自分を呪い殺すまで壊れた俺を、鈴だけが元に戻してくれた。俺はあの日の温もりを一生忘れない。
「彩奈は確かに俺を救おうとしてくれる。でも、彩奈は鈴の代わりにはなれない。だって、彩奈は自分のことが優先だから。彩奈が耐えられないから俺を救う。……なら、彩奈が耐えられることなら、俺が辛くたっていいのか」
「そ、そういうことじゃ……」
「……それに。あと1つだけいいか?」
俺は1つ、深く息を吸った。そして。
「俺の愛する彼女を傷つける奴を許すわけがねぇだろ!!!」
全ての感情を込めて吠えた。それはきっと不細工で無様だ。本能的な行動によって生まれた乱反射は、そのまま空へと吸い込まれるように消えた。
「あはははははははははっ!!!……はぁ」
狂ったように彩奈が笑う。
「あーあ、最悪。バッドエンドのシナリオじゃん。なんのためにこんなことしたのか、意味わかんない」
嘲笑うように自己否定を並べる。
スマホ越しにカチッと嫌な金属音がした。
「バッドエンドはバッドエンドらしく、落とし前つけなくちゃ。……ね?先輩」
「ま、まさか……」
「この代償は人1人の命です。こんな女、早く死んでしまったらいい。……じゃあね、さようなら」
乾いた銃声が1つだけ。
電話はもう、それ以外なにも口にしなかった。
……………
「ニュースをお伝えします。昨日、福岡県の女学生を誘拐した事件は……」
民放テレビが昨日の俺らを報道しようとした所で俺は乱雑にテレビを消した。
「……これでほんとによかったのか」
「……どうでしょうね、先輩」
ふと漏らした俺の言葉に、後ろの入院患者用のベッドに寝れた少女が答える。
「鈴、起きてたのか」
「う、うん。お腹すいちゃって」
ぺろっと舌を出す。
「……はぁ、よく呑気に腹なんか減るな」
「し、しょうがないじゃないですか!丸一日なにも食べてないんですよ?」
あの後、俺と黒幕4人組はパニックになり、なぜか敵味方関係なく共に黒幕のアジトへと向かった。
そしてそこには縄で縛られた鈴と脳天を射抜かれ死体となった彩奈がいた。
すぐさま、鈴を開放し、警察に通販すると、彩奈が亡くなっていたこともあり、事件は簡単に幕を閉じた。そして俺らは保護され、事情聴取のために警察署を転々とし、今は鈴の検査入院のために大学病院にいる。
「……まぁな。でも、ほんとにごめんな、鈴」
「ふぇ?なんでです?」
どこから出したのかわからないチョコレートを頬張る鈴。どこまでも食い意地を張るつもりらしい。
「怖い思いさせたからな。本当に悪かった」
「気にしないでください、先輩」
「でも、鈴は……」
「だって、私。聞こえたんです」
「え?」
「俺の愛する彼女を傷つける奴を許すわけがねぇだろ!!!っていう、先輩のセリフです」
「あ、あぁ、あれ……」
今考えたらあんなこっ恥ずかしいセリフ、よく言えた。我ながら、顔が赤くなる。
「先輩、顔が赤いですよ?」
「う、うるせぇ」
「もしかして……恥ずかしいんですか?」
「んなわけねぇだろ」
「じゃあ、もう1回言ってください」
「は?」
「だ・か・ら。もう1回言ってくださいよ。恥ずかしくないならもう1回くらい、いいじゃないですか」
悔しさのあまり強がったことがこう裏目に出るとは。
「くっ……」
「さぁ、早く早く♪」
嬉々とした表情で鈴は俺を見る。あの日以降、初めて見た鈴の無邪気な表情。今はそれがどうしても愛しくて仕方ない。だから。
「愛してるよ、鈴」
別の言葉が口からこぼれた。
「え、え、え、えぇぇぇぇぇ!?」
鈴は電子ケトルのように一気に顔を赤らめると俺の胸をぽかぽかと力なく叩き始めた。
「な、なに変なこと言い始めるんですか!!」
「ご、ごめん……」
「そんなこと急に言われたら女の子は困るんですよ!?」
「ごめん……」
「先輩、本当に乙女心わかってるんですか?」
「ごめん……」
「でも………こういういじわるなら、毎日……」
「え?」
なんか、鈴がもごもごと言った気が……。
「なんでもないです。これだから難聴系男子は……」
鈴の楽しそうなぼやきを、俺は不思議な顔でずっと見ていた。
あとがき
どうも、秋音なおです。1話、3話、6話を担当させて頂きました。この合作はTwitterを介してデータを送り合うだけで作ってたので、楽しかったものの、大変なところもありましたがなんとか形になったかなと思います。
あまり自分のことを語るのはあれなのでここからは作品のことを。
今作は著者2人という所から2部制のドラマツルギーとメリーバッドエンドを主軸に作っています。
ラストの後味の悪さなんかはそれが原因です。
今回の、作品にはハッピーエンドなんてものはないので、読者が個人個人で解釈していただけたらと思います。
自分勝手に書かせて頂いた今作でしたが誰かの心に残れたら幸いです。
これにて今作は、エンドロールを迎えますが、著者は以後も作品を作ると思いますのでその時はまた、よろしくお願いします。
最後に今回お世話になった梨くんに感謝の意を表して終わりたいと思います。
ラストまで、ありがとうございました。
秋音なお
こんにちは、梨です。
秋音さんが語ってくれたので自分は、気軽にあとがきを書きたいと思います。
ここまでの病名ピエロは、どうでしたか?
「面白かったよー」や「面白くなかった。残念だった」と。色々思う事があると思います。正直作者も「ん?」と、思う事が多くあったので次に生かしていきたいです。
書くことが無いので最後に感謝を伝えたいと思います。
ここまで、読んでくれた方々ありがとうございます。
そして、お気に入りにしてくれた方ありがとうございます。
これで、この話は終結という事になりますが、梨、秋音なおの活動はまだまだ継続されます。どうぞ、今後の作品を期待しといてください。
そして、感想も受け付けています!
また、いつか!
梨
「あの子からです!」
1人がそう言うと、そのまま電話に出た。
「もしもし、こちら……」
「どうなってるの!!!???」
少し離れた所で地に顔を俯く俺にもはっきり聞こえた。
電話に出た男はうるさかったのか、耳を痛そうに押さえている。
「どうして?ねぇ、どうして!?どうして先輩が傷つけられているの!?」
電話の主はなぜか俺の現状況に対して怒り狂っていた。心の奥に多色の絵の具を混ぜて作ったぐちゃぐちゃの黒があるかのような声。
明らかに俺ではなく、この4人組へ敵意は向けられていた。
……ただしこの声は鈴のものではない。4人組に対してこんな物言いをするのは鈴ぐらいしか思いつかないが、鈴はこんな声ではないのだ。
……じゃあ、誰?
「そ、それはですね。彼の足止めのために……」
「そんなこと聞いてない!!」
1つ1つの言葉が重く痛い。
逆鱗なんて言葉じゃ足りないくらいだった。
「どうして先輩を傷つける必要があったのか、それを聞いてるの!!!」
「そ、それは、相手も抵抗してきたので……」
「はぁ!!??あなたたち、これでもプロでしょ!?こんなこともできないの!?」
火に油とはまさにことこと。
1つ1つのやり取りの度、電話の主は怒髪天をついていく。
「もういい!!!先輩に代わって!!!」
……先輩?
さっきから電話の主は俺のことを先輩と呼ぶ。
……ということは、電話の主は俺の後輩?
「し、しかし現在、私達は彼を拘束しておりまして……」
「そんなこと、どうでもいい!!!あなたたちじゃ話にならないわ!!!早く先輩に代わって!!!それと、早く先輩を開放しなさいっ!!!」
「で、ですがそれでは、足止めの意味が……」
「うるさいっ!!!いいから早く!!!早くしないと、後であなたたち殺すわよ!!??」
「……らしいです」
対応していた男は声を震わせながらこちらを向いた。
「……はぁ、仕方がありませんねぇ。今回の主は彼女ですし、今は彼女に従いましょう」
馬乗りになって俺を拘束していた小柄な男はため息をつくと、オレの拘束を解き、無理矢理立たせた。
「ほら、言われた通り、彼を開放しましたよ?」
「……じゃあ、早く先輩に、電話を渡して」
感情の抑えられた、低く圧のある声。そのまま俺の方へスマホが差し出される。
「……ご指名だ」
「……お、おう」
俺はそれを受け取り、そっと耳にあてた。
「その……代わったけど」
なんて言うのが正解なのかわからなくてとりあえず言葉を1つ。
浮かんだものをそのまま口にした。
「先輩……ですか?」
小さく、弱い声。先ほどのドスの効いた声を発した人間とは思えないくらい、その声は柔らかく、繊細だった。
そして、俺はその声に聞き覚えがあった。記憶の向こう側、過去の引き出し、その奥にあった彼女の名前を、唇でそっとなぞる。
「……彩奈?」
「……はい。覚えてて、くれたんですね」
「あぁ。……でも、なんで、彩奈がこんな奴らに電話を……」
共通点が見えなかった。彩奈が東京で大学に通ってることは知っている。だが、それ以外の情報を持ち合わせていない俺はこの場を理解できなかった。
「……怒らないで聞いてくれますか」
「……それって」
「聞いてくれますか……先輩」
今の言葉でわかった。だけど言えない。人を戦(おのの)くようなものではないが、彼女自身が抑えるような圧。その前で口にするのは場違いだと思った。
「……あぁ、わかった」
「……よかったです」
彩奈は安堵したように吐く。そしてそのまま、俺の思い描いた筋書き通りの言葉がその口からこぼれた。
「私が、先輩の彼女を誘拐しました」
思ってはいても、その言葉の威力は大きい。返答として用意してた言葉さえ、上手く口に出せない。
「……どうして、そんなことを」
不器用に紡がれた言葉。これで精一杯だ。
「どうして……ですか」
彩奈は少しの空白を空けて、また口を開いた。
「私も、先輩が好きだからです」
言葉が消えた。何も言えない。
……彩奈が、俺のことを好きしている?
「私の方が先輩のことを好いているのに、愛しているのに……。
あの女が邪魔したから、倍返ししたんです」
俺の知らない彩奈が目を覚ましたかのように続ける。
「私の方が前から、私の方がずっと、私の方が好きなのに、愛しているのに、恋していたのにっ!!!それなのに!!あの女は抜け駆けした!!!私と先輩が結ばれるはずだったのに!!!それをぶち壊した!!!私は………私は………!!!」
「……だから、鈴を誘拐したのか」
彩奈が止まらなくなる前に俺は遮るよう言葉を挟んだ。
「……えぇ。つい先日、偶然にも私のこの恨みをかってくれる人に出会う事ができたんです。その人たちと手を組んで、私はあの女を誘拐しました。………ねぇ、先輩」
彩奈はまた、元の柔らかい声に戻すと、誘惑するようにそっと言った。
「……私の、恋人になってもらえませんか?」
告白だった。
「私は、あの女に比べたら劣る所しかありません。あんなにかわいくないし、あんなに要領良く生きることだってできません。……でも、あの女に負けないくらい、先輩のことを幸せにすることはできます。だから、だから……」
鈴を誘拐した犯人とは思えない言葉。健気なその姿に、俺はそれに相応しい答えを告げた。
「……それは本当?」
「え?」
「いや、本当に俺のことを幸せにできるのかなって思って。ほら、そういうセリフは色んなシチュエーションで常套句みたいに流れるけど、あんまり実現しないから」
俺は軽いジョークのように言った。
「そ、そんなわけないです。私は先輩のこと……」
「……じゃあ、1つだけ質問してもいい?」
「は、はい」
「もしも、もしもの話。俺が本当に再起不能ってぐらいまで病んでしまって自殺しようとしたとする。彩奈ならその時どうする?」
「そ、それは……」
「大丈夫。別に今病んでるわけじゃない。ただの心理テストみたいなやつだよ」
慌てる彩奈を軽くさとす。そして、その間の後に。
「……私なら、どんな手を使ってでも先輩を止めると思います」
「その理由は?」
「そんなの決まってるじゃないですか」
彩奈は俺を説得するように言った。
「死んだらなにもできなくなります。楽しいことも嬉しいことも、もう二度と味わえない。そんなの、可哀想です。それに……私だって、そんなの耐えられません」
湿った声が感情的に語る。本当に大切にした人にしか出ない言葉。
だから彩奈じゃだめなんだ。
「……彩奈、君とは付き合えない」
「え………」
すぐにでもかき消してしまえるような声。気にせず俺は続ける。
「さっきの質問は一年前の俺だ。自分の存在をどうしようもなく恨んだことがある。その時の俺は本当に抜け殻のようで、無意味な人生に終止符を打つために死のうとしていた。そして、さっきの質問を鈴にもしたんだ。その時、あいつはなんて言ったと思う」
電話の向こうからはあ、とかえ、とかもごもごとした言葉になれないなにかがノイズとなっていた。
「それが先輩の幸せなら私は止めません。でも、私は先輩との時間が幸せなので、それが消えるのなら私も死んでいいですか?って鈴は言った」
「え?」
「だよな。俺もそうだった。……でも、あくまで俺のことは尊重してくれて、その中で自分の幸せまで一緒に犠牲にしてまで俺のことを救おうとしてくれた人なんて、鈴以外いないんだ」
これは一年前。自分を呪い殺すまで壊れた俺を、鈴だけが元に戻してくれた。俺はあの日の温もりを一生忘れない。
「彩奈は確かに俺を救おうとしてくれる。でも、彩奈は鈴の代わりにはなれない。だって、彩奈は自分のことが優先だから。彩奈が耐えられないから俺を救う。……なら、彩奈が耐えられることなら、俺が辛くたっていいのか」
「そ、そういうことじゃ……」
「……それに。あと1つだけいいか?」
俺は1つ、深く息を吸った。そして。
「俺の愛する彼女を傷つける奴を許すわけがねぇだろ!!!」
全ての感情を込めて吠えた。それはきっと不細工で無様だ。本能的な行動によって生まれた乱反射は、そのまま空へと吸い込まれるように消えた。
「あはははははははははっ!!!……はぁ」
狂ったように彩奈が笑う。
「あーあ、最悪。バッドエンドのシナリオじゃん。なんのためにこんなことしたのか、意味わかんない」
嘲笑うように自己否定を並べる。
スマホ越しにカチッと嫌な金属音がした。
「バッドエンドはバッドエンドらしく、落とし前つけなくちゃ。……ね?先輩」
「ま、まさか……」
「この代償は人1人の命です。こんな女、早く死んでしまったらいい。……じゃあね、さようなら」
乾いた銃声が1つだけ。
電話はもう、それ以外なにも口にしなかった。
……………
「ニュースをお伝えします。昨日、福岡県の女学生を誘拐した事件は……」
民放テレビが昨日の俺らを報道しようとした所で俺は乱雑にテレビを消した。
「……これでほんとによかったのか」
「……どうでしょうね、先輩」
ふと漏らした俺の言葉に、後ろの入院患者用のベッドに寝れた少女が答える。
「鈴、起きてたのか」
「う、うん。お腹すいちゃって」
ぺろっと舌を出す。
「……はぁ、よく呑気に腹なんか減るな」
「し、しょうがないじゃないですか!丸一日なにも食べてないんですよ?」
あの後、俺と黒幕4人組はパニックになり、なぜか敵味方関係なく共に黒幕のアジトへと向かった。
そしてそこには縄で縛られた鈴と脳天を射抜かれ死体となった彩奈がいた。
すぐさま、鈴を開放し、警察に通販すると、彩奈が亡くなっていたこともあり、事件は簡単に幕を閉じた。そして俺らは保護され、事情聴取のために警察署を転々とし、今は鈴の検査入院のために大学病院にいる。
「……まぁな。でも、ほんとにごめんな、鈴」
「ふぇ?なんでです?」
どこから出したのかわからないチョコレートを頬張る鈴。どこまでも食い意地を張るつもりらしい。
「怖い思いさせたからな。本当に悪かった」
「気にしないでください、先輩」
「でも、鈴は……」
「だって、私。聞こえたんです」
「え?」
「俺の愛する彼女を傷つける奴を許すわけがねぇだろ!!!っていう、先輩のセリフです」
「あ、あぁ、あれ……」
今考えたらあんなこっ恥ずかしいセリフ、よく言えた。我ながら、顔が赤くなる。
「先輩、顔が赤いですよ?」
「う、うるせぇ」
「もしかして……恥ずかしいんですか?」
「んなわけねぇだろ」
「じゃあ、もう1回言ってください」
「は?」
「だ・か・ら。もう1回言ってくださいよ。恥ずかしくないならもう1回くらい、いいじゃないですか」
悔しさのあまり強がったことがこう裏目に出るとは。
「くっ……」
「さぁ、早く早く♪」
嬉々とした表情で鈴は俺を見る。あの日以降、初めて見た鈴の無邪気な表情。今はそれがどうしても愛しくて仕方ない。だから。
「愛してるよ、鈴」
別の言葉が口からこぼれた。
「え、え、え、えぇぇぇぇぇ!?」
鈴は電子ケトルのように一気に顔を赤らめると俺の胸をぽかぽかと力なく叩き始めた。
「な、なに変なこと言い始めるんですか!!」
「ご、ごめん……」
「そんなこと急に言われたら女の子は困るんですよ!?」
「ごめん……」
「先輩、本当に乙女心わかってるんですか?」
「ごめん……」
「でも………こういういじわるなら、毎日……」
「え?」
なんか、鈴がもごもごと言った気が……。
「なんでもないです。これだから難聴系男子は……」
鈴の楽しそうなぼやきを、俺は不思議な顔でずっと見ていた。
あとがき
どうも、秋音なおです。1話、3話、6話を担当させて頂きました。この合作はTwitterを介してデータを送り合うだけで作ってたので、楽しかったものの、大変なところもありましたがなんとか形になったかなと思います。
あまり自分のことを語るのはあれなのでここからは作品のことを。
今作は著者2人という所から2部制のドラマツルギーとメリーバッドエンドを主軸に作っています。
ラストの後味の悪さなんかはそれが原因です。
今回の、作品にはハッピーエンドなんてものはないので、読者が個人個人で解釈していただけたらと思います。
自分勝手に書かせて頂いた今作でしたが誰かの心に残れたら幸いです。
これにて今作は、エンドロールを迎えますが、著者は以後も作品を作ると思いますのでその時はまた、よろしくお願いします。
最後に今回お世話になった梨くんに感謝の意を表して終わりたいと思います。
ラストまで、ありがとうございました。
秋音なお
こんにちは、梨です。
秋音さんが語ってくれたので自分は、気軽にあとがきを書きたいと思います。
ここまでの病名ピエロは、どうでしたか?
「面白かったよー」や「面白くなかった。残念だった」と。色々思う事があると思います。正直作者も「ん?」と、思う事が多くあったので次に生かしていきたいです。
書くことが無いので最後に感謝を伝えたいと思います。
ここまで、読んでくれた方々ありがとうございます。
そして、お気に入りにしてくれた方ありがとうございます。
これで、この話は終結という事になりますが、梨、秋音なおの活動はまだまだ継続されます。どうぞ、今後の作品を期待しといてください。
そして、感想も受け付けています!
また、いつか!
梨
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合作とあり、それぞれ違う視点で作品が進んでいてとても面白い作品でした。
これからの展開に期待が高まります!
あと、鈴ちゃん可愛くね? え、私だけですか?
感想ありがとうございます!
管理している梨が返信させていただきます。(もし、よろしければ秋音なおのTwitter(@SuicideSymptom)に連絡をして頂けると幸いです。)
鈴ちゃん可愛いですよね〜。
自分も可愛く書けたらいいんですけど、自分が担当するのは、可哀想な女の子なのです……(笑)
鈴ちゃんもいいですが、彩奈ちゃんもよろしくお願いします!
次回も読んでくれると嬉しいです!