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一章
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しおりを挟むちんまり、とした可愛らしい大きさの白麗の姿が夢幻だったかのように、今リズリットの目の前に居る白麗の体はとても大きく、リズリットは首を上向かせて白麗の姿をやっと自分の視界に捉える。
「──? リズリット嬢、どうした。王城までは白麗の背に乗って行くから、手を」
「白麗、さんの? え、乗って、行くのですか……?」
「ああ。先日、銀狼がハウィンツを背に乗せて馬車まで駆けて行ったのを見ただろう? 精霊は、自分が気に入った人間ならば祝福を与えた人間以外でも体に触れさせてくれるからな」
ディオンがそう説明しながら、リズリットへと手を差し伸べると、リズリットはディオンの手を見詰めながら白麗と、ディオンを困惑した顔で交互に見詰めるが、白麗が焦れたように声を出す。
「ほらほら、リズリットちゃん、早く行かないと! 一大事よ、一大事!」
「──へっ、は、はいっ! すみません、白麗さんっ!」
白麗の言葉に、リズリットはその場でぴょん、と飛び上がるように小さく跳ねると咄嗟にディオンの手のひらに自分の手のひらを乗せる。
リズリットの手のひらをしっかりとディオンが握り返すと、ぐいっとディオンが腕を引き、リズリットをそのまま力強く自分の体へと引き寄せる。
ディオンの動きに連動するように、白麗が長く太い自分の尾を動かすと、ディオンが足場にして登って来やすい場所へ静止させる。
「助かる、白麗」
「いいえー」
ディオンはリズリットを抱き寄せたまま白麗の尾に足を掛け、そのままひょいひょいと白麗の尻尾から胴体まで駆け上ると背中へと腰を下ろした。
「馬上よりは安定感があるが、白麗の飛ぶ速度は凄まじい。リズリット嬢を後ろから抱き締めるが許してくれ」
「えっ!? は、はいっ、お手数をお掛けします?」
リズリットの返事に、ディオンが笑い声を上げるとそっと自分の腕をリズリットの腹辺りに回し、背後からきゅうっ、と抱き締めて自分へと寄りかからせる。
リズリットは自分の背中に伝わるディオンの服の感触と、体温に頬を真っ赤に染め上げるがディオンが白麗に向けて「大丈夫だ」と声を掛けると白麗が大きな翼を動かし始めた。
「──っ、」
「リズリット嬢、緊張すると体が固まり良くない。力を抜いてくれ」
背後からディオンに耳元で囁かれ、リズリットはぎくり、と更に体を固まらせてしまう。
ディオン自身に他意は無いと言う事は分かっているが、リズリットはその言葉にぶわり、と更に顔を赤くしてしまう。
何故だかディオンにその言葉を耳元で掠れた声音で囁かれると変な気持ちになってしまう。
ガチガチに固まってしまったリズリットの体を後ろから抱き締めているディオンは困ったように眉根を下げると、リズリットが振り落とされないように更に体を強く引き寄せた。
リズリットが思わず悲鳴を上げてしまいそうになった瞬間、白麗が空高く飛び上がり、そのまま翼を大きく羽ばたかせると物凄い速度で空を駆けた。
「──っ、!!」
「ああ、リズリット嬢舌を噛まないように注意してくれ」
ごうっ、とリズリットの耳元で風を切る音が聞こえ、次いでディオンの落ち着いた低い声がするり、とリズリットの耳に吹き込まれる。
ディオンに体を抱き止められていなければ、リズリットの体は直ぐに吹き飛ばされてしまっていたかもしれない。
リズリットは先程の羞恥などすっかり忘れ、自分を抱き締めてくれているディオンの腕にしっかりと縋り付いた。
白麗が空を駆けたのはほんの短時間。
その短時間で白麗はあっという間に王城の広大な庭園へと到着すると、先程までの速度が嘘だったかのように緩やかに下降し始め、それはもう丁寧に庭園へと着地した。
「ご、ごめんなさいね、リズリットちゃん。主しか乗せた事が無いから加減が分からなかったの……次はもっと気を付けるから!」
「あ、ありがとう、ございますっ、白麗さん……」
龍の背に乗ってやってきたリズリットは、空を飛ぶ白麗の速度にフラフラになりながらそれでも何とか白麗にお礼を告げる。
「俺も失念していた……。そうか、慣れは必要だな……。次はもう少し白麗にゆっくり飛んでもらおう」
これきりではないのだろうか。
ディオンも、白麗も当たり前のように「次」の機会の事を口にするが、今のリズリットにはその言葉を否定する事も肯定する事も出来ず、未だに空を飛んでいた時のような感覚が抜け切らず、自分の体をくったりとディオンに預けていた。
ディオンは、片手でリズリットを支えつつ白麗に向かって唇を開く。
「白麗。俺とリズリット嬢はこれから陛下に会いに行ってくるので、目立たないような場所で待機していてくれ」
「了解したわ、主」
目立たない場所、とディオンは口にしているが、今現在既に白麗の姿とディオン、そしてリズリットの姿は多数の人の注目を浴びている。
その証拠に、この庭園にはわらわらと人が集まり始め、ディオンの突然の登城に慌ただしく人が行き来をし始めた。
「この時間なら、陛下は執務室に居るだろう……これから執務室に向かおうと思う。リズリット嬢、白麗から降りるから抱き上げるぞ?」
ディオンがリズリットに声を掛けるやいなや、ひょい、とリズリットを抱き上げると白麗の背に立ち上がる。
そうして、ディオンが降りる場所を確認しようと地面へ視線を向けた所で、リズリット達に近付く足音がした。
「──敵襲かと思い、ここは大騒ぎになったぞ、ディオン・フィアーレン。今度は何事だ?」
呆れたような声音が響き、その声に反応したディオンが唇を開いた。
「陛下」
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