上 下
46 / 79
一章

46

しおりを挟む

 リズリットが、ディオンに思いを馳せているとリズリットの視界の隅に何か黒い影のような物がサッ、と横切った気がして、ぴしり、と体が固まる。

「──えっ、何……?」

 何か、室内に入り込んでいるのだろうかとリズリットがビクビクとしていると、リズリットが起きた事に気付き近付いて来たのだろう。
 鳥の鶺鴒がちょこちょこと可愛らしくベッドサイドテーブルの上を跳ねながらリズリットに近付いてくる。

 リズリットはその鶺鴒に見覚えがあり、瞳を見開くと唇を開いた。

「──ディオン卿、の……?」

 リズリットの言葉に反応した鶺鴒は機嫌良さげに小さな嘴が震えると可愛らしい声音で囀る。
 絵画スクールで、ディオンに助けて貰った時も、抱き上げて運んで貰っている時もこの鶺鴒の精霊はディオンの肩に止まったり、近くを飛んでいたような気がする。

「何故、ディオン卿の精霊がここに居るのかしら……?」

 精霊は、主人の側を離れない筈なのに、この部屋にはディオンの姿は無く、何故か鶺鴒の精霊だけがぽつり、とこの部屋に残っていてリズリットは戸惑う。
 何かあったのだろうか、とリズリットが不安そうに表情を曇らせると、鶺鴒はちょこちょことリズリットの側に近付いて来て、リズリットの手のひらに自分の頭を擦り付けると「撫でて」と言わんばかりにじぃっと見詰めて来る。

「──か、可愛い……っ」

 リズリットはきゅん、と胸をときめかせるとへらり、と表情を緩めて鶺鴒が望むように自分の指先で頭を撫でたり、嘴の下辺りをこしょこしょと撫でてやる。
 気持ち良さそうに瞳を閉じる鶺鴒にリズリットがうっとりとしながら撫でていると、不意にリズリットの部屋の扉がノックされる。

「は、はい……っ」

 リズリットはハッとして鶺鴒を撫でる手を止めると、扉に向かって返事をする。
 すると、リズリットの声を聞いて扉の奥からハウィンツが声を掛けて来た。

「──リズ、起きたか。良かった……入ってもいいかい?」
「お兄様? 大丈夫ですよ」

 リズリットが返事をすると、ハウィンツが扉を開けて部屋へと入室して来る。

 ぱたり、と扉を閉めてリズリットが上半身だけを起き上がらせたベッドへ近付くと、リズリットの手元に居る鶺鴒に気が付き、ハウィンツは僅かに瞳を見開く。

(契約者では無い人間にここまで気を許して自分に触れさせるとは……珍しいな……)

 ディオンが精霊の近くに居ないにも関わらず、精霊が主人以外に自分の体を進んで触れさせる事は滅多に無い。
 リズリットは精霊に好かれやすいのだろうか? とハウィンツは考えるが、それならば何故。と思う。
 リズリットが精霊に好かれやすいのだとしたら、この十七年間精霊に祝福を授けられなかったのも疑問が残る。

 ハウィンツは不思議そうに首を傾げるが、リズリットがキョトンとした表情で話し掛けてきた事でこの部屋にやって来た事を思い出した。

「お兄様……? どうなさいました……?」
「──あ、ああ……! すまない、ぼうっとしてしまったよ」

 ハウィンツは苦笑しながらリズリットの側までやって来ると、ベッドの脇に腰を下ろしてリズリットへと視線を向ける。

(先程、ディオンから火急の知らせが入って、リズリットにも知らせておいてくれ、と書いてあったが……果たしてあの内容をこの場でリズリットに知らせても大丈夫だろうか……。もし、少しでも不安に思い感情を乱してしまったらまた──)

 絵画スクールでの事を思い出し、ハウィンツは無意識に視線を落としてしまう。
 この場には今、ハウィンツしか居らず、あの時のようにリズリットが過呼吸を起こしてしまったら自分は慌ててしまい、冷静に対処出来ないかもしれない。

(ローズマリーに声を掛けて来れば良かった……)

 冷静に対処が出来るディオンがこの場に居てくれれば、とハウィンツは思ってしまったがこの場にディオンは居ない。
 ディオンの精霊である鶺鴒が「大丈夫か?」と言うような気遣う視線をハウィンツに向けてくれて、ハウィンツは鶺鴒の気遣いに有難い気持ちで笑みを浮かべると、この場で黙っていても何れはリズリットに話さなばいけない事だ、と心を決める。

「──リズリット……、急ではあるが、あと少ししたらディオンが再び邸にやって来る」
「ディオン卿が……? あっ、ディオン卿の精霊がこちらに居るからですかね? 鶺鴒の精霊を迎えにいらっしゃるのでしょうか?」

 少しだけ残念そうに眉を下げて鶺鴒に視線を向けるリズリットに、ハウィンツは「いや」と首を横に振る。

「──ディオンには、先程の絵画スクールで起きた事件の事を調べて貰っていたんだが……その事で、リズリットに頼みたい事があるから、そのお願いにやって来るんだ」
「絵画スクールでの……そう、ですか……」

 「事件」と言葉を紡いだハウィンツに、リズリットは顔を強ばらせる。
 考えないようにしていたが、あの時起きたあの騒ぎは可笑しい点がある事にリズリットも気付いて居た。
 あれ程、人が居たというのに何故か攻撃魔法はリズリット目掛けて飛んで来ていた。
 明らかに、リズリット自身を狙って攻撃魔法が放たれた、と言う事なのだろう。

 そして、ディオンは恐らくこの事件について何かしら調べたのだろう。
 ディオンの仕事柄、貴族とは言えこの国の民であるリズリットに対して精霊の力を悪用した攻撃が行われたのだ。
 騎士団長であるディオンにも、調査の指示が入ったとしても何ら不思議は無い。

「それで……ディオンが来たらリズリットを呼ぶから、支度をしておいてくれると助かるよ」
「分かりました、お兄様。着替えておきますね」

 ハウィンツの言葉に、リズリットは頷いてディオンが訪れた時に直ぐに部屋を出れるように着替えや支度をしておく事にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

『ファランドール公爵家の事件録』~公爵の最愛は彼の溺愛に気付かない~File00.二人の出会い

鈴白理人
恋愛
アレクサンドル・ベルヌイ・ファランドール公爵といえば、王国軍中将であり、ソードマスターでもある。 王太子の異母弟である彼は、臣籍降下の願いが聞き届けられ公爵となった。 隣国との戦争が勝利で終わったことを祝う戦勝パーティで、公爵はまさかの一目惚れをする。 相手は右に左にと意外な俊敏さで茂みをかき分け、王宮の庭園に生えている草を引っこ抜き、両手いっぱいに持つご令嬢だった。 戦馬鹿な公爵と、薬草学を学ぶ風変りな令嬢は、持ち前の知識を生かして様々な事件を解決していくのだが――

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。 宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。 だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!? ※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

私は既にフラれましたので。

椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…? ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

処理中です...