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一章

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 諦めたように言葉を紡ぐウィリアムに、ディオンは口端を笑みの形に変化させるとこくり、とウィリアムの言葉に応じるように頷いた。

 十日程時間を貰えれば、白麗も気分転換が出来るだろうし、白麗をリズリットの側にも付ける事が出来る。

「ありがとうございます、陛下。それでは、早速リズリット嬢に事の子細を説明しに行って参ります」

 いそいそと気持ちを逸らせながらディオンがソファから立ち上がると、慌てたように宰相がディオンを止めるように唇を開いた。

「ちょ、ちょっとお待ちを……! お茶会に参加する日時が決まりましたら必ずこちらに一報を!」
「承知した」

 宰相の言葉にディオンはこくりと頷くと、こちらにやって来た時と同様、銀狼の精霊を呼び出して銀狼の背にひらり、と乗ると素早く執務室から出て行ってしまった。

 ディオンが出て行った扉の方向を見つめながら、ウィリアムは深く溜息を吐き出してソファへと背中を預ける。
 殆どウィリアムとディオン、時々宰相が口を挟む程度で話は終わったが、この場に同席していた近衛騎士団長はディオンが出て行った事に安堵感から長い息を吐き出す。

「──あそこまで、ディオン・フィアーレンが感情を顕にするのを初めて見ましたよ……」
「あなたは馬鹿ですね。思った事を直ぐに口にするからそのような目に合うんです」

 近衛騎士団長に呆れたような表情で言葉を紡ぐ宰相に、ウィリアムは苦笑する。

「まあ、そんなに言ってやるな」
「……あの時のフィアーレン卿の怒気はそこそこの物でしたよ……? 陛下は最上級精霊の祝福を得ておりますからケロッとしていますが……私達は上級精霊の祝福なので、ヒヤリとしましたよ」

 やれやれ、と頭を振る宰相にウィリアムは肩を竦めるとディオンが転がり込んで破壊された扉をどうにかしてもらおうと城の使用人を呼んだ。










 銀狼の背に乗り、王城から王都にあるリズリットのマーブヒル伯爵邸のタウンハウスに向かっていると、背に乗るディオンに向かって銀狼が話し掛けてくる。

「主、リズリットにお茶会に参加して貰うと言う事になったみたいだが、リズリットに相談しなくても良かったのか?」

 王都の馬車道を銀狼が軽やかに駆けて行く姿を、王都の人々がぎょっと瞳を見開いて見詰めている。
 中には何か事件でもあったのか、と衛兵が忙しなく駆けて行く姿が見えるがそれに構っている時間は無い。
 ディオンは自分が団長を務める騎士団の副団長がどうにか解決してくれるだろう、と考えながら銀狼に言葉を返す。

「そうだな……、本来であれば独断で決めるべき事柄では無いのだが、これは君たち精霊に関わる重要事項だから仕方が無い。……ロードチェンスの家は置いておくとしても、リリーナと言う令嬢の暴挙は止めなければならないからな」
「リズリットの兄であるハウィンツにも話さないといけないのでは?」
「ああ。ハウィンツにはしっかりと話しをして、協力してもらう流れになるだろう」

 最早これは国王陛下からの勅令に近い。
 貴族であり、精霊に関わる重大な事件へと発展する可能性があるのだ。
 不本意ながらその渦中の人となってしまったリズリットを大切に思っているハウィンツや、あの家の人間は恐らく半強制的にこの件に関しては動かざるをえないだろう。

「恐らくマーブリル伯爵には改めて陛下から書状が届くかと思うが、リズリット嬢とハウィンツには予め話しておいた方がいいからな……」

 ディオンの言葉に、銀狼の精霊は神妙な表情で頷くと、駆ける速度を早めて邸へと向かった。










「──ん……、」

 リズリットは、ゆっくりと浮上する意識にコロリ、と寝返りをうつ。

 自分は何故眠っているのだろうか、とぼやっとした頭で考えて、そして絵画スクールで起きた一件の事を思い出してパチリ、と瞳を見開いた。

「──あっ、私……っ!」

 ガバリ、と上半身をベッドの上に起き上がらせ、リズリットはぱらり、と自分の灰色の髪の毛が視界の隅に映るのを見てきゅっ、と唇を噛み締めた。

「ディオン卿に……、またご迷惑をお掛けしてしまったのね……」

 何故か、絵画スクールで誰かの魔法が暴発して自分に向かって来た所を助けられた気がする。
 そして、何か嫌な思い出を思い出してしまいそうで、過呼吸に陥った所をハウィンツとディオンが落ち着かせるように自分に声を掛けてくれた。

 そして、そこでディオンは帰ってもおかしくないと言うのに、自分が騎士団の団長だからだろうか。
 気分が悪くなってしまったリズリットを馬車まで自分の精霊で運んでくれて、あろう事かその後は邸の自室まで抱き上げて運んでくれたのだ。

「──とても、真面目な方なのね……」

 自分の仕事に、真面目で騎士と言う職に誇りを持っているのだろう。

 思えば、以前街で偶然出会った時も不審な男性から助けてくれて、しっかりと馬車まで送ってくれた。
 きっと、騎士としてディオンは当たり前の事をしてくれたに違いない。騎士の仕事をしたに過ぎないのだろうが、リズリットは自分自身に向けられる優しさに慣れておらず、兄や姉を目的としていない下心の無い優しさに戸惑っていた。

「──そう、よね……っ、これは……っ、慣れていないからっ」

 だから、ディオンの事を考えると自分の頬が熱を持ってしまうのは慣れていないから仕方ない、とリズリットは無理矢理自分を納得させた。
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