41 / 79
一章
41
しおりを挟むディオンとハウィンツは精霊から聞いた事をそれぞれディオンは国王陛下に、ハウィンツは自分の父親へと報告する為に解散する事にしたが、ディオンは自分の邸に戻る前に一度リズリットの部屋の方向へと視線を向けた。
「──ハウィンツ。リズリット嬢が狙われている可能性があるならば、俺の精霊を護衛としてリズリット嬢に付いていて貰いたいのだが……いいか?」
ぽつり、と呟いたディオンの言葉にハウィンツはギョッと瞳を見開くと慌てて唇を開く。
「いやいやいや……! お前の精霊って、最上級精霊だろう……!? 先程俺達に説明してくれた二体の内のどちらかの精霊だろう……!? それはやり過ぎだ……! 俺や、ローズマリー、父上や母上の精霊が居るから……!」
「だが、相手もハウィンツ達が契約している中級精霊で同格の相手だ。精霊の数はマーブヒル伯爵家の方が多いが相手はあのような場所でリズリット嬢に攻撃魔法を放つような人間だ。手段を選ばないかもしれん」
「──だが、それでも……」
「その点、最上級精霊である鶺鴒と銀狼は単体でも戦う事が出来るからな……。俺が四六時中リズリット嬢の側に居れればいいが、そうもいかん。それならば姿が小さい鶺鴒にリズリット嬢を守って貰った方が俺も安心してロードチェンスの悪事を調べる事が出来る」
ディオンにしては、至極真っ当な事を話している。
ハウィンツはそれ程、ディオンも本気なのだろうと察するが問題は精霊本人の気持ちが大事だ。
精霊は基本的に契約を結んだ人間の事が好きなので頼み事は快く引き受けてくれるが、それは主人の身の回りに関する物のみだったりする。
いくら主人の頼み事でも、精霊が主人以外の人間を主人と同等に好み、助けてくれる事はほぼ無い。
その事を危惧しているハウィンツだが、ハウィンツは知らなかった。
既にディオンが自分の精霊にリズリットの「見守り」をさせていて、鶺鴒も、銀狼も見守り対象であるリズリットの元に単身で邸にやって来ている事も、リズリットが外出中に精霊が尾行して安全を確保している事も。
だから、ハウィンツは精霊が断ると思っていたのだが、ディオンが呼び出す前に鶺鴒の精霊が自ら姿を表した事にぎょっと瞳を見開いた。
「リズリットを守ればいいんだな?」
「──ああ。頼みたい、お願い出来るか?」
「任せてくれ! 以前に比べればずっと簡単だな」
鶺鴒はパタパタと天井付近にある硝子細工の照明器具に向かって飛ぶと、その小さな足で照明器具に着地してえへん、と胸を張るような仕草をする。
後半の言葉は小さな声で呟いたので、ハウィンツの耳には届いていないが、ディオンの耳にはしっかりと届いており、ディオンは「喋るなよ」と言うように鶺鴒にじろり、と視線を向けた。
「リズリットの側……うーん、リズリットの側が一番心地いいけど、この邸も心地良いからいくらでも協力するが、主も毎日仕事が終わったらここに来てくれよ? 俺は白麗みたいに主と会わないでも平気な精霊じゃあないからな」
「ああ、分かった。必ず仕事終わりにはここに寄ろう」
鶺鴒が羽を羽ばたかせて照明から降りて来ると、ディオンの肩に止まって甘えるように頭を擦り付ける。
ディオンは優しげな表情で鶺鴒に視線をやると、鶺鴒の嘴の下から喉辺りを自分の指の第二関節辺りでちょいちょい、と撫でてやる。
ディオンに撫でられて満足したのか、鶺鴒の精霊は再びディオンの肩から飛び立つと「リズリットの所に行ってくる」と言い残して応接室の扉上部にある明り取りの隙間から抜けて、姿を消した。
ハウィンツは、あまりにもあっさりと精霊がリズリットの護衛を引き受けてくれた事に開いた口が塞がらない。
精霊は自分の主人にしか興味を持たない、と言う文献は嘘だったのだろうか、と言う程快諾してくれた事に驚きが隠せないでいる。
ハウィンツが言葉を無くしている内にディオンは帰宅の準備を済ませると「じゃあ、」と言葉を掛けてくる。
「ハウィンツ。俺はこれから陛下に報告をしてくる。恐らく、俺の暫くの仕事はあの子爵家を調べる事になるだろうが、仕事が終われば毎日寄らせて貰う」
「──え、へ? あ、ああ……! 分かった、すまないが宜しく頼む……!」
「じゃあ、また後で」
ディオンはハウィンツからの同意を得ると、応接室の扉へと歩いて行く。
(ここで、ハウィンツが正常な思考を取り戻す前にここを出てしまおう)
今は恐らく精霊があっさりと快諾した事に驚き、その驚きで思考回路が鈍っている筈だ。
今までのハウィンツであれば、これからディオンが毎日邸にやって来る、と言う事を疑問に思ったかもしれない。
精霊が寂しがって主を求めるのであれば元々、リズリットの護衛には付かない筈である。
それに、精霊と契約を結んでいる主は好きなタイミングでその精霊を呼び出す事が出来るので毎日時間を決めてディオンが鶺鴒を呼び出せば顔を合わせる事は可能だ。
その為、ディオンが毎日リズリットの元に通う必要は無いのだがその不自然さにハウィンツは今はまだ気付いていない。
ディオンは、応接室の扉を開けて外へと出るとちらり、と室内に視線を向けてから扉を閉めた。
「──鶺鴒にはお礼を考えておかないとな」
鶺鴒の機転のお陰で、合法的にリズリットに毎日会いにこれる、とディオンは緩む自分の口元を隠す事はせず上機嫌でマーブヒル伯爵邸を後にした。
10
お気に入りに追加
1,043
あなたにおすすめの小説
【完結】お姉様の婚約者
七瀬菜々
恋愛
姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。
残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。
サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。
誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。
けれど私の心は晴れやかだった。
だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。
ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。
『ファランドール公爵家の事件録』~公爵の最愛は彼の溺愛に気付かない~File00.二人の出会い
鈴白理人
恋愛
アレクサンドル・ベルヌイ・ファランドール公爵といえば、王国軍中将であり、ソードマスターでもある。
王太子の異母弟である彼は、臣籍降下の願いが聞き届けられ公爵となった。
隣国との戦争が勝利で終わったことを祝う戦勝パーティで、公爵はまさかの一目惚れをする。
相手は右に左にと意外な俊敏さで茂みをかき分け、王宮の庭園に生えている草を引っこ抜き、両手いっぱいに持つご令嬢だった。
戦馬鹿な公爵と、薬草学を学ぶ風変りな令嬢は、持ち前の知識を生かして様々な事件を解決していくのだが――
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜
秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。
宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。
だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!?
※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
夫と親友が、私に隠れて抱き合っていました ~2人の幸せのため、黙って身を引こうと思います~
小倉みち
恋愛
元侯爵令嬢のティアナは、幼馴染のジェフリーの元へ嫁ぎ、穏やかな日々を過ごしていた。
激しい恋愛関係の末に結婚したというわけではなかったが、それでもお互いに思いやりを持っていた。
貴族にありがちで平凡な、だけど幸せな生活。
しかし、その幸せは約1年で終わりを告げることとなる。
ティアナとジェフリーがパーティに参加したある日のこと。
ジェフリーとはぐれてしまったティアナは、彼を探しに中庭へと向かう。
――そこで見たものは。
ジェフリーと自分の親友が、暗闇の中で抱き合っていた姿だった。
「……もう、この気持ちを抑えきれないわ」
「ティアナに悪いから」
「だけど、あなただってそうでしょう? 私、ずっと忘れられなかった」
そんな会話を聞いてしまったティアナは、頭が真っ白になった。
ショックだった。
ずっと信じてきた夫と親友の不貞。
しかし怒りより先に湧いてきたのは、彼らに幸せになってほしいという気持ち。
私さえいなければ。
私さえ身を引けば、私の大好きな2人はきっと幸せになれるはず。
ティアナは2人のため、黙って実家に帰ることにしたのだ。
だがお腹の中には既に、小さな命がいて――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる