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一章

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「俺は至って真面目なんだがな……」
「それは失礼したな」

 ディオンは、むっと不貞腐れたような表情を浮かべながら自分の後頭部をかく。
 銀狼の精霊はそれはそれは楽しそうに口を開けて笑うと、「そら、」と顎をしゃくってディオンに周囲を確認するように誘導した。

「あまり、この場に居続けるとあまり良くないんじゃないか? 主に話し掛けたそうな人間が沢山いるぞ」
「──ああ。リズリット嬢も見送ったし、俺達もそろそろ戻ろう」

 絵画スクールの日にちも確認しないといけないしな、と何処か弾んだ声で話しながら、ディオンは周囲に集まりつつあった人垣を視界に入れず、そのまま帰路に着く為に馬車を手配し始める。

(リズリット嬢と会う前に、リリーナ・ロードチェンス家を調べておくか……王立騎士団団長の権限で調べる方が早いか……それとも、俺の持つ侯爵位を利用して侯爵として事件性が無いか調べるのが早いか……騎士団の権限の方が楽か……)

 馬車を待つ少しの間、ディオンはリリーナの家の事、リリーナが祝福を受けた精霊の事を調べる事を決める。
 調べて、何も出なければそれはそれで良い。
 リズリットに何も危害が加えられなければディオンにとってはどうでも良い事だ。
 だが、少しでもリズリットに対して危険な兆候があれば見逃す事は出来ない。

(リズリット嬢には何事も無く、憂いも不安も感じずに幸せに生活して欲しいからな)

 程なくしてやってきた馬車に、ディオンは乗り込むと自身の邸へと戻った。





 翌日。

「そうだ、しまった……! リズリット嬢の絵画スクールは今日だった……!」

 ディオンは報告書を手に狼狽えた声を出すとその報告書を片手で握り潰す。
 以前リズリットの絵画スクールの参加スケジュールを確認した際に週に週に二日程通っている事を調べていたのにすっかりと失念してしまっていた。
 昨夜、思わぬ散策デートの約束が出来た事に浮かれていたが、泉の曜日である今日が、リズリットが絵画スクールに参加する日だった。

 その事をすっかりと失念してしまっていたディオンは急いで着替えると、騎士団の職場へと大急ぎで向かう。

 リズリットが絵画スクールに向かうのは昼過ぎだ。
 何とか今日一日の仕事を午前中で全て終わらせてリズリットの元へ向かわないといけない。

「──くそ……っ、なんて失態を……! 午後の戦闘訓練は副団長に任せるか……それか、銀狼か鶺鴒を出すか……」

 ディオンはブツブツと呟きながら自室を出ると、自分の仕事の予定と段取りを頭の中で考えてリズリットを迎えに行く時間を作れるかどうか計算した。









 暖かい日差しが燦燦と降り注ぐ麗らかな午後。
 リズリットは、いつも通り支度をして絵画スクールへと向かう為、ハウィンツと共に馬車へと乗った。

 馬車に乗るなり、リズリットの向かいに座ったハウィンツがリズリットの服装に視線を向けながらぽつり、と言葉を掛ける。

「──今日は、ディオンが来るかもしれないのに、リズリットはお洒落しなくて良かったのか……?」
「えぇ……!? そんな……昨日の今日ですし、ディオン卿がお話していたのは別の日にちでは無いでしょうか……? ディオン卿にもお仕事がございますから、今日はきっと来られませんよ」

 リズリットののほほんとした回答に、ハウィンツはひっそりと眉を顰めると小さく息を吐いた。

(ディオンのあの様子からだと……今日来そうではあるんだよな……)

 真面目が服を着たような男だ。
 自分の言葉に責任を持つし、迎えに来ると言ったら何が何でもそれを行うし、散策しようと言うのであれば仕事があろうがどうにかそれを片付けて姿を表しそうだ。

(──今日、ディオンがリズリットに会いに来るのであれば丁度良い……。ここ最近のディオンの態度を含め、リズリットに近付く目的をしっかりと確認しておこう……)

 ハウィンツはちらり、とリズリットに視線を向けると更に独りごちる。

(まあ……これだけ愛らしいリズリットだ……ディオンが惚れると言うのも頷ける……が、リズリットが例えディオンを気に入ったとしてもディオンがしっかりとリズリットを守れる男でないと……リズリットを嫁にはやれない)

 リズリットを全ての悪意から守れるような屈強な男でないと、とハウィンツは考え、そしてどうディオンを諦めさせてやろうか、と頭を悩ませた。
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