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一章

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「リズリット、本当にごめんね。大丈夫? 何処が一番痛いの?」
「ローズマリーお姉様、大丈夫ですよ。私が支え切れず倒れてしまったのですし。お姉様こそ本当にお怪我はしていませんか……?」

 馬車に乗り込み、馬車が邸まで戻る為に動き出した後、ローズマリーはリズリットの隣に腰掛け必死にリズリットの怪我の具合や、濡れて汚れてしまっている髪の毛を自身のハンカチで一生懸命拭っている。

「それにしても、どうしてこんなに果実水が髪の毛にたっぷりと吸い込まれているのよ……っリズリットが風邪をひいてしまうわ!」
「ローズマリーの言う通りだな。リズ、秋口だから夜は寒いだろう。これでも羽織っていなさい」
「あっ、申し訳ございませんハウィンツお兄様……」

 リズリットが断るより早く、ハウィンツは自分のが着ていた上着を素早く脱ぐとそのままリズリットの肩に掛けて全面をボタンを止めてすっぽりと自分の服で覆ってやる。

「──ハウィンツお兄様っ、お兄様のお召し物が汚れてしまいますっ!」
「そんな事くらいで、リズリットに風邪を引かせてしまう方が俺は嫌だよ……。気にしなくていいから、そのまま温まっていなさい」

 ハウィンツの上着が汚れてしまう、と気にしたリズリットだったが、その心配もハウィンツに大丈夫だ、と言われてしまいリズリットは申し訳無い気持ちを抱え、俯く。

「リズリット……? リズ? 本当に気にしなくていいんだからな?」
「う……、はい……。ありがとうございます、お兄様」
「うんうん。俺はリズリットにお礼を言って貰える方が嬉しいからね」

 ハウィンツは微笑むと、リズリットの頭を優しく撫でる。
 リズリットの美しい濃いグレーの髪の毛がべたり、と果実水に汚されており、ハウィンツは悲しそうに瞳を細める。

(リズリットにこんな事をした人間を探し出さなきゃな……)

 ハウィンツは心にそう誓い、邸に到着するまでリズリットの頭を撫で続けた。








 リズリット達三人がマーブヒル伯爵邸に到着すると、三人を出迎えに来た邸の使用人達がリズリットの姿を見るなり驚きに瞳を見開き、ハウィンツに何があったのか、と視線を向けて来る。

「あー……。一先ず湯の準備を。リズリットを入れてくれ」
「か、畏まりました! さあ、参りましょうリズリットお嬢様!」

 悲鳴を上げ、リズリットになんて事を! と嘆きながらリズリットを連れて行く使用人達にハウィンツは軽く手を上げると、先程から物言いたげなローズマリーの視線を受けていたハウィンツはローズマリーに向き直り、「サロンに行こう」と声を掛けた。




 サロンに到着したハウィンツとローズマリーは使用人にお茶を用意して貰い、使用人が退室するのを待ってからハウィンツは唇を開いた。

「何があったか、だろう?」
「ええ、ええ! そうです……! 何故リズリットがあんな状態になっていたのですか? それに、何故"あの"ディオン・フィアーレン卿がリズリットを!?」

 顔色を悪くしたローズマリーがハウィンツへと詰め寄る。
 だが、ハウィンツも何故目立つのを嫌う男があの場に来たのかは分からない。
 わざわざ大勢の人間の目がある場所に姿を表し、リズリットを助けた。人に興味など持った事が無い、と言うような性格の男が何故、よりにもよって自分の妹を、とハウィンツは嫌な予感に頭を抱えたくなってしまう。

「俺にも、それは分からない……。リズリットが廊下の先にある休憩室に駆け込んだ姿を見たようで、気にしてはいたみたいだ。……俺の妹、だと知ったからあの時助けに来てくれたのか、それとも……」
「でも、ハウィンツお兄様の妹である私にはフィアーレン卿、一切目もくれませんでしたよ? リズリットしか見えていないようでしたわ」
「そう、だよなぁ……? 必要以上に令嬢の名前等覚える事が無かったディオンが、リズリットの名前を呼んだんだよ、末恐ろしい……」
「あの、氷の騎士と呼ばれている他人に興味を持たない方がですか……!?」

 ハウィンツの言葉に、ローズマリーは「嘘でしょう!?」と悲鳴を上げるようにソファの上で器用にも後ずさった。
 それ程に、他人に興味が無く、女性に見向きもしなかった男が寄りにもよって自分達の妹に興味を示し、手助けをした。

「──リズリットは周囲の悪意ある視線や感情に晒され続けていたのです……あの方の関心を引いてしまったら更に状況は悪化してしまいますよ、ハウィンツお兄様……」
「ああ。俺もリズリットには穏やかな生活が送れるような男性が居れば、と思っていたんだが……」
「そうはいきそうにありませんね……」

 ローズマリーはどうしましょう、と自分の顎に指先を添えるとうーん、と考え込む。

 リズリットには、穏やかな結婚生活を送って欲しい、とハウィンツとローズマリーは考えていた。
 今まで長年、悪意ある視線や感情に晒され続けていたのだ。信頼出来る男性と結婚し、幸せに暮らして欲しい、と考えていたのだが、その相手がディオン・フィアーレン程の人間になってしまうとリズリットへの視線は更に増えてしまう。
 心休まる時が無く、常に注目を浴び続けてしまうだろう。

 ディオン・フィアーレンの容姿や家柄が目立つ事は勿論、彼が契約を結んだ、祝福を受けた精霊がこの国で唯一の最上級精霊である事が一番目立つ所以となっている。
 最上級精霊一体であればまだしも、彼は何故か三体の最上級精霊から祝福を得てしまっており、彼一人で一つの国の軍事力を備えている程だ。
 その気になれば、彼一人で国を滅ぼす事が出来てしまう。
 そんな目立つ男に、リズリットは興味を持たれてしまったのか、とハウィンツとローズマリーはどうしたらいいのか、と頭を抱えたのであった。
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