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 あれから。
 イェルガは衛兵によって無理矢理謁見の間から連れ出され、連れ出される最中もブリジットに向かって言葉を掛け続けていた。
 そうしてイェルガの姿が謁見の間から完全に消えると、玉座の隣に居た王女リーファリナが壇上から降りてブリジット達の下に歩いて来る。

 ブリジットの父親は胸に手を当て軽く腰を折り、ルーカスやブリジット、そしてティファも遅れて父親に倣い礼を取る。

「今日は王家の呼び出しに応じてくれて感謝するわ、アルテンバーク侯爵。ブリジット嬢もまたノーズビート卿と顔を合わせて嫌に気持ちになったでしょう? ごめんなさいね」
「とんでもございません、王女殿下」
「嫌な気持ちになど……! 寧ろ、ノーズビート卿にはっきり自分の気持ちを伝える機会を作って下さった殿下や陛下に感謝の気持ちしかございません」

 リーファリナは二人の返答を聞き、笑みを深め、くるりと振り返り玉座に戻って行く。

「ふふ、ありがとう。そう言って貰えて助かるわ。あの者は私がしっかり責任を持って帝国に連れて行くから安心してちょうだい」

 リーファリナが玉座がある壇上に戻った事で、国王がブリジット達に向かって退出を命じた。



◇◆◇

 そうして、ブリジット達が登城した日から数週間が経ち、帝国の魔法士であるイェルガ・ノーズビートがブリジット達の国、サジュラタナ王国を出立する日。
 この国の王女であるリーファリナもイェルガと共に国を出た。

 元よりリーファリナの狙いは帝国の皇子との婚姻関係を結ぶ事。
 今回のイェルガの失態を逆手に取り、帝国皇子との婚姻を有利に進めるつもりだ。



「……それにしても、王女殿下が帝国の皇子に婚姻を持ち掛ける算段を付けていたなんて……初めてルーカス様からお聞きした時は信じられませんでした」

 リーファリナが国を出て、数日後。
 ブリジットは婚約者であるルーカスとお茶の時間にぽつりと零した。

 カップを持ち上げ、口に運ぼうとしていたルーカスはそっとカップを元に戻し、ブリジットに言葉を返す。

「……以前から王女殿下は帝国への輿入れをお考えだったんだ。我々の国には魔法士が少ないだろう? 魔法士の数が少ない事は単純に軍事力に直結する。殿下も何れは他国に嫁ぐ事は分かっておられたし、自分の身を一番上手く使う方法は帝国に輿入れし、魔力に関して帝国の知恵をどうにか得ようとお考えだった」
「ずっと、お考えだったのですね……」
「ああ。だが、こちらから帝国に打診しては足元を見られてしまうだろう? だから今回の一件は良い交渉材料になる、と言っておられた。……ブリジットが嫌な思いをしたと言うのにだしにしてしまい、申し訳無いと仰られていたよ」
「──そんなっ! 恐れ多いです……! お力になれたのであれば良かったですわ」
「ブリジットがそう言ってくれて良かった……。まあ、あの王女殿下ならば帝国で上手くやって行って下さるだろうしな」
「でも、驚きました。皇太子では無く、第二皇子との婚約の打診なのですよね?」
「──あー……。そうだな、現皇太子は魔法士達の執着に賛成的だ。魔法士であるならばその執着も仕方ないと考えている人で、王女殿下の考えと真逆の思想を持っている。その点、第二皇子は人間の倫理観をとても大切にしている人で、皇子の考えは王女殿下の思想と通ずるものがある。……だからだろう」

 ルーカスの説明に、ブリジットはなるほど、と納得する。

 帝国の皇太子の方が王女と年が近く、婚姻を結ぶには似合いの年齢であるが王女と考え方が真逆。
 それならば、王女よりも三歳年下であるが考え方が同じ第二皇子と婚姻を結んだ方が王女も帝国で過ごしやすいだろう。

「それに……王女殿下は皇帝の器は第二皇子にこそある、と仰られていた……」
「──まあ……」

 これは、帝国はこれから大変な事になりそうだ、とブリジットは自分の口元を覆ってしまう。

「王女殿下でしたら、帝国の皇后陛下にもなってしまいそうですね」
「──ああ、きっと実現してしまうだろうな」

 本当に近い将来帝国の皇后の地位に立ってしまいそうだ、と二人は笑い合いながらカップを傾けた。


**********
次回最終話です。
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