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「即、時……開戦……!?」

 言われた事の深刻さにイェルガは顔色を悪くさせ、縋るようにリーファリナに向かって口を開いた。

「そっ、そんな事になってしまったら……! いえっ、そもそもこのような大事にするつもりは無くて……っ、」
「大事にするつもりは無くとも、貴方がされた一連の行動は充分に我が国を刺激してしまったのよ。使節団の大使としての役割を忘れ、自分勝手な行動をしてしまった事を悔いるべきね」
「──っ、それは……っ。……っ! そうだ、……っ、私と共にサジュラタナ国に入った他の使節団の一員は!? 学院に居る他の交換留学生達はどうなさるおつもりなのですか!」

 何とか活路を見出そうとしているのだろう。
 イェルガは助かる方法を模索している様子だ。
 そして、自分が帝国に戻った後。残った他の交換留学生達はどうなるのか、とリーファリナに問うた。

 イェルガの言葉にリーファリナはぱちくりと目を瞬かせ、至極当然のように言い放つ。

「残念な事だけれど……彼らは人質として我が国に拘留となるでしょうね……。何ら罪のない、我が国と友好的な関係を結ぼうとやって来てくれた彼らには申し訳無い事をしてしまったわ」

 溜息を吐き出し、自分の頬に手を当てて残念そうに話すリーファリナにイェルガは益々顔色を悪くさせてしまう。

「私っの……行動で……」

 真っ青な顔で俯き、ぽつりと呟くイェルガの様子を見てリーファリナは「あと少しかしら?」と胸中で呟いた。

「ええ、そうね……。それにノーズビート卿は懲りずに先日ブリジット嬢に接触をしたと報告が上がっているわ。……それも、再び軽微な精神干渉の魔法をブリジット嬢と、ラスフィールド卿に掛けた、とか……」
「──っ、それは……っ、違います! 確かにブリジット嬢に会いに行ってしまったのは本当ですがっ、二人に魔法など……っ私は……」
「けれど、会いに行ってしまったのは事実。ノーズビート卿。さあ帰国の準備を。のんびりお話している時間は無いのよ?」

 話を切り上げに掛かるリーファリナに、イェルガは慌てて顔を上げてリーファリナに向かって口を開く。
 このまま本当に帰国する訳には行かない。
 開戦宣言を受けた、などと自分の国の皇帝に話す訳にはいかないのだ。
 だからこそイェルガは必死になり、リーファリナが本当に望んでいた言葉を口にした。

「もっ、申し訳ございません……! 開戦だけは……っ、私は一体どうすれば良いのですか!?」
「どうすれば……? ……そうねぇ」

 イェルガの言葉にリーファリナは目を細め、それはとても美しく微笑んだ。




 イェルガと、リーファリナの話が終わり、イェルガは真っ青な表情を浮かべたまま謁見の間を退出するためにふらりと振り返る。

 すると、そこにブリジットが居た事を思い出したのだろう。
 イェルガはブリジットの姿を視界に捉えて、切なげに目を細めた。
 ブリジットの名前を呟くようにイェルガの唇が微かに動いた事を見て、ルーカスが不機嫌そうな表情を隠しもせずにブリジットを自分の背中に隠した。

 だがイェルガはルーカスの行動には目もくれず、ただ真っ直ぐにブリジットの下に歩いて行く。
 ブリジットの隣に居たティファがおろおろとして、ブリジットの手をきゅっと握る。

「ブ、ブリジット……また貴女に変な魔法が掛けられたら……っ」
「大丈夫よ、ティファ……。謁見の間には強力な防護結界が張ってある、とルーカス様からお聞きしているから……」
「そ、それなら良いけど……」

 真っ直ぐイェルガを見つめ返すブリジットのしっかりとした声音に、ティファもほっと安堵する。

 二人が言葉少なに会話をしている内にイェルガはブリジットの少し手前で足を止めた。

 退出するように、と言われたイェルガが足を止めた事に、玉座に座る国王が僅かばかり眉を寄せた様子がブリジットから見て取れて、ブリジットもこれ以上イェルガがこの場に留まり続ければ「本当」に開戦宣言を放たれるだろう、と冷りとする。

「何用でしょうか。ノーズビート卿は直ぐに自国に戻られる準備をされて下さい」

 ルーカスも国王の表情に気付いたのだろう。
 まだ隣に佇んでいるリーファリナの表情は微笑みを浮かべたままなので大丈夫だろうが、あの王女から笑顔が消える前にイェルガをさっさと謁見の間から退出させたい。

 そう考えた末のルーカスの言葉だったのだが、イェルガはルーカスの言葉に答える事無く、ブリジットに向かって話し掛けた。

「……っ、ブリジット嬢……っ」
「……何でしょうか」

 イェルガの呼びかけに、ブリジットは凛と言葉を返す。

「私は……っ、あの港町でブリジット嬢を一目見た瞬間から、貴女の事をずっと想っていたのです……。ただ、貴女に惹かれ……一緒に居たかったのです……」
「……ですが、ノーズビート卿のされた事は一人の人間の尊厳を傷付ける行為だと思います。魔法を掛けられ、私はその時本来の私ではありませんでした」
「ええ……ええ……。それは充分に分かっております……愚かな事をしたと言う事も分かっている……。だけど、そんな事を仕出かしてまで貴女が欲しかったんです」

 イェルガの言葉に、ブリジットはむっとしてイェルガの目をしっかり睨み返した。

「私は物ではありません……! 欲しければ心を壊してでも手に入れようとするノーズビート卿は、私が一番嫌いなタイプの人間ですわ!」
「ブ、ブリジット嬢……っ」

 面と向かって、はっきりブリジットから「嫌いだ」と言われ、イェルガは今にも泣き出してしまいそうな程くしゃりと表情を歪める。

「もう、二度と無理なのでしょうか……一瞬でも私にはブリジット嬢の心を得られるチャンスは無いのでしょうか……」

 尚もしつこく言葉を掛けて来るイェルガに、ブリジットははっきり言葉を返した。

「申し訳ございませんが、私には大切な婚約者が居ます。私の婚約者は私がどんなに酷い事を言っても許してくれるのです。淑女らしい振る舞いが出来なくても……時々怒られますが。それでも私を想ってくれているのです。そんな素敵な男性がずっと傍に居てくれているのに、今更他の男性なんて目に入りませんわ。私には婚約者のルーカス様以外の男性はどうでも良い存在なのです」

 だから、万が一もありません、と言い切るブリジットの言葉を聞き、イェルガはその場に放心してしまう。

「──もう充分ね。衛兵! ノーズビート卿がお帰りになるわ。お連れして」

 それまで黙って事の成り行きを見守ってくれていたリーファリナが声高に言葉を発した。
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