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しおりを挟むイェルガの呟きは、二人にはしっかりと届いていた。
ルーカスはブリジットを自分の背で庇うようにしてイェルガに向き直る。
「やはり、何かを企んでおられたようですね。ノーズビート卿」
「企む、などと人聞きの悪い……」
ルーカスはイェルガに話しかけながら、自分の胸元をそれとなく気にする。
王女から借りた精神干渉の魔法を防ぐ魔石は、発動している素振りは見せない。
そして自分の意識もはっきりしている事から、現状は何も魔法の効果に侵されていない事を認識する。
それは、背後に居るブリジットも同じようで。
ドレスのポケットに入れた魔石に、無意識に触れている。
だが、一瞬だけブリジットと目が合ったルーカスはブリジットの意思がしっかりとその瞳に表れているのを確認して、一旦は安堵する。
「人聞きの悪い、とは良く言ったものです。貴方には前科があるのですから警戒されるのは予想されていたでしょう?」
「……そちらの件に関しては、謝罪させて頂きました。アルテンバーク嬢にも謝罪を受け入れて頂いております。まだ、ただの婚約者であるラスフィールド卿には関係の無い事ではございませんか? アルテンバーク侯爵家と、我が家ノーズビート侯爵家での間の話ですから」
ルーカスの言葉に、イェルガは馬鹿にしたような表情でルーカスに言葉を返す。
「そもそも、このような些事を大袈裟に扱う事がおかしいのですよ。我が国、帝国では大事にはなりませんから」
「……っ、貴方は我が国と友好的な関係を築くために使節団としてやって来たのではないのですか!? そのような物言い……っ、とても看過出来ません……!」
「これは、正式な場では無く学院に通う学院生同士の会話でしょう? 学院生達のちょっとした口喧嘩、ですよ?」
「……っ、狡い真似を!」
ああ言えば、こう言うと言った調子で言葉を返して来るイェルガにルーカスは苛立ちを感じる。
確かに、イェルガの言う通りに学院生達の口喧嘩で処理されてしまうような内容だ。
自分達の国を侮辱されたと言うのに、この場に爵位を持った人間が居ない事にルーカスは歯噛みする。
爵位を持っていれば、イェルガに対して正式に講義出来たのだがこの場には三人しかおらず、ましてやこちらには魔法士はいない。
魔法で今の言葉を記録しておく事も出来ないため、大事には発展させる事が出来ないのだ。
(今の発言を、我が国への侮辱行為と証明出来れば……! この男を帝国に強制送還出来たものを……!)
ルーカスは益々苛立ち、ぎゅうっと拳を握り締める。
ここで、第三者がいれば。
使用人か誰かがいれば、普段よりも苛立ちを顕にするルーカスを疑問に思い、声を掛けてくれていたかもしれない。
そして、それはルーカスが背後に庇うブリジットも同じ状態で。
ブリジットは普段感じた事の無いような怒りや苛立ちを覚えていて。
イライラとする感情そのままにブリジットはルーカスの肩を押しのけてイェルガの前に進み出た。
「ノーズビート卿……っ! 確かに私たちは未だ学院に通う学院生です! ですが、口喧嘩と済ませてしまえる程今の言葉は軽くございません!」
「……ブリジット! あの男に近付くな……! 何を仕出かすか分かったものじゃない!」
「分かっておりますが……っ! けれど私も黙ってはいられません!」
「ブリジット! 言う事を聞いてくれ!」
「私は今回の件の当事者ですわ! ルーカス様こそ下がっていて下さい!」
「──っ何だって!?」
「何ですか!!」
イェルガをそっちのけに、口喧嘩を始めてしまうブリジットとルーカスを見て、イェルガは厭な笑みを浮かべた。
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