56 / 64
56
しおりを挟むイェルガがやって来た、と聞きブリジットとルーカスは邸の玄関に向かう前に当主である父親に使用人を送り、イェルガの訪問を知らせてから庭園に向かった。
門番が言っていた通り、庭園のテーブルがあるスペースにはイェルガが居て。
玄関の開いた音に反応したイェルガがぱっと嬉しそうに視線を寄越したが、ブリジットの隣にルーカスが居る事を確認してあからさまに落胆の色を濃くした。
「ノーズビート卿。お待たせしてしまい申し訳ございません」
「いえ。突然の訪問となってしまい、申し訳ございませんアルテンバーク嬢」
ブリジットに声を掛けられ、イェルガはにこりと笑顔を浮かべ、返事をする。
その後にルーカスはイェルガに向かって声を掛けた。
「ノーズビート卿、すまないが同席させて頂きます。ちょうどブリジットと過ごしていたんです……。屋外とは言え、婚約者と男性を二人で合わせたく無い」
「……構いませんよ。すぐにお話は済みますので」
二人は笑顔のまま言葉を交わし、椅子に座る。
ブリジットは軽く手を上げて使用人を呼び、お茶の用意をさせた。
すぐにお茶の用意が済み、再び周囲に三人だけになるとルーカスが口火を切った。
「……それで。ノーズビート卿はブリジットにどんな御用で?」
「ええ……。アルテンバーク嬢に謝罪をさせて頂きたく、参りました」
「謝罪、ですか?」
考えの読めないイェルガの言葉に、二人は眉を寄せてブリジットがイェルガに言葉を返す。
すると、イェルガはブリジットに視線を向けた後申し訳なさそうに眉を下げて口を開いた。
「ええ。昨日はアルテンバーク嬢にとても失礼な事を……。私の身勝手な想いで、ご迷惑をお掛けしてしまった事を謝りたかったのです」
イェルガの言葉に、ルーカスは疑念が膨らんで行く。
(どう言う事だ……? 今日のあの様子から、反省しているような素振りは無かった……。ブリジットに対して申し訳無いと言う気持ちは無い、だろう? 王女殿下に見付かった事に対し、深く後悔しているように見えただけだ……)
何が目的だろうか、とルーカスがイェルガを注意深く眺めているとブリジットが笑顔で「気にしないで下さい」と言葉を返した。
「大事にはなっておりませんから、お気になさらず。ですが、謝罪は受け入れますわ。二度と、あのような事はなさらないで下さいね」
「ええ。寛大なお心でお許し頂きありがとうございます」
ブリジットの言葉に、イェルガが一瞬だけ目を細めた。
(なるほど……。どこまでブリジットに話が伝わっているか確認したかったのか? 今のブリジットの言葉で、全て報告されていると悟っただろう……。どうするつもりだ……?)
いっその事もう帰れ、とルーカスが考えているとイェルガはゆったりと紅茶のカップに口を付けた。
まだ、話をするつもりらしい。
話はすぐに終わると言っていたのだが、まだイェルガに帰宅する様子は見えない。
ルーカスが訝しげり、ブリジットもイェルガの行動に不信感を抱いている。
だが、二人からそのような感情を向けられていても当の本人であるイェルガは涼しげな顔をしていて。
逆にこのような空気感を楽しんでいるような気配まである。
ブリジットとルーカスはちらりとお互い顔を見合わせた。もう話が無いのであれば、席を立ってもいいだろうと判断したのだ。
「……では、ノーズビート卿。お話が無いようですので私たちはここで……。ルーカス様も、一緒に戻りましょう?」
「──ああ……。ノーズビート卿、ここで失礼致します」
椅子から立ち上がり、イェルガにそう告げた二人はくるりと背中を向けて邸に戻るべく足を踏み出した。
ブリジットの背中を見詰めていたイェルガは、にぃっと口端を持ち上げた。
「──そろそろ、効いてきましたかね」
ぼそりと呟いたイェルガが椅子から立ち上がった。
72
お気に入りに追加
3,127
あなたにおすすめの小説
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
私のバラ色ではない人生
野村にれ
恋愛
ララシャ・ロアンスラー公爵令嬢は、クロンデール王国の王太子殿下の婚約者だった。
だが、隣国であるピデム王国の第二王子に見初められて、婚約が解消になってしまった。
そして、後任にされたのが妹であるソアリス・ロアンスラーである。
ソアリスは王太子妃になりたくもなければ、王太子妃にも相応しくないと自負していた。
だが、ロアンスラー公爵家としても責任を取らなければならず、
既に高位貴族の令嬢たちは婚約者がいたり、結婚している。
ソアリスは不本意ながらも嫁ぐことになってしまう。
【完結】愛されなかった私が幸せになるまで 〜旦那様には大切な幼馴染がいる〜
高瀬船
恋愛
2年前に婚約し、婚姻式を終えた夜。
フィファナはドキドキと逸る鼓動を落ち着かせるため、夫婦の寝室で夫を待っていた。
湯上りで温まった体が夜の冷たい空気に冷えて来た頃やってきた夫、ヨードはベッドにぽつりと所在なさげに座り、待っていたフィファナを嫌悪感の籠った瞳で一瞥し呆れたように「まだ起きていたのか」と吐き捨てた。
夫婦になるつもりはないと冷たく告げて寝室を去っていくヨードの後ろ姿を見ながら、フィファナは悲しげに唇を噛み締めたのだった。
【完結】私を虐げる姉が今の婚約者はいらないと押し付けてきましたが、とても優しい殿方で幸せです 〜それはそれとして、家族に復讐はします〜
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
侯爵家の令嬢であるシエルは、愛人との間に生まれたせいで、父や義母、異母姉妹から酷い仕打ちをされる生活を送っていた。
そんなシエルには婚約者がいた。まるで本物の兄のように仲良くしていたが、ある日突然彼は亡くなってしまった。
悲しみに暮れるシエル。そこに姉のアイシャがやってきて、とんでもない発言をした。
「ワタクシ、とある殿方と真実の愛に目覚めましたの。だから、今ワタクシが婚約している殿方との結婚を、あなたに代わりに受けさせてあげますわ」
こうしてシエルは、必死の抗議も虚しく、身勝手な理由で、新しい婚約者の元に向かうこととなった……横暴で散々虐げてきた家族に、復讐を誓いながら。
新しい婚約者は、社交界でとても恐れられている相手。うまくやっていけるのかと不安に思っていたが、なぜかとても溺愛されはじめて……!?
⭐︎全三十九話、すでに完結まで予約投稿済みです。11/12 HOTランキング一位ありがとうございます!⭐︎
悪意か、善意か、破滅か
野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。
婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、
悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。
その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。
旦那様、愛人を作ってもいいですか?
ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。
「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」
これ、旦那様から、初夜での言葉です。
んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと?
’18/10/21…おまけ小話追加
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる