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 べちり、とブリジットの手のひらがルーカスの顔にめり込んで。
 ルーカスは情けない声を上げてブリジットを抱き留めていた腕の力を緩めてしまった。

「なっ、なな、何でルーカス様が……!? それにここは……っ、えっ!? ティファが何故一緒に馬車に乗っているの!?」

 ブリジットは頬を赤く染めたまま、ささっとルーカスから距離を取る。

 目覚めたブリジットの様子は、どこからどう見ても普段のブリジットと変わらぬ態度で。
 精神面にも異常を来たしていないようだ、と分かったティファはほっと胸を撫で下ろした。

「──ああ、良かったわ……。いつものブリジットね……!」
「ちょ、ちょっと説明してちょうだいティファ……っ。何でこんな事になっているの……!?」

 あわあわと自分の体を両腕で抱き締めたブリジットが、ルーカスをちらちらと窺う。

(だ、抱き締められていたのよね……!? 何で、どう言う理由があって私はルーカス様に、だっ、抱き──……っ)

 ブリジットはぶわわっと自分の頬が更に真っ赤に染まって行くのを自覚する。
 心配そうにルーカスの瞳がブリジットの顔を覗き込んでいて──。
 と、そこでブリジットは「え?」と疑問を浮かべる。

 何故ルーカスはあんなに心配そうにしていたのか。何故、あんなにも不安そうにしていたのか。
 そして、ブリジットがぱちりと瞬きをした時にルーカスの瞳が歓喜に震えていた気がする。

 それに、自分は何故馬車に乗っているのだろうか、と遅れて疑問に感じる。
 朝、間違い無くブリジットは学院に向かったし、建物にも入った。
 廊下を歩いている時にとても良い香りがして、その香りに誘われるように、その香りがする方向に向かって行った。
 そうしたら、何故かイェルガ・ノーズビートと出会って──。

「え……、そこから、記憶が無いわ……」

 何故、とブリジットが困惑して声を震わせると、ブリジットに顔を叩かれたルーカスが復活したのだろう。
 ブリジットの隣で上半身を屈めて痛みに耐えていたルーカスががばりと上半身を起こした。

「ブリジット……! 意識がしっかりと戻ったんだな!? 俺をルーカス、と呼んでくれたな!?」
「えっ、? えっ? 当たり前、ですわ。ルーカス様がルーカス様でなければ誰なのですか……」

 薄らと涙すら浮かべたルーカスの姿にブリジットは困惑してしまう。
 何を当たり前の事を、とブリジットがルーカスに答えるとルーカスは顔をくしゃり、と歪めて今度は真正面からブリジットを抱き締めた。

「──えっ! ちょっ、やめ……っ、ティファが居るのに……っ! やめて下さいルーカス様っ!」

 突然抱き締めて来たルーカスに、ブリジットはべしべしとルーカスの背中を叩く。

 だが、その様子を生暖かく見ていたティファは自分の手のひらに顎を乗せた体勢で、ブリジットに向かって口を開いた。

「まあまあ、ブリジット。ラスフィールド卿の気持ちは痛い程よく分かるから……暫くそのままでいてあげて」
「──え、えぇ……?」

 こんな、人の目がある場所ではしたない、とブリジットは思ってしまうが、ルーカスの腕の中からルーカスの顔を見上げる。
 ルーカスの顔はブリジットの肩に埋めているため見えないが、髪の間から覗くルーカスの耳は真っ赤に染まっていて。
 じっとしていればルーカスの体が微かに震えているように感じる。

「──……」

 ブリジットはルーカスの背中を叩いていた自分の手のひらをそっとルーカスの背中に添えるようにして少しだけルーカスを抱き返す。
 途端にルーカスの腕の力も強まって、ブリジットを抱き締める力が増した。

 潰れたような、変な声が出てしまいそうになったブリジットだったが、そんな雰囲気では無い事を察してティファに視線を向ける。
 良く良く確認してみれば、ティファの隣にはブリジットの家の使用人も居て。
 その使用人はブリジットとルーカス二人の姿を見て何故か感涙に打ち震えている。

「ティファ……」
「ん? なあにブリジット?」
「私が意識を失っている間に、何か大変な事が起きてしまったの……? その……、私は学院に着いて、良い香りがするからその香りの方に行ってしまったの。そうしたら、ノーズビート卿と会って……そこから記憶が無いのよ……時折、ふわふわした感覚になったのは覚えているのだけれど……」
「この時間まで、ブリジットは殆ど何も記憶に残っていない、と言う事ね……?」
「え、ええ。そうなの……」

 ブリジットがイェルガの名を出した瞬間、ルーカスの腕がぎゅう、と力を増したがブリジットはそっと自分の手のひらでルーカスの背中を撫でた後会話を続けた。

 ブリジットの言葉を聞いた後、ティファは何やら難しい顔で考え込んでいるように見えて。

 ブリジットがどうしたものかしら、と考えているとティファが俯いていた顔を上げて口を開いた。

「──ブリジットが今話してくれた内容を、貴女のお父様にお話するのと……」
「王女殿下に、報告する」

 ルーカスは、ブリジットの肩に自分の顔を埋めたままティファの言葉の後にぽつりと呟いた。
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