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しおりを挟むふわふわ、と心地良い揺れと温もりにブリジットはふふ、と口元を綻ばせる。
先程からまるで夢の中にいるような幸せな気持ちで。そして隣にある温もりに擦り寄るようにした。
びくっ、と隣にある何かが大袈裟に反応したような気がするが、ブリジットは心地良い揺れと温もり、それに良い気分によって更に深い深い眠りに身を委ねた。
「──ブリジット、もしかして今笑いました……?」
ガタガタ、と揺れる馬車の中。
ティファが向かいの座席に座るルーカスとブリジットを身を乗り出してじぃっと見詰める。
ティファの隣に座っているブリジットの家、アルテンバーク侯爵家の使用人もティファの言葉に肯定するようにうんうんと力強く頷いている。
「そ、そうだろうか……。俺からは見えないので、何とも……」
ルーカスはたどたどしくそれだけを返すのに精一杯で。
ティファはルーカスをちらりと盗み見て、真っ赤な顔をしているルーカスが何だかおかしくなってきてしまって笑ってしまう。
「シ、シトニー嬢……っ! 笑うなんて……っ」
「ふふっ、ごめんなさい……っ! ですが、貴方達は婚約者同士だって言うのに……っ」
少しの接触だけでこんなにも顔を真っ赤にして狼狽えるルーカスを見てティファは目尻に涙が滲んでしまう程笑ってしまう。
「ふふっ、パーティーでのダンスではもっと密着するでしょう? それなのに……」
なんとまあお可愛らしい事、とティファはその言葉だけは胸中で呟く。
騎士として働き、体躯も大きく男らしいルーカスにこんな一面があったとは。
だが、可愛らしいなどと言われて喜ぶ男は居ないだろう。
(まあ……ブリジットに言われたらラスフィールド卿も拗ねつつ喜びそうだけれどね)
先程のティファの発言にルーカスはもごもごと言い訳を口にしているようで。
「ダンスの時などとは、別で……。ブリジットがこんな風に俺に甘えてくるような……」
「あらあらあら! ラスフィールド卿はブリジットにもっと素直に甘えて欲しいのですね!」
「──ち、違っ!」
わいわいと話すティファとルーカスの声が眠るブリジットの耳に届いたのだろうか。
「──うぅ……」
「……っ、ブリジット!?」
ブリジットが小さく呻いた。
その小さな声にルーカスは反応し、抱き寄せているブリジットの顔を覗き込んだ。
だがブリジットは瞼を閉じたまま未だに呻いているだけで、ぐりぐりとルーカスの胸に自分の頭を擦り付ける。
「ブ、ブリジット……? まだ目が覚めないか……」
「でも、何だかもう少しで目覚めそうですわ」
眉を下げて残念そうに零すルーカスに、ティファは嬉しそうに言葉を返す。
眠っている様子から、ブリジットに体調の変化や悪化は無さそうでほっとする。
得体の知れない魔法に掛かってしまったブリジットの体調と、精神面が心配ではあったが体調面に関してはぱっと見た所、大丈夫そうで一つ安心する。
精神面については、ブリジットが目覚めてからでないと何とも言えないが、先程の無表情の時のブリジットに比べ、ルーカスに寄り掛かり、擦り寄るブリジットの表情は何処か柔らかで。
安心したように自分の身を預けるブリジットに、ティファも座席に背中を付けて深く座り直した。
(あーあ……。私も早く婚約者が欲しくなってきてしまったわ……)
ブリジットを心配するルーカスと、ルーカスに安心して身を寄せるブリジットを見て、ティファは何だかやるせない気持ちになってしまった。
がたんっ、と馬車の車輪が大きな石に乗り上げてしまったのだろうか。
大きく馬車が揺れて、その拍子にブリジットの体がズレてしまい、前方に大きく傾いた。
「──ブリジット!」
このままではブリジットが倒れてしまう、と焦ったルーカスは強くブリジットの腕を掴み、自分の体に引き寄せた。
どん、とルーカスの体にブリジットの体が当たり、次いでルーカスがぎゅうぎゅうとブリジットの体を抱き締める。
ブリジットを転ばせてしまわないで良かった、とほっと息を吐き出したルーカスの耳に、戸惑うような声が届いた。
「──え、? なんで、え……?」
「……っ! ブリジット!? 目が覚めたか!?」
それは、ルーカスが聞きたくて待ち望んでいたブリジットの声で。
ルーカスは喜びのあまり、ブリジットを抱き締めた状態のまま、ブリジットの顔を覗き込む。
先程まで瞼を下ろしていたブリジットはしっかりと目を開けていて。
困惑しているブリジットのローズピンクの瞳と目が合った。
「──えっ、ひゃあっ!」
「えっ、ブリジッ──」
ルーカスと目が合ったブリジットの瞳は、大きく見開かれて。
そして、近い距離にあるルーカスの顔にみるみるうちにブリジットの顔が真っ赤に染まっていった。
その変化にびっくりしたルーカスがブリジットの名前を呼ぼうとしたが、ルーカスが名前を最後まで呼ぶ前に、べちん! と鈍い音を立ててブリジットの手のひらがルーカスの顔面にめり込んだ。
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