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 王女殿下に話す──。
 確かにそう告げたルーカスに、部屋に居たリュリュドは慌てたようにイェルガに視線を向けた。

 ぱたり、と閉じてしまった扉を今すぐ開けてルーカスを追った方がいいのではないか、とイェルガに声を掛けようとして、イェルガの表情を見て言葉を飲み込んだ。

 イェルガは無表情で扉を見つめており、だらりと下がった腕の先はぎゅう、と強く強く拳を握り込んでいて。

「──……ルーカス・ラスフィールドめ……余計な真似を……っ」

 ぽつり、と呟いたイェルガの声は恐ろしい程低く、殺気すら篭っているようで。
 リュリュドは国同士の友好関係が……と呟いて頭上を仰いだ。






 カツカツカツ、と足音を荒げながらルーカスは廊下を歩く。
 嫌な気分になるあの部屋から早くブリジットを遠ざけたい一心で廊下を進んでいたのだが、背後を走って着いてくるブリジットの友人、ティファがぜいぜいと息を弾ませているのに気付き、ルーカスははっとして背後を振り返った。

「シトニー嬢……! す、すまない、追いて行くつもりは無かったのだが……」
「──いえっ、……っ、はあっ、ラスフィールド、卿の……っ、お気持ちもっ、分かります……っ」

 膝に両手を当て、ぜいぜいと肩で息をするティファにルーカスは申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
 ティファのお陰でブリジットの異変に気付く事が出来て。そしてティファの迅速な対応でブリジットが無事だったのだ。

 ティファがブリジットの不在に気付かずに、ブリジットがあのままイェルガと共にあの部屋にずっと居る事になっていたら、と思うと。
 ルーカスは嫌な事を考えてぞっと背筋を震わせた。

「シトニー嬢のお陰で、ブリジットが無事だった。本当にありがとう。今度、シトニー侯爵家にお礼をさせてくれ」
「──っ、いいえ、大丈夫ですわ。私はブリジットの友人ですもの。友人が居なければ心配して探す事は普通でしょう? 普通の事をしただけなのに、お礼をしてもらう訳にはいきませんわ」

 すうっ、と一度大きく息を吸って呼吸を整えたティファが胸に手を当てて微笑んで答える。

 大層な事はしていない、とはっきりと口にするティファにルーカスはそれ以上言い募る事は出来ず、ただただお礼を口にする。

「私はブリジットが元気よくラスフィールド卿と痴話喧嘩をしているのを見るのが大好きですのよ? だから明日は今までのように朝から元気良く痴話喧嘩をする姿を見せて頂ければそれで結構です」
「……っ、ふはっ、痴話喧嘩か……! そうだな、明日からは今までのようにブリジットと口喧嘩をしたいな」

 ティファの言葉に、ルーカスも先程までの苛立ちやもやもやとした気持ちが消え去って思わず笑ってしまう。
 マイナスな感情ばかりを抱いていても良くない。
 いらいらとした気持ちは周囲に影響を与えてしまうし、伝染してしまう。

 ルーカスは自分の腕の中に居るブリジットに優しく視線を移し──。

「ブリジット……?」
「どうされました!?」

 ブリジットに視線を向けた瞬間、ぎくり、と体を硬直させたルーカスにティファは慌てて駆け寄る。
 まさかブリジットに何かあったのだろうか、と心配してブリジットの顔を覗き込んだティファは「あら?」と声を漏らした。

 そしてルーカスとティファはお互い顔を見合わせる。

「──先程まで、ブリジットは無反応、だったよな……?」
「ええ。ただ無反応のまま、ラスフィールド卿に抱えられておりましたが……」
「……今は眠っている? 反応が変わった?」

 先程までは目が開いていると言うのに全くの無反応だったブリジット。
 無表情なブリジットはまるで精巧な人形のようで。
 早くいつものブリジットに戻ってくれれば、とルーカスは考えていたのだが、今は何故か瞼を閉じて微かな寝息のようなものをついている。

「もしかしたら……ノーズビート卿が開発した、と言う魔法の効果が殆ど切れて来ているのだろうか?」
「もしそうでしたら、邸に戻る頃にはいつものブリジットに戻っているかもしれませんわね!」

 ぱあっと表情を明るくさせるティファに、ルーカスも笑顔を浮かべて頷く。

 馬車に乗り、ブリジットの家に到着するまでに魔法の効果が切れてくれればいい。

「では、シトニー嬢。眠っているブリジットを起こさないようにゆっくり馬車まで向かいましょうか」
「ええ、ええ。そうですわね。起こしてしまったらブリジットが怒りそうですものね!」

 ふふっとティファは嬉しそうに笑い声を漏らし、ルーカスとティファはゆっくり歩みを進めて馬車まで向かった。
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