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しおりを挟む手に持った扇子で口元を隠した王女は二人に向かって微笑み、鈴の鳴るような可憐な声音で言葉を続ける。
「魔法士でいらっしゃるお二人の噂は城にまで届いています。学院生達も貴重なお話を聞けてとても喜んでおりますわ」
「──勿体ないお言葉です、王女殿下。私共は大それた事は一つも……。一重にこの国に住まう方々が魔法に対して理解が深く、好意的だからこそです」
「ふふっ、またまた謙遜を。……こちらで色々、魔法の事など教えて下さいな」
「喜んで……」
にっこりと笑顔を浮かべて提案、と言うような言葉を使ってはいるが、王女の言葉を断る事など出来ない。
リュリュドはちらり、と周囲を視線だけで確認して背中に汗をかく。
(……イェルガの魅了が効きすぎている……。王家も察したか……それでイェルガをこの場から離してしまおうと、話しかけてきたのか……)
隣国から交換留学生としてやって来たとは言え、自分たちは隣国の人間だ。
魔法士だからと言って、この国の国民全員がイェルガ達に好意的な訳では無い。
だからこそ、イェルガやリュリュド達交換留学生は諍いを避けるため、ちょっとした揉め事を避けるためにこの国の魔法士達には察知出来ない程度の脆弱な魅了魔法を発動していた。
これも、自分達の身を守るために必要な外交手段だ。
だが、脆弱な魅了魔法だったのにも関わらず、イェルガの魅了に掛かる国の人間が多い。
恐らく、イェルガはブリジットに好意を持ってもらいたい、と言う感情が昂り無意識に魅了魔法の効果を上げてしまっていたのだろう。
普段からイェルガの魅了魔法を微弱ながら受けていた学院生達への効果が高くなってしまい、夜会でこれ程まで囲まれてしまっている。
(くっそ……。もっと早く気付けていればどうにか出来たのに……っ)
リュリュドは唇を噛み締める。
イェルガに抑えろ、と告げれていればこの国の王族が勘付く事を避けられていたのに。
(もう一つの目的にまで勘付かれたら厄介だな……。だが、イェルガもそれは分かっているはず……)
王女の誘いを受け、彼女の後を着いて歩くイェルガは無意識に効果を上げてしまっていた魅了魔法を弱めたようだ。
イェルガから感じる魔力の揺れが安定したように思える。
イェルガとリュリュドは王女に着いて行き、パーティー会場から外に出た。
◇◆◇
「ブリジット、水だ……! 限界まで飲め……!」
「──むうぅ……っ!」
休憩室に移動したブリジット達は。
ブリジットをソファに座らせた父親は、暫くしてからやって来たルーカスがブリジットに水を飲ませる様子を呆れたように眺めていた。
無理矢理水を飲ませるルーカスの腕をばしんばしんと強く叩くブリジットだが、それでルーカスが止まる筈はなく。
必死になって水を飲ませるルーカスに、父親はそろそろ止めてやらんと駄目だな、と思い制止した。
「ラスフィールド卿、ラスフィールド卿。そろそろ止めてやってくれ。水責めのようになっている」
「──はっ! も、申し訳ない、アルテンバーク侯爵……。すまない、ブリジット……大丈夫か?」
けほけほ、と噎せるブリジットの背中をさすってやりながらルーカスがブリジットに声を掛ける。
だが、ブリジットはアルコールが入ったせいと、ルーカスにまるで拷問でもされているかのような水責めに合い、体力を消耗したのだろう。
睡魔も限界まで来ていたせいもあって、ルーカスの腕に凭れるようにして眠ってしまった。
「あ、ブリジット……」
「ちょうどいい。ラスフィールド卿、ブリジットを連れて先に邸に帰っててくれ」
「え、? よろしいのですか?」
「ああ。ある程度挨拶はしたのだろう? 私は先程陛下から呼ばれていてね……。遅くなるだろうから」
「国王陛下から、ですか……。それは確かにお時間が掛かりそうですね。……分かりました、ブリジットを邸に送り届けて、私はそのまま戻ります」
「ああ、頼むよ」
にっこりと笑顔を浮かべるブリジットの父親に、ルーカスは先程王女と話した事を思い出す。
(このタイミングで陛下に呼ばれた、か……。交換留学生と何か関係がありそうだな)
だが、何かあればまた呼ばれるなり、何かしら説明があるだろう、と考えたルーカスは今は一先ずブリジットを休ませる事を優先させる事にする。
ルーカスは眠ってしまったブリジットを抱き上げ、休憩室の扉に向かって歩き始めた。
「では、お言葉に甘えて先に失礼します」
「ああ。道中気を付けてくれ」
「はい」
ルーカスは部屋の扉を出る前に一度振り返り、頭を下げてから退出する。
ゆったりとした笑みを浮かべ、軽く手を振るブリジットの父親を部屋に残し、静かな廊下を進んで行った。
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