上 下
27 / 64

27

しおりを挟む

 ブリジット達から離れたイェルガは、浮かべていた微笑みをすっと完全に消し去り、真顔になる。

 カツカツと踵を鳴らし、友人リュリュドが居る場所まで戻る。

「──ん、? おいおいイェルガ。仮面が剥がれているぞ。例の女性が見ていないからって、油断して大丈夫か?」
「リュリュド。おかしい」
「は? 何だよ、急に」

 イェルガは周囲の令嬢達から多くの視線を受けている。
 その事を分かっているイェルガは、くるりと振り返り令嬢達ににっこりと笑いかけ、手を振った。
 瞬間、周囲の令嬢達は嬉しそうに声を上げて手を振り返している。

「……他の女性は問題ないんだよ」
「そう、みたいだな……?」
「けれど、駄目だ。ブリジット嬢にダンスの誘いを断られた……」

 がくり、と肩を落として項垂れるイェルガに、リュリュドはぶふっ! と吹き出してしまう。
 笑うリュリュドにイェルガはじとっとした目を向けると、腕を組んでぶっきらぼうに言葉を続けた。

「もう一段階上げてみる……」
「──おいおい、これ以上はやめておけ……! 勘付かれたら大事になるぞ……!」
「もしバレたら恋情に溺れて狂った男だ、と言い訳してくれよ」
「いやいや、無理だろ。すれすれを責めんなよ!」
「はいはい」

 イェルガはリュリュドの言葉をひらひらと手を振って適当にあしらい、声を掛けて来た令嬢に笑顔で振り返る。

 礼儀正しく、紳士的な隣国の交換留学生。
 それがイェルガ・ノーズビートが被っている仮面だ。
 本当は礼儀正しくなんてクソ喰らえで。
 欲しい物は何としてでも手に入れたいが、事を起こせば国同士の争いになってしまう。

 イェルガは自分に熱っぽい視線を向ける令嬢にダンスを申し込み、令嬢をエスコートしてフロアに出る。

 腰を抱く自分の腕が、手を握る自分の手が。
 相手の令嬢がブリジットであればどれだけ良かっただろうか、とイェルガは考えていたが、そんな事を胸中で考えているなど露ほども出さず、イェルガは令嬢達とダンスを踊り続けた。




「──っ、ああっ、狡い……っ! ブリジット! 私もイェルガ様にダンスのお誘いをしてもらいに行ってくるわね!」
「えっ、あ……っ、ちょっとティファ……!」

 ダンスフロアで複数の令嬢達と踊るイェルガを先程から気にしていたティファは、もう我慢出来ないと言うように口早にブリジットに向かってそう告げ、返答を聞く前にイェルガの下に小走りで向かって行ってしまった。

「──あぁ……行ってしまったわ……」
「シトニー嬢はあんなに……、その……活発な女性だっただろうか?」

 唖然としているブリジットに、ルーカスは気まずそうに声を掛ける。
 ティファにはまだ婚約者がいなかった筈だ。
 だから、容姿の良い男性にはしゃぎ、色めき立つのは悪い事では無いが、今までは落ち着いた令嬢だと言うイメージが強かっただけに、ルーカスは違和感を感じてブリジットに問い掛けたのだが。
 ルーカスの考えと、ブリジットも同じらしく。

「いえ……ティファは私と比べて落ち着いた女性です……。容姿の良い男性には人並みに興味はあるようですが、本当に人並み程度……。こんなにはしゃいでいるティファは初めて見ます」
「そう、なのか……」

 むう、と考え込むように眉を寄せるブリジットに、ルーカスも考え込む。
 そしてティファが小走りで向かったイェルガが居るであろう方向を見て、「あ、」と目を見開いた。

「……何だか、先日から違和感、と言うか……」

 考え込んでいたブリジットは、ルーカスの変化に気付かず、言葉を続けた。
 だが、ブリジットの言葉の後に続いたのは聞きなれたルーカスの低い声ではなくて。

「その違和感、詳しく聞かせてもらおうかしら?」

 鈴の音が鳴るような可憐な女性の声が聞こえて来て。
 驚いてブリジットが声の方向に顔を向けると。

 数人の護衛を連れた、煌びやかではあるが華美なだけではなくて、洗練された美しさを身に宿した女性が立っていた。

「──王女殿下……っ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

【完結】婿入り予定の婚約者は恋人と結婚したいらしい 〜そのひと爵位継げなくなるけどそんなに欲しいなら譲ります〜

早奈恵
恋愛
【完結】ざまぁ展開あります⚫︎幼なじみで婚約者のデニスが恋人を作り、破談となってしまう。困ったステファニーは急遽婿探しをする事になる。⚫︎新しい相手と婚約発表直前『やっぱりステファニーと結婚する』とデニスが言い出した。⚫︎辺境伯になるにはステファニーと結婚が必要と気が付いたデニスと辺境伯夫人になりたかった恋人ブリトニーを前に、ステファニーは新しい婚約者ブラッドリーと共に対抗する。⚫︎デニスの恋人ブリトニーが不公平だと言い、デニスにもチャンスをくれと縋り出す。⚫︎そしてデニスとブラッドが言い合いになり、決闘することに……。

妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

両親も義両親も婚約者も妹に奪われましたが、評判はわたしのものでした

朝山みどり
恋愛
婚約者のおじいさまの看病をやっている間に妹と婚約者が仲良くなった。子供ができたという妹を両親も義両親も大事にしてわたしを放り出した。 わたしはひとりで家を町を出た。すると彼らの生活は一変した。

処理中です...