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しおりを挟むブリジット達から離れたイェルガは、浮かべていた微笑みをすっと完全に消し去り、真顔になる。
カツカツと踵を鳴らし、友人リュリュドが居る場所まで戻る。
「──ん、? おいおいイェルガ。仮面が剥がれているぞ。例の女性が見ていないからって、油断して大丈夫か?」
「リュリュド。おかしい」
「は? 何だよ、急に」
イェルガは周囲の令嬢達から多くの視線を受けている。
その事を分かっているイェルガは、くるりと振り返り令嬢達ににっこりと笑いかけ、手を振った。
瞬間、周囲の令嬢達は嬉しそうに声を上げて手を振り返している。
「……他の女性は問題ないんだよ」
「そう、みたいだな……?」
「けれど、駄目だ。ブリジット嬢にダンスの誘いを断られた……」
がくり、と肩を落として項垂れるイェルガに、リュリュドはぶふっ! と吹き出してしまう。
笑うリュリュドにイェルガはじとっとした目を向けると、腕を組んでぶっきらぼうに言葉を続けた。
「もう一段階上げてみる……」
「──おいおい、これ以上はやめておけ……! 勘付かれたら大事になるぞ……!」
「もしバレたら恋情に溺れて狂った男だ、と言い訳してくれよ」
「いやいや、無理だろ。すれすれを責めんなよ!」
「はいはい」
イェルガはリュリュドの言葉をひらひらと手を振って適当にあしらい、声を掛けて来た令嬢に笑顔で振り返る。
礼儀正しく、紳士的な隣国の交換留学生。
それがイェルガ・ノーズビートが被っている仮面だ。
本当は礼儀正しくなんてクソ喰らえで。
欲しい物は何としてでも手に入れたいが、事を起こせば国同士の争いになってしまう。
イェルガは自分に熱っぽい視線を向ける令嬢にダンスを申し込み、令嬢をエスコートしてフロアに出る。
腰を抱く自分の腕が、手を握る自分の手が。
相手の令嬢がブリジットであればどれだけ良かっただろうか、とイェルガは考えていたが、そんな事を胸中で考えているなど露ほども出さず、イェルガは令嬢達とダンスを踊り続けた。
「──っ、ああっ、狡い……っ! ブリジット! 私もイェルガ様にダンスのお誘いをしてもらいに行ってくるわね!」
「えっ、あ……っ、ちょっとティファ……!」
ダンスフロアで複数の令嬢達と踊るイェルガを先程から気にしていたティファは、もう我慢出来ないと言うように口早にブリジットに向かってそう告げ、返答を聞く前にイェルガの下に小走りで向かって行ってしまった。
「──あぁ……行ってしまったわ……」
「シトニー嬢はあんなに……、その……活発な女性だっただろうか?」
唖然としているブリジットに、ルーカスは気まずそうに声を掛ける。
ティファにはまだ婚約者がいなかった筈だ。
だから、容姿の良い男性にはしゃぎ、色めき立つのは悪い事では無いが、今までは落ち着いた令嬢だと言うイメージが強かっただけに、ルーカスは違和感を感じてブリジットに問い掛けたのだが。
ルーカスの考えと、ブリジットも同じらしく。
「いえ……ティファは私と比べて落ち着いた女性です……。容姿の良い男性には人並みに興味はあるようですが、本当に人並み程度……。こんなにはしゃいでいるティファは初めて見ます」
「そう、なのか……」
むう、と考え込むように眉を寄せるブリジットに、ルーカスも考え込む。
そしてティファが小走りで向かったイェルガが居るであろう方向を見て、「あ、」と目を見開いた。
「……何だか、先日から違和感、と言うか……」
考え込んでいたブリジットは、ルーカスの変化に気付かず、言葉を続けた。
だが、ブリジットの言葉の後に続いたのは聞きなれたルーカスの低い声ではなくて。
「その違和感、詳しく聞かせてもらおうかしら?」
鈴の音が鳴るような可憐な女性の声が聞こえて来て。
驚いてブリジットが声の方向に顔を向けると。
数人の護衛を連れた、煌びやかではあるが華美なだけではなくて、洗練された美しさを身に宿した女性が立っていた。
「──王女殿下……っ!」
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