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しおりを挟む「──ルーカス、様……?」
何故ここに……。
ブリジットが唖然としている間に、護衛は「開けますよ」とブリジットに声を掛けてから急いで玄関に向かった。
護衛が扉を開けるなり、ルーカスは駆け込むようにして邸に入り、ブリジットの姿を見るとくしゃり、と苦しそうに顔を歪めた。
ルーカスはブリジットに向かって近付いて行くが、ブリジットは無意識に一歩だけ後ずさってしまう。
その様子を見たルーカスは苦しそうに眉を寄せ、ブリジットから大分離れた場所で止まった。
「突然、訪問してしまいすまない……。これ以上は近付かないから安心して、くれ……」
泣き笑いのような表情でそう告げるルーカスに、ブリジットはじりじりと自分の胸が痛むがルーカスが今、自分の目の前にいる光景が信じられなくて。
何と言葉を返せばいいのか、どのようにルーカスと向き合えばいいのか分からず、戸惑ってしまう。
そんなブリジットの態度を勘違いしたのだろう。
ルーカスは一度俯いてから、再び顔を上げてブリジットに向かって口を開いた。
「すまない。ブリジットを迎えに行って……、暫く留守にすると聞いて……。アルテンバーク侯爵に直接話を聞きに行った……。ミーブルの町に居る、とお聞きして……勝手に後を追って来てしまった……。ブリジットの顔が見たかったんだ。ただ、それだけだ……」
ルーカスは戸惑うブリジットに言葉を続ける。
「急に訪問してしまってすまない。……明日改めて伺うよ」
ルーカスはそれだけを告げると、ブリジットの返事を待つ事なく玄関の方向に振り返り、帰ってしまった。
その間、ブリジットはルーカスに何も言葉を返す事が出来ないでいて。
二人の様子に護衛も、メイドのニアも気まずそうに顔を見合わせていた。
ブリジットは、先程やって来たルーカスが本当にルーカス本人だったのか未だに信じられない。
いつもきっちりと着込んでいる服も、長身な体躯に似合う騎士服もいつもしっかりと身に付けている。
けれど、先程ブリジットの前にやって来たルーカスは髪の毛はボサボサで、顔も土埃で少し汚れて、外套もボロボロ。
外套の下の服装もよれよれになってしまっていた。
この港町、ミーブルの町に着いて着替えもろくにせず、ブリジットに会いに来たのだろう。
ブリジット達がこの町にやって来て六日目だ。
この町に到着したのが五日目。
ブリジット達が出立した翌朝に、恐らくルーカスはブリジットの不在を聞いて諸々の準備をして翌日に出立した筈。
馬車で五日掛かる道を、ルーカスは単身三日で追い掛けて来た事となる。
ブリジット達は自分の領地なので道中スムーズにやって来れるが、ルーカスは他領だ。
土地勘が無いのに三日でやって来たと言う事は形振り構わず馬を走らせたのだろう。
そんなルーカスの姿を見たのは初めてで。
そして何度も「顔が見たかった」と言われて。
ブリジットはルーカスが居なくなってから時間差でぶわり、と頬を真っ赤に染めてしまった──。
ルーカスが邸を後にして暫し。
ようやっとブリジットがいつもの調子を取り戻した時、護衛達とニアが心配そうにブリジットの様子を伺っていた。
そしてブリジットの雰囲気が戻った事に気付いたのだろう。
ニアがおずおずと近付いて来て、ブリジットに声を掛ける。
「──お嬢様、大丈夫ですか?」
「え……っ、あ……! ええ、大丈夫よ。突然の事にびっくりしてしまったみたい」
ブリジットが苦笑しながら言葉を返すと、ニアも眉を下げて笑う。
(──明日、ルーカス様が来るみたいだけど……どうしようかしら……。明日は今日とは逆方向の町の外れを見てみようと思ったのだけど……)
小さな丘があるらしく、その場所を見てみようと考えていたブリジットは、ルーカスがやって来る時間によって明日の行程を変えなければ、と考えた。
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