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しおりを挟むブリジットの家、アルテンバーク家とルーカスの家ラスフィールド家は互いに侯爵家だ。
どちらの家も歴史は長く、共に王権派。
争いを好まず、穏やかな家風は貴族達の間でも好意的に見られている。
そして、互いの家の嫡男は既に成人して家門も安泰。
そんな家の令嬢ブリジットと、次男であるルーカス。
二人とも容姿が良く、ブリジットは多少お転婆な所はあるが美しい艶やかな黒髪は誰もが目を惹き、ローズピンクの愛らしく大きな瞳は庇護欲を誘う。
ルーカスは銀糸のサラサラの髪の毛に深い紫色の瞳が神秘的で、騎士団に所属しているため体格も良く身長も高い。
そんな婚約者同士の二人が度々痴話喧嘩をしている姿を見慣れていた学院生達は、二人の様子から今回は痴話喧嘩では無く、ただ事ではないのでは? と少し浮き足立ってしまう。
もし、婚約が解消されれば。
美しい令嬢が結婚適齢期に差し掛かる今、フリーになる。
容姿が良く、騎士団に所属し将来安泰が決まっている令息がフリーになる。
誰かが、ごくりと喉を鳴らした音が聞こえて。
その音にいち早く気付いたルーカスが周囲を牽制するように睨み付けた。
ルーカスの鋭い視線に、周囲に居た令息達は慌てて顔を逸らすが、逸らした先にはブリジットの姿。
(──不味い不味い不味い……っ)
ルーカスは焦燥感に駆られ、ブリジットの所に行こうと教室に一歩足を踏み入れたのだが、その瞬間に学院の鐘が鳴った。
「ラスフィールド卿。鐘が鳴りましたけど、ご自分の教室に行かなくてよろしいのでしょうか?」
「ブリジット……! 昼食に迎えに来るから、教室で待っているんだ……!」
ルーカスを見ずに、つんとした表情のままブリジットに言われ、ルーカスはぐっと唇を噛み締めた後、慌ててそれだけを告げると自分の教室に向かった。
慌てて教室から出て行くルーカスの後ろ姿を、どこか寂しそうに、恋しそうに見詰めるブリジットを見ながら友人のティファはどうしたものか、と考えるのだった。
鐘が鳴ってから、教師がやってくるまでは時間に猶予がある。
ティファは慌ててブリジットの隣の席に着くと、ブリジットに話し掛けた。
「ブリジット……! どう言う事なの? いつもの喧嘩じゃないの……?」
周囲の学院生達が聞き耳を立てている事に気付いたティファは声のトーンを落としてこそり、とブリジットに問う。
するとブリジットは眉を下げて泣き笑いのような表情を浮かべてティファに答えた。
「もう、何年も何年も喧嘩ばかりして、疲れちゃったのよ……。心配してくれるのは有難いのよ、危ない事ばかりしてしまう私を心配してくれているのは分かってる、分かってるけど……最近は口を開けば王女殿下、王女殿下……!」
ばんっ、と机を力一杯叩くブリジットにティファは「え、ええ……」と若干仰け反る。
「王女殿下のようにもっと淑やかに、王女殿下はああだった、こうだった……! しまいには王女殿下を見習ったら、ですって……!」
「それ、は……酷いわね……」
「ええ、そうでしょう? そうでしょう!? そんなに王女殿下のような淑やかな女性が良いなら、そのような女性と婚約を結び直せばいいんだわ……!」
ティファはブリジットの怒り狂う様を見て、ルーカスはそんな愚かな失言をしていたのか、と呆れた。
ブリジットの言葉にどう返せばいいかしら、と考えた所で教室に教師がやって来て、ブリジットから話を聞く事は一旦中断してしまった。
午前中の授業が終わり、昼食の時間帯。
授業の片付けをしていたブリジットの耳に廊下からバタバタと慌ただしい足音が聞こえて来る。
隣でブリジットと同じように片付けをしていたティファは「ああ」とその足音の主に思い至る。
「──ブリジット!」
ティファが予想していた通り、額に若干汗をかき、いつもさらさらで整った髪の毛を振り乱しながら教室に駆け込んで来たのはルーカスで。
ルーカスは教室に入りブリジットの傍までやって来ると、自分の様相にぎょっとした様子のブリジットの腕を掴んで立たせた。
「……ティファ嬢。悪いがブリジットを借りて行く」
「どうぞどうぞ。しっかり話し合って下さいな」
ルーカスの言葉にティファが笑顔を返す。
するとティファの言葉に申し訳なさそうに萎んだ笑顔を浮かべてからルーカスは自分の腕を振りほどこうとしているブリジットの腰に無理矢理腕を回して半ば連れ去るように教室から出て行った──。
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