上 下
114 / 115

114

しおりを挟む


 魔女の生まれ変わりが完了した。
 シヴァラのその言葉を聞いたクリスタは、さっと顔色を変えてその場に勢い良く立ち上がった。

「……クリスタ様っ」
「離して頂戴、ギル」

 クリスタの動きを遮るように、ギルフィードが歩きだそうとしていたクリスタの腕をぱしり、と掴む。
 クリスタの横顔は焦燥感に満ち溢れている。
 そして、どこかに行こうとしているのは明白で。
 だからこそギルフィードは落ち着いた声でもう一度クリスタに話しかける。

「クリスタ様。その状態で、どこに行こうとしているのですか?」

 魔力も奪われ、魔法を発動することが出来ないその身一つで一体どこに。
 優しいけれど、どこか責めるような気配を孕んだギルフィードの声に、クリスタははっとする。

 そうだ。
 衝動的に動いてしまったけれど、私は今どこに行こうとしていたのか──。

 クリスタは自分の腕を掴むギルフィードの手に視線を向け「ごめんなさい」と呟いた。

「……少し、取り乱したみたい……。ごめんなさい……」
「王城で、何か不測の事態が起きたと考え、無意識に体が動いてしまったのですね。……それは、分かります」

 けど、とギルフィードは言葉を続ける。

「クリスタ様は今、ご自分の身を魔法で守ることが出来ません。それに、例え魔法を使うことが出来たとしても、魔術相手では魔法がどこまで通用するか……」
「──そう、よね……。そう……。嫌だわ、王城が危険に晒されていると分かった瞬間、無意識に駆け付けようとしてしまった……。もう、私はこの国の王妃ではないのにね」

 長年、王妃としてこの国のために尽力してきたのだ。
 頭では分かっていても、無意識に体が動いてしまう、と言うことだろうか。

 ギルフィードが何とも言えない顔で、俯くクリスタの肩にそっと手を置いた。

 そこで今まで黙って二人のやり取りを見つめていたマルゲルタがシヴァラに向かって口を開いた。

「……シヴァラ殿。それで、魔女の生まれ変わりが完了してしまったら……どうなるの? この国はもう、手遅れと言うこと?」

 腕を組み、ソファに座したまま問うマルゲルタにシヴァラは「いや」と言葉を返す。

「魔女が生まれ変わった、とは言えその体は赤子だ。赤子の成長と共に魔女の記憶も蘇る、らしい」
「……ならば、まだ……赤子の今は魔女は記憶を完全に取り戻してはいない、と言うこと?」
「ああ……。詳細は不明だが、少なくともラティアスではそのように伝えられている」
「じゃあ……」

 マルゲルタはその先を言葉にすることなく口を噤む。

 マルゲルタが口にしなかったその先の言葉。
 言葉にせずとも、部屋にいる一同はその言葉の先を容易に想像出来た。

 記憶が蘇る前に。
 赤子の魔女を。

「──……」

 ぎゅう、と握り込んだクリスタの手を、ギルフィードの手がふわりと優しく包み込む。
 クリスタもギルフィードの手を握り返したところで、重たい空気の中シヴァラがマルゲルタの言葉の続きを口にした。

「そうだな。……魔女の記憶を全て取り戻す前に、赤子を俺たちの手で屠るしか、ない……」




 重苦しい雰囲気の中、一同は支度を始めていた。

 王城で異変が起きてから大分時間が経っている。
 あの閃光の正体は分からないが、王都はまだ落ち着いている。
 直ぐに騒ぎになっていないところを見ると、一刻を争うような事態にはなっていないのだろう。

 敵に攻撃を受けた際の信号も発されてはいない。
 国王、王族の身に何か起きた際の信号も出ていない。

(その信号を出す暇もなく、王城が陥落するとは考えにくいわ。ソニア……いえ、忌み物にそれだけの力があるなら、こんなまどろっこしいことをせずにきっと魔術の力だけで全てを遂行出来た筈だもの)

 クリスタは王城に向かうための支度の手を止め、考える。

(王城には、攻撃を防ぐ強力な結界が張られているわ。いくら魔術の力が凄くても、一切抵抗が出来ないなんてことは有り得ないはず……魔法士たちと、陛下が魔法で抵抗すれば相手は一人だもの……簡単にやられてしまうとは思えないわ)

「クリスタ様」

 長いこと、考え込んでいたのだろう。
 クリスタは背後からギルフィードに話しかけられはっとして顔を上げた。

 周りを見回してみれば、クリスタ以外の皆は既に準備を終えている。
 考え事のせいで自分の準備が遅れていたことに気付いたクリスタは慌てて謝罪を口にした。

「ご、ごめんなさい考え事をしていて、遅くなってしまったわ」
「焦らなくて大丈夫です、クリスタ様」
「……ギル」

 ギルフィードは外套を纏うクリスタの前を合わせ、外套の紐を結び、クリスタの特徴的な髪色が外套から零れてしまわないよう、後ろに流しフードを浅く被らせた。

「俺も、シヴァラ殿もクリスタ様の側にいますから」
「ええ……」

 優しく微笑むギルフィードの顔を見あげ、クリスタは頷く。

 クリスタとギルフィード、そしてシヴァラはマルゲルタ達とは別行動だ。
 先日王城に招かれたマルゲルタとは違い、クリスタ達は王城に堂々と足を踏み入れることは出来ない。
 他国の王族であるギルフィードと、魔法国家ラティアスの大魔法士のシヴァラも謁見の申請をしていないし、なにより、とクリスタはちらりとギルフィードを見上げて胸中で呟く。

(陛下は、昔からギルとぎこちなかったけど……今は険悪な仲になっている)

 クリスタの視線を受け、ギルフィードは不思議そうに首を傾げた。
 クリスタは何でもない、と言うように首を横に振ってマルゲルタに視線を向けた。

「マルゲルタ。別行動になってしまうけど……十分気をつけてね」
「ええ、大丈夫よクリスタ。魔術を使うのはあの寵姫だけでしょう? 魔術に関して知識は多少あるし……ユーゼスもいるからね。私たちは先に王城に入城しておくわ。中の様子を探っておくから、気をつけて来てね」
「ええ、ありがとうマルゲルタ」

 二人は互いに手を握り合い、一足先にマルゲルタとユーゼスが部屋を出て行く。
 先日、国王であるヒドゥリオンに謁見しているマルゲルタとユーゼスであれば怪しまれずに王城に足を踏み入れることは可能だ。
 マルゲルタ達とは違い、クリスタとギルフィード、シヴァラはそうそう簡単に王城に入ることは出来ない。
 元王妃とは言え、クリスタは不名誉な噂を流されているし、その噂を流している中心人物であるバズワン伯爵は宮廷内でもどんどん権力を得始めているらしい。

(今思えば……バズワン伯爵もきっとソニアと手を組んでいたのでしょうね)




 マルゲルタ達を見送った後、クリスタ達も王城に向かうために侯爵邸の正門に向かう。

 すると、そこで思いがけない人物がボロボロの姿で正門に辿り着き、馬からずしゃり、と滑り落ちた。

 門番も突然の出来事に目を見開き、硬直している。
 だが、クリスタはその人物を見た瞬間、弾かれたように走り出した。
 ギルフィードも信じられない、といった表情でクリスタに続く。


「──キシュート兄さん!」

 クリスタの叫び声がその場に響いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

父の大事な家族は、再婚相手と異母妹のみで、私は元より家族ではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
フィロマという国で、母の病を治そうとした1人の少女がいた。母のみならず、その病に苦しむ者は、年々増えていたが、治せる薬はなく、進行を遅らせる薬しかなかった。 その病を色んな本を読んで調べあげた彼女の名前は、ヴァリャ・チャンダ。だが、それで病に効く特効薬が出来上がることになったが、母を救うことは叶わなかった。 そんな彼女が、楽しみにしていたのは隣国のラジェスへの留学だったのだが、そのために必死に貯めていた資金も父に取り上げられ、義母と異母妹の散財のために金を稼げとまで言われてしまう。 そこにヴァリャにとって救世主のように現れた令嬢がいたことで、彼女の人生は一変していくのだが、彼女らしさが消えることはなかった。

あなたの事は記憶に御座いません

cyaru
恋愛
この婚約に意味ってあるんだろうか。 ロペ公爵家のグラシアナはいつも考えていた。 婚約者の王太子クリスティアンは幼馴染のオルタ侯爵家の令嬢イメルダを側に侍らせどちらが婚約者なのかよく判らない状況。 そんなある日、グラシアナはイメルダのちょっとした悪戯で負傷してしまう。 グラシアナは「このチャンス!貰った!」と・・・記憶喪失を装い逃げ切りを図る事にした。 のだが…王太子クリスティアンの様子がおかしい。 目覚め、記憶がないグラシアナに「こうなったのも全て私の責任だ。君の生涯、どんな時も私が隣で君を支え、いかなる声にも盾になると誓う」なんて言い出す。 そりゃ、元をただせば貴方がちゃんとしないからですけどね?? 記憶喪失を貫き、距離を取って逃げ切りを図ろうとするのだが何故かクリスティアンが今までに見せた事のない態度で纏わりついてくるのだった・・・。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★ニャンの日present♡ 5月18日投稿開始、完結は5月22日22時22分 ★今回久しぶりの5日間という長丁場の為、ご理解お願いします(なんの?) ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。

処理中です...