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◇◆◇

 クリスタ達が魔女について話し合いを重ねていた時から、暫し時間は遡る。



 ディザメイア王国、王城。
 「王妃の庭園」を散策していたソニアは、大きなお腹を愛おしそうに撫でながら、隣を歩くヒドゥリオンに微笑みかけた。

「ヒドゥリオン様、最近は一緒に過ごす時間が増えて嬉しいです。この子が生まれてからも、こうして庭園をお散歩しましょうね」

 嬉しそうな輝く笑顔をソニアから向けられたヒドゥリオンは、考え事をしていた思案顔からハッと表情を変え、ソニアに向かって微笑む。

「──ああ、そうだな。もう、いつ産まれてもおかしくない。赤子を抱いてこの庭を散策するのもいいかもしれないな」
「この子には、太陽の光を沢山浴びて、すくすく健康に育ってもらわないとですね」

 にこにこと笑顔で会話を交わすソニアとヒドゥリオン。
 傍から見れば、幸せそうな家族だ。
 だが、ヒドゥリオンはソニアに笑いかけた後、視線を前方に戻し、侍従から報告された内容を思い出しては静かに苛立っていた。

(──クリスタが、クロデアシアの王子と共に……? しかも、旅先では身分を隠すためにあの王子と夫婦を演じていただと……? クリスタも、あの王子も一体何を考えている……! クリスタとの離婚が成立してからそんなに時間が経っていないというのに、二人で遠出をし、あまつさえ夫婦として振る舞うなど、有り得ん……!)

 離婚してから日が経っていないというのに、例え演技だとしてもクリスタが他の男と夫婦として振舞っていることにヒドゥリオンは自分勝手な憤りを感じる。

 離婚したとしても、クリスタが再婚する可能性など微塵も考えていなかったヒドゥリオンは、クリスタが自分以外の他の男と再婚する可能性があることに遅ればせながら思い至り、密かに衝撃を受けていた。

(それに、よりにもよってあの王子だと……!? あの王子だけは気に食わん……。子供の頃、クリスタに求婚したと聞いているが、まさかまだクリスタに未練があったのか? 本気でクリスタを……?)

 考え事をしているせいで、ヒドゥリオンは自分の足がいつの間にか止まってしまっていることに気付かなかった。
 庭を散策していたソニアが不思議そうな顔で、少し前方で立ち止まり、ヒドゥリオンを見ている。

 報告があったとは言え、ソニアの前でクリスタのことを考えていた、ということが知られればへそを曲げてしまう。
 ヒドゥリオンは慌ててクリスタのことを頭の中から追い出し、何食わぬ顔でソニアに向かって歩いて行く。

 穏やかな微笑みを浮かべ、ヒドゥリオンを待っていたソニアだったが──。

「──ぅっ」
「ソニア……!?」

 突然顔を顰め、お腹を押さえてその場に蹲った。

 蹲ってしまったソニアを視界に入れるなり、ヒドゥリオンは顔色を悪くさせてソニアに駆け寄る。
 そして近くにいた使用人に医者を呼ぶように叫び、ソニアの側に膝を付いた。

「ソニアっ、ソニアどうしたんだ……!?」
「ぅあ……っ、ヒドゥリオンさまっ、お腹が……っ」
「腹が……? まさか、腹の子に何かあったとでも言うのか……!?」

 慌てふためくヒドゥリオンに、苦しげに呻くソニア。

 少しして、使用人と共に医者が慌てた様子でやって来てソニアを見るなり部屋に移動するように指示をする。

 テキパキと使用人達に指示を始める医者に、ヒドゥリオンが顔色を悪くしたまま問う。

「ソニアは……? 腹の子は大丈夫なのか……!?」
「国王陛下、ご安心ください」

 医者は、ヒドゥリオンに向かって安心させるように柔らかい笑みを浮かべると、言葉を続けた。

「陣痛が始まりました。もうすぐ御子に会えますぞ」



 それからは、あっという間だった。

 王妃の庭園から大慌てで出産のために整えた部屋に場所を移し、大勢の使用人や医者が部屋を出入りする。

 ヒドゥリオンは執務室に戻ったが、第一子となる自分の子の誕生に仕事には身が入らず、ちらちら部屋の壁に掛けられている時計に目をやってしまう。

 まだか、まだかと子供の誕生を待つヒドゥリオンの下に知らせがやって来たのは深夜。
 夜の帳が降り、真っ暗になってどれくらい時間が経っただろうか、とヒドゥリオンが考えている頃合。

「陛下……! お生まれに……!」
「本当か!?」

 ソニアが出産のために入っている部屋のすぐ近くの控え室のような場所で待機していたヒドゥリオンは、呼ばれるなり大慌てで部屋に向かう。

 だが、ヒドゥリオンを呼びに来た使用人の顔色は悪く、瞳は戸惑いに揺れていた。
 ヒドゥリオンはそのことには気付かず部屋に入った。

「ソニア! 無事、生まれたか!」

 喜色満面で部屋に入って来たヒドゥリオンは、ソニアの胸に抱かれる赤子の顔をひょい、と覗き込み一拍遅れて目を見開いた──。

 室内にいる使用人たちは皆、顔色悪く気まずそうな表情で。

「──え」

 ぽつり、と呟いたヒドゥリオンの声は嫌に部屋に響いて消えた。



 ソニアの腕に抱かれている赤子はの女の子。
 ぱちり、と開いた瞳はヒドゥリオン、ソニアとは違う緑色をしていた──。
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