上 下
78 / 115

78

しおりを挟む

 ぼそぼそ、と声を潜めて会話をしている。
 その様はまるで密談をしているようで。
 この会話を外部に聞かれてはならない、と細心の注意を払っているようで。

 クリスタはヒドゥリオンの控えの間から聞こえて来る会話に呆然と立ち尽くした。


 ──このままではクリスタ王妃が国内の貴族達から反感を買ってしまいます。
 ──もしかしたら、暴動まで起きてしまうかもしれません。

 ──分かっている、だがそれをどう抑え込めば良いのか……。

 ──それならば、クリスタ王妃をお守りするために、わざと罰を与えては如何でしょう?
 ──国民を、国内の貴族達を欺いた罰としてクリスタ王妃の王妃としての権利も、権限も全て廃してしまうのです。

 ──それはっ、王妃を廃すると言う事か……!? 流石にそれは……っ

 ──ですが、そうしないと国民が納得しないかもしれません……!
 ──クリスタ王妃がヒドゥリオン様と私の子を手にかけようとした噂は貴族達に広まっています。見せ掛けだけです、パフォーマンスとしてクリスタ王妃に罰を与える形にして、お時間が経過し、ほとぼりが冷めた頃に再びクリスタ王妃に王妃の座に戻って頂くのです!

 ──な、なるほど……。一時だけ……一時だけだとクリスタに説明すれば……。

 ──そうです、ヒドゥリオン様。一時だけクリスタ王妃と離婚する事にすれば良いのです……!




「嘘、でしょう……」

 クリスタは、控えの間から聞こえて来る会話にざり、と後ずさってしまう。
 良い考えだ、とばかりに一時だけクリスタと離婚してまた時間が経った頃に元に戻せば良いと考えているようだが、そんな事がまかり通る訳が無い。

 ヒドゥリオンと離婚し、一度廃妃となってしまえばクリスタの国内での信用も何もかもが地の底に落ちてしまい、一時は王族で、国の国政に深く関わっているクリスタをそのまま放置しておく筈が無い。
 廃妃となった時点で、クリスタの下には暗殺者がやって来る可能性は高いだろう。

 その危険性も何もかもを見過ごし、廃した後はまた元に戻せば良いと軽く考えているヒドゥリオンにも、ソニアにもクリスタは正気を失っているのではないか、と考える。


 それに。
 クリスタが幼い頃からどれだけこの国の王妃となるべく努力して来ていたか。
 どれだけこの国をより良くしよう、と国政に心血を注いでいたか。
 その様を長年隣で見ていたヒドゥリオンは良く分かっている筈なのに。

 それなのに、簡単にクリスタを廃そうとするヒドゥリオンにクリスタは今度こそ、僅かに残っていた家族としての情も、信頼も何もかもを失った。

 
 クリスタは外に侍女を探しに出て来ていたが、くるりと振り返りそのまま足早に自分の控えの間に戻った。



「──クリスタ様。いらっしゃいますか?」

 入口の外から焦ったようなギルフィードの声が聞こえ、クリスタはそちらに顔を向けた。

「居るわ。どうしたの?」
「っ、失礼します……!」

 入口をバサリと開けて慌てたように入室して来たギルフィードに、クリスタは座っていたソファから立ち上がる。
 これ程までに慌てふためく様子のギルフィードの姿は珍しい。
 外でまた何かあったのだろうか、と考えたクリスタだったが、次にギルフィードの口から出た言葉に何故ギルフィードがこれ程慌てているか理解した。

「クリスタ、様……っ。今、国王と、あの寵姫が……っ」
「──……ああ……。貴方も聞いてしまった……?」

 はっ、と声を出して薄らと笑みすら浮かべているクリスタにギルフィードは混乱する。

「クリスタ様……? 既にご存知なのですか? ──それならば、何故……!」
「国王陛下が決めてしまった事を覆すと言う事は簡単じゃないわ。足掻くだけ無駄な事よ」

 けれど、とクリスタは仄暗い笑みを浮かべる。

「あの人は、私の十数年をどう思っているのかしらね……。あのような下策を提案されて、それを妙案ばかりと明るい声を出して……っ」

 クリスタはくしゃり、と自分の前髪を握り締める。

「──っ、どれだけ……っ」

 先代の国王と先代の王妃の心を蔑ろにし、最後まで国を想っていた前両陛下を思うとクリスタはやるせない気持ちを抱く。

 そして、今度はソニアに言われた言葉を鵜呑みにしてその行動を実行に移すだろうヒドゥリオンにふつふつと怒りを抱く。

「──っ、絶対に許さないわ……っ」

 ヒドゥリオンの控えの間がある方向を強く強く睨み付け、クリスタは憎しみすら籠った声音で許すものか、と続けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

甘やかされて育った妹が何故婚約破棄されたかなんて、わかりきったことではありませんか。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるネセリアは、家でひどい扱いを受けてきた。 継母と腹違いの妹は、彼女のことをひどく疎んでおり、二人から苛烈に虐め抜かれていたのである。 実の父親は、継母と妹の味方であった。彼はネセリアのことを見向きもせず、継母と妹に愛を向けていたのだ。 そんなネセリアに、ある時婚約の話が持ち上がった。 しかしその婚約者に彼女の妹が惚れてしまい、婚約者を変えることになったのだ。 だが、ネセリアとの婚約を望んでいた先方はそれを良しとしなかったが、彼らは婚約そのものを破棄して、なかったことにしたのだ。 それ妹達は、癇癪を起した。 何故、婚約破棄されたのか、彼らには理解できなかったのだ。 しかしネセリアには、その理由がわかっていた。それ告げた所、彼女は伯爵家から追い出されることになったのだった。 だがネセリアにとって、それは別段苦しいことという訳でもなかった。むしろ伯爵家の呪縛から解放されて、明るくなったくらいだ。 それからネセリアは、知人の助けを借りて新たな生活を歩むことにした。かつてのことを忘れて気ままに暮らすことに、彼女は幸せを覚えていた。 そんな生活をしている中で、ネセリアは伯爵家の噂を耳にした。伯爵家は度重なる身勝手により、没落しようとしていたのだ。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

婚約破棄目当てで行きずりの人と一晩過ごしたら、何故か隣で婚約者が眠ってた……

木野ダック
恋愛
メティシアは婚約者ーー第二王子・ユリウスの女たらし振りに頭を悩ませていた。舞踏会では自分を差し置いて他の令嬢とばかり踊っているし、彼の隣に女性がいなかったことがない。メティシアが話し掛けようとしたって、ユリウスは平等にとメティシアを後回しにするのである。メティシアは暫くの間、耐えていた。例え、他の男と関わるなと理不尽な言い付けをされたとしても我慢をしていた。けれど、ユリウスが楽しそうに踊り狂う中飛ばしてきたウインクにより、メティシアの堪忍袋の緒が切れた。もう無理!そうだ、婚約破棄しよう!とはいえ相手は王族だ。そう簡単には婚約破棄できまい。ならばーー貞操を捨ててやろう!そんなわけで、メティシアはユリウスとの婚約破棄目当てに仮面舞踏会へ、行きずりの相手と一晩を共にするのであった。けど、あれ?なんで貴方が隣にいるの⁉︎

海賊団に攫われた貧民〖イラストあり〗

亜依流.@.@
BL
襲撃事件で故郷を亡くしたシオンは、行方不明の親友・ジルと交わした約束を胸に、新しい地で忙しなく働く毎日を送っていた。 ある日の深夜。一日の重労働で倒れ込むように眠りについた彼は、騒がしい外の様子に目を覚ます。 窓を開けると、目の前には瞳をランランと光らせ、返り血を浴びた男が·····───シオンが次に目を覚ましたのは海賊船の中だった。船のメンバーはシオンをエルと呼び、幻の財宝を見つける為の鍵だと言う。生死を迫られ、シオンは男たちと行動を共にすることとなるが·····。 ──注意── 本編には暴力的な性描写が多く含まれます。

処理中です...