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「王妃殿下……っ! 王妃殿下……っ」

 真っ青な顔色でクリスタに駆け寄り、膝から崩れ落ちるように声を上げる侍女の剣幕にクリスタは何があったのか、と戸惑う。

「ちょっ、と……どうしたの? 何が起きたの……!?」

 普段とは違い、かなり取り乱した様子の侍女達にクリスタはソファから立ち上がり、侍女達の肩に手を添える。

 何事か、と驚くキシュートやギルフィードを他所に侍女二人は慌てふためいた様子で説明を始めた。

「本日……っ、建国祭から帰られる国賓の方々をっ、陛下と陛下の寵姫が見送りに……っ」
「その際に寵姫が倒れたのです……! 途端、その場は騒然として……っ、陛下が寵姫に何かをしようとしたのでは、と国賓を捕らえました……!」
「それで、倒れた際に寵姫は気を失っていたのですが……っ、先程目覚めて……」
「寵姫を診た医者が言うには……っ」

 そこで、侍女二人は耐えられなくなったのか、ぼろぼろと悔しそうに涙を零し始める。
 咽び泣くようにして、それでもクリスタに言葉を紡ぎ続ける。



「──寵姫が、懐妊した、と……!」



 ぐわん、と頭を鈍器で殴られたような感覚に陥り、クリスタの膝から力が抜け落ちてしまう。

「クリスタ様……っ!」

 よろめいたクリスタを支えるようにギルフィードがクリスタの体を支える。

「え……、懐、妊……?」

 ぽつり、と零した自分の声がまるで膜を張ったかのようにぼやり、と聞こえて来る。

「懐妊……嘘、でしょう……」

 ソニアが、子供を授かった。
 誰の子を──。

「ヒドゥリオンの……?」

 今までは、他者の前では決して国王の名を口にしなかったクリスタが。
 まるで迷子の子供のように頼りない声音でぽつりと呟く。

 それ程までに混乱し、戸惑いが隠し切れないクリスタの様子に侍女は悔しそうに、苦しそうに泣き、キシュートやギルフィードは眉を顰める。

 クリスタは自分を支えてくれているギルフィードの肩を抱く手に、縋り付いた。

「何故……。何で、そんな事が……」

 ソニアが懐妊した。
 その事が公になればこの国は、この国の貴族は、国民はどう思うだろうか。
 どう、行動するだろうか。

 クリスタは自分の足元がガラガラと崩れて行くような感覚に陥る。
 今までだって薄氷の上を何とか氷が割れてしまわないように気を付けて渡っていたような物だ。
 だが、今、この瞬間。
 その薄い氷はぱりん、と割れた。


◇◆◇

 それから一体どれだけの時間が流れたのだろうか。
 クリスタは自室でソファに座り、ぼうっと過ごしていた。

 気付けばギルフィードも、キシュートも部屋から居なくなっており、いつも側に居た侍女二人も、ナタニアの姿も無い。

 そして、皆が居ない代わりにクリスタの目の前。
 目の前のソファにはヒドゥリオンが座っている。


「──クリスタ。話は……聞いていると思うが……」

 重い沈黙を破り、ヒドゥリオンが口を開く。
 硬い表情をしてはいるが、何処かヒドゥリオンの瞳は嬉しそうで。
 ソニアが懐妊した、と言う事実を喜んでいるようだった。

「ソニアが私の子を妊娠した。ソニアが私の子を妊娠したのであれば、ソニアをこのまま他国の王族だから保護していた、と言う不明瞭な立場でいさせる事は出来ないのは分かるな?」
「……」
「ソニアを私の第二妃として正式に国内外に発表する。王妃は変わらずクリスタそなただが、今後国の政や他国との顔合わせ、外交などもソニアに任せて行くつもりだ。……ソニアは元々タナ国の王女だからな、王族としての教養もあり、他国との外交手腕もある」

 ならば、私は王族としての教養は無いとでも言うのだろうか、とクリスタはヒドゥリオンの言葉を聞き、ぼんやりと考える。
 ソニア、ソニアソニア。
 先程からヒドゥリオンは嬉しそうにソニアの今後の事を説明するだけで、それを聞かされるクリスタの気持ちはちっとも気にしていない。

 自分の伴侶が、他の女性との間に子を設けた。
 長らくクリスタとヒドゥリオンの間には子が出来なかった。
 だから、嬉しいのは分かる。

 クリスタだって、ヒドゥリオンとの子を望んでいた。それも王妃の、この国の王族として必要な、自分が成すべき事だから。
 ヒドゥリオン本人から急かされるような言葉も、態度も見せられた事は無いがやはり心の中では心待ちにしていたのだろう。
 自分の血を引く子供が。王族の血を引く跡継ぎが。

 ヒドゥリオンがまだ何かを話しているが、クリスタは俯いてか細く笑い声を零す。
 ヒドゥリオンには聞こえない程度の小さな声。

 クリスタはふっ、と顔を上げてヒドゥリオンを真っ直ぐ見つめ直し、そこで初めて言葉を発した。

「捕らえた国賓の方々を、直ぐに解放して下さい。これ以上拘束が長引けば国際問題に発展しますから」
「あ、ああ。それは勿論だ……。彼らに謝罪をして、詫びの品もしっかり持たせる」
「それから、陛下……。おめでとうございます」

 クリスタは頭を下げる。
 下げた先で、ぐっと唇を噛み締めた。その時、自分のお腹が視界に入り、くしゃりと顔を歪めた。
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