上 下
40 / 115

40

しおりを挟む


◇◆◇

 建国祭・最終日。

 その日は快晴で、風も無く気温も高く無く低くも無くとても過ごしやすい。

 目覚めてから自室に篭っていたクリスタも、少しずつ部屋の外に出るようになっていた。
 寝てばかりいては、体が訛ってしまうからと止めようとするギルフィードやキシュート、侍女達を説得してクリスタは城の廊下を歩いていた。

 そして、あれ程必死にギルフィード達が部屋に居た方が良い、と言っていた意味が分かった。

(──なるほど、ね……。になっているからギルフィード王子達は私を外に出さないようにしていたのね……)

 周囲から向けられる胡乱気な視線や態度。
 この国の王妃に向けられるような感情や、態度では無い。

(私が意識を失っている間、ヒドゥリオンは城の人間にどんな説明をしたのかしら。それを確認して、城の状況を確認して……それから貴族達や他国の国賓、来賓に探りを入れて……ああ、王都に住む国民の間にもどんな噂が流れているか調査をしないと……)

 やらなければならない事が後から後から溢れて来て、クリスタは頭痛を覚える。

「クリスタ王妃? 大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」

 クリスタの様子に気付いたギルフィードが慌ててクリスタの横に並び立つ。

「やっぱりお部屋に戻られた方が良いのでは……。急に動かれてはお体に障ります」
「ですが、体を動かして体力を戻さないといけません。建国祭が終わった後も忙しいですし、国賓として招いた他国の方々にお礼の手紙と贈り物も用意しなければ……」
「それ、は分かりますが……。クリスタ王妃は数日前に目覚めたばかりです。無理は禁物です」
「そうですよ、王妃殿下」

 クリスタの体を心配するギルフィードの言葉を援護するようにキシュートがギルフィードが居る反対側のクリスタの隣に並び立つ。
 そしてクリスタの顔を覗き込むようにして困ったように眉を下げてクリスタを止めた。

「王妃殿下の体調はまだ万全ではございません。ギルフィード王子の治癒魔法もまだ完全には終わっておりませんし、お部屋に戻り、治癒魔法の続きを掛けて頂きましょう」
「──……分かったわ」

 クリスタは数秒間、キシュートとじっと目を合わせた後諦めたように溜息を一つ零した。
 二人掛かりでクリスタを止めるように体を使って前に進めないよう塞がれてはどうしようも無い。

 廊下の隅でこちらを見てコソコソ、ヒソヒソと話をしている城の使用人や出仕している貴族達の目も気になる。

(一体何故、彼らはこんな態度なのかしら……。咎められないとでも思っているのかしら……?)

 後で侍女達に城のおかしな様子を聞いてみよう、と思いクリスタはギルフィードやキシュートに周囲の視線から守られるような形で私室に戻ったのだった。




 部屋に戻ったクリスタは、それから数時間ギルフィードに治癒魔法を掛けてもらった後、ギルフィードやキシュートと別れた。

 クリスタの湯浴みの準備や食事の準備をしてくれている侍女のナタニア夫人に視線を向け、クリスタはナタニアを呼び止めた。
 他の侍女はギルフィードとキシュートが部屋を出た時に一緒に帰っている。

「ナタニア夫人、少し聞きたい事があるのだけど……いいかしら?」
「はい。何でしょうか王妃殿下」

 クリスタに話しかけられたナタニアは、ぴしっと背筋を伸ばしてクリスタに振り返る。
 普段と変わらないナタニアの様子にクリスタは感謝しながら、廊下で抱いた疑問を口にした。

「城で働く使用人や、出仕している貴族達の視線が気になったのだけど……理由は知っているわよね……?」
「──っ、それ、は……」
「いいわ、咎めないからはっきり言ってくれる? 状況によっては陛下にお伝えしなければいけないから」

 クリスタの言葉に、暫し悩んだように視線を彷徨わせていたナタニアは、クリスタが一度こう、と決めたら考えを覆す事は無い事を知っている。
 腹を決めたようにきゅっ、と唇を引き結びクリスタに向かって口を開いた。

 建国祭にクリスタが不参加なのは怪我をしていると言う事を周知しておらず、何故かクリスタが突然我儘を言い建国祭を放棄した、と周囲に広がっていると言う事。
 国王ヒドゥリオンの寵愛が全てソニアに向かっている事に怒りを覚えたクリスタが嫌がらせのような形で行動を起こしたと言われている事。
 そしてそんな状況にも関わらず、ヒドゥリオンとソニア二人で必死に協力し、建国祭を無事開催させた事によって城の使用人や出仕している貴族達がヒドゥリオンとソニアの事を後押ししている事。

 それらを聞いたクリスタは、唖然として口をぽかん、と開いたままだ。

「なぜ……、そんな事に……。そのような噂を、陛下は放置していた、の……? 何故、そんな愚かな事を……!?」

 唖然としていたのは一瞬で。
 その後はふつふつと怒りがこみあがってくる。

 たかが噂、されど噂だ。
 放置して良くない方向に話が行ってしまっては収集に時間が掛かる。
 そして、その噂は実際クリスタにとって良くない方向に向かっていっている状況だ。

 王族に関わる噂話をここまで放置しては、建国祭のために国賓としてやって来ていた他国の人間にまでその不名誉な噂は耳にしているだろう。

「王妃である私に関しての不名誉な噂を収集出来ず、好き勝手な事を言わせている……。収集出来ない、と言う事は王族の権威が無い、と言っている事と変わりないのよ……! それを分かっていて、何故陛下は放置しているの……!」

 クリスタは声を荒らげ、自分の額に手を当てる。
 こらから必死に火消しをしたとて、招かれていた他国の人間の耳にはとっくに入っている。

「──っ、争いを招かなければいいけど……っ」

 いくらディザメイアが軍事力のある国だとして。
 いくらヒドゥリオンが力のある魔法剣士だとしても。一人ではどうする事も出来ないのだ。


 暫し二人の間に沈黙が落ち、クリスタがふ、と顔を上げたその時。

「──入るぞ、王妃」

 突然、前触れも無くヒドゥリオンがクリスタの部屋を訪れた。

「……陛下?」
「王妃の侍女はもう下がって良い。ご苦労だった」

 ヒドゥリオンはクリスタに目もくれず、ナタニアに向かってひらひらと手を振り、有無を言わさず彼女を部屋の外に出してしまう。

 突然の訪問と、ヒドゥリオンの勝手さにクリスタはキッとヒドゥリオンを睨み付ける。

「突然何用ですか陛下。今日は建国祭の最終日です。他国の国賓と会食があるのでは……?」
「会食は中止した。他国の彼らも明日の朝、早い時間に出立するからな。あまり遅い時間まで彼らを付き合わせる必要は無い」

 ヒドゥリオンはクリスタの問いに答えながら、バサバサと自分が着ていた服を脱ぎ、適当にソファに放り投げて行く。

「そのような、勝手な事を……っ。それは陛下のご判断なのですか?」
「それよりも。傷の具合はどうだ? 今日は部屋を出て廊下を歩いた、と聞いた。傷は痛まないのか?」
「私の質問に答えて下さい、陛下……! 傷などっ」
「ここ数日はお前の側にあの王子がずっと侍っていた……。王妃は私の妻だろう……っ、何故あの王子がしゃしゃり出て来るんだ……っ」
「──え、? 何を突然──……っ」

 ヒドゥリオンは喋りながらクリスタに近付き、クリスタの手首を自分の手で掴んだ。
 そしてヒドゥリオンの行動に戸惑うクリスタに構いもせず、ベッドがある部屋の奥に歩いて行く。

「──っ!? 陛下っ、話を……っ、建国祭の話をする、と仰っていたではありませんか……!?」
「怪我の傷も痛まないのだろう? クリスタ、自分の責務を果たせ」
「──っ!」

 冷たく言い放つヒドゥリオンに乱暴にベッドに投げられる。
 背中を打ち、唖然と振り返るクリスタに覆い被さるようにヒドゥリオンが底冷えのするような瞳でクリスタを見下ろしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】妹にあげるわ。

たろ
恋愛
なんでも欲しがる妹。だったら要らないからあげるわ。 婚約者だったケリーと妹のキャサリンが我が家で逢瀬をしていた時、妹の紅茶の味がおかしかった。 それだけでわたしが殺そうとしたと両親に責められた。 いやいやわたし出かけていたから!知らないわ。 それに婚約は半年前に解消しているのよ!書類すら見ていないのね?お父様。 なんでも欲しがる妹。可愛い妹が大切な両親。 浮気症のケリーなんて喜んで妹にあげるわ。ついでにわたしのドレスも宝石もどうぞ。 家を追い出されて意気揚々と一人で暮らし始めたアリスティア。 もともと家を出る計画を立てていたので、ここから幸せに………と思ったらまた妹がやってきて、今度はアリスティアの今の生活を欲しがった。 だったら、この生活もあげるわ。 だけどね、キャサリン……わたしの本当に愛する人たちだけはあげられないの。 キャサリン達に痛い目に遭わせて……アリスティアは幸せになります!

〖完結〗私が死ねばいいのですね。

藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。 両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。 それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。 冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。 クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。 そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全21話で完結になります。

かわいそうな旦那様‥

みるみる
恋愛
侯爵令嬢リリアのもとに、公爵家の長男テオから婚約の申し込みがありました。ですが、テオはある未亡人に惚れ込んでいて、まだ若くて性的魅力のかけらもないリリアには、本当は全く異性として興味を持っていなかったのです。 そんなテオに、リリアはある提案をしました。 「‥白い結婚のまま、三年後に私と離縁して下さい。」 テオはその提案を承諾しました。 そんな二人の結婚生活は‥‥。 ※題名の「かわいそうな旦那様」については、客観的に見ていると、この旦那のどこが?となると思いますが、主人公の旦那に対する皮肉的な意味も込めて、あえてこの題名にしました。 ※小説家になろうにも投稿中 ※本編完結しましたが、補足したい話がある為番外編を少しだけ投稿しますm(_ _)m

お幸せに、婚約者様。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

初めから離婚ありきの結婚ですよ

ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。 嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。 ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ! ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

処理中です...