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「ごめんなさい、クリスタ様……」
「そんなに謝らないで、ギルフィード王子。心配してくれたのでしょう? それに魔法まで……ありがとう」

 しゅん、と肩を落として落ち込む様子のギルフィードにクリスタはくすり、と苦笑いを浮かべた後、ギルフィードの肩をぽん、と叩く。
 幼い頃は自分より背の低かったギルフィードの頭を撫でてあげた記憶がある。
 けれど、年月が経ち大人になったギルフィードはクリスタより身長が高くなっており、落ち込むギルフィードの頭を撫でて慰めてやる事は出来ない。

(……やだわ、そもそもギルフィード王子も二十歳よ……もう子供じゃないのに。彼が落ち込んでいると何だか頭を撫でてあげたくなってしまうのよね……)

 子供の頃とは違い、背が高く伸び、細いけれど引き締まった体躯。服の上からでも分かる程均整の取れた体で、魔法一辺倒では無く体も鍛えているのだろう、と言う事が窺える。
 そして宝石のようなキラキラと輝く青い瞳がしゅん、と悲しそうに揺らめいていて。
 男らしい精悍な容姿なのに何故か大型犬を思わせるような愛嬌もある。

「──クリスタ様……?」
「え……? あ、ごめんなさいね。何でも無いの」

 クリスタがぼうっとギルフィードを見詰めていると、そんなクリスタの様子を不思議そうに見ていたギルフィードが首を傾げて問い掛けて来る。

 ギルフィードのその姿が、幼い頃の姿と重なってしまって。
 クリスタはふふ、と笑みを浮かべて近場にあるテーブルに向かって足を進めた。

「ギルフィード王子、こちらにテーブルがあるの。そこなら落ち着いてゆっくり話せるから、そこに行きましょう?」
「──はい!」

 自分から離れて行ってしまうクリスタに一瞬眉を下げたギルフィードだったが、だが直ぐにクリスタから庭園に設置されているテーブルに行こうと誘われぱあっと明るい笑顔を浮かべ、クリスタに駆け寄った。

 クリスタの隣に並んだギルフィードは自分の手をさっと差し出し、クリスタに話し掛ける。

「クリスタ様、掴まって下さい。手のひらに魔力を流してますから、手首も冷やす事が出来ます」

 クリスタは自分に向かって差し出されるギルフィードの大きな手のひらにぱちくりと目を瞬いてしまったが、笑顔を浮かべ礼を告げる。
 そしてそっと自分の手を差し出されたギルフィードの手のひらに重ねた。すると直ぐに自分の手首がひんやりと心地良い冷気で冷やされて気持ち良い。
 重ねられたクリスタの手を、ギルフィードはきゅっと握り締める。

 ギルフィードのその行動に驚いたのだろう。
 クリスタのグリーンの瞳が見開かれ、ギルフィードに視線を向けた。
 だが、ギルフィードはクリスタが口を開く前に何処か得意気に微かに胸を張って話し出す。

「随分、魔法の腕が上達したと思いませんか?」
「え──、あ、ええ、そうね。びっくりしてしまったわ。昔はあんなに魔法の練習が嫌だ、と言っていたのに……」
「──あっ! 笑いましたね、クリスタ様……っ」
「ふっ、ふふっ。ごめんなさい。だって嫌だ嫌だ、と駄々を捏ねて泣いてしまっていたじゃない?」
「あの頃は体内の魔力調整が全然上手く出来なくって……。熱は出るし、体は痛くなるし散々だったんですよ……」

 拗ねたように唇を尖らせてそっぽを向くギルフィードについついクリスタは笑ってしまう。

 夜会で再会した時は。
 いや、その前にヒドゥリオンとの婚姻式で数年振りに再会したギルフィードが大人になっていて。知らない男性のように見えてしまって、少し寂しさを感じていたクリスタだったが、ギルフィードは子供の頃から変わっていない。

 純粋で、子供の頃のように感情を隠す事が出来なくてすぐに顔に出てしまう。

(私とは……大違い……)

 ころころと表情が変わるギルフィードに、クリスタも自然と笑顔になる。

 人との会話が「楽しい」と感じる事が出来たのはいったいいつぶりだろう。クリスタはそう考えていた。



 クリスタとギルフィードが庭園に設置されているテーブルに移動し、椅子に腰を下ろした所で離れた場所に居た侍女が手際良くお茶と軽くつまめる軽食やデザートを準備する。
 そして準備が終わると、直ぐにまた少し離れた場所に戻る後ろ姿を見て、ギルフィードは感心したように呟いた。

「──へえ……。クリスタ様の気持ちをしっかり汲み取る、良い侍女ですね」
「ええ、そうなの。何か指示を出す前に察して動いてくれる、とても良い侍女達よ」

 目を細め、侍女を見詰めるクリスタにギルフィードも侍女達に視線を移す。

(本当に、クリスタ様を想って良く動く良い侍女だ。……彼女達は国では無く、クリスタ様に仕えてくれているな)

 へぇ、とギルフィードは嬉しそうに目元を和らげる。

(酷い噂ばかりで、王城にはクリスタ様の味方はいないのか、と思ったけど……彼女達は良い。クリスタ様の辛さを理解し、出過ぎない程度にクリスタ様を元気付けてくれるだろうな)

 ああ言う侍女は、我が国でも欲しいものだ、とギルフィードは優しい表情でクリスタと、侍女達に視線を向けたのだった。
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