上 下
12 / 115

12

しおりを挟む

 はらはら、と涙を零すソニアは美しく、そして儚い。
 みっともなく泣くのではなくただ静かに涙を流し続けるソニアはとても不憫に見えて。

 馬車の護衛をしている騎士も、そしてクリスタと同じ馬車に乗る予定だったヒドゥリオンもソニアを痛ましい面持ちで見詰めている。

「まあ……! 厚かましい」
「信じられませんわね、この夜会を誰のために開いたのか、こんなに迷惑を掛けているのにそれ以上陛下と王妃殿下を煩わせるのは如何なものか……」

 クリスタの侍女達が後ろでぼそぼそと小声でやり取りしているのを、クリスタは振り向いて制す。
 騎士達やヒドゥリオン本人に侍女の声は聞こえていないが、もし万が一聞こえてしまっていたら今のヒドゥリオンはきっと侍女達を罰するだろう。
 それ程にソニアに同情し、彼女の言葉に胸を痛めている。

「──ソニア、一人になると言ってもほんの暫しの時間だけだ……すぐにそなたを会場に呼ぶ。だから何も恐ろしい事など無い。それに、護衛だってソニアについている。怖くないだろう?」
「不安かもしれませぬが、王女様はしっかりと私共でお守り致します……!」

 ヒドゥリオンの言葉に同意するように側にいた護衛騎士が声高に宣言する。
 その姿を見てクリスタはぽかん、としてしまう。

(護衛騎士達までソニアに……。確かに美しい少女ではあるけれど……)

 ヒドゥリオンのように護衛騎士達もがソニアに夢中になり、頬を染めて憐れむように見ている。

 皆がソニアを囲み、ソニアを慰めているこの光景が異様な物のように見えて。
 クリスタは違和感、と言うか、気持ちの悪い光景に一歩後ずさった。

「──分かった、分かったソニア……。これ以上泣くんじゃない」
「うっ、うぅ……っヒドゥリオン様ぁ……」

 はらはらと涙を流すソニアを抱き寄せるヒドゥリオンの姿に、クリスタはぴくりと眉を寄せる。
 抱き寄せられたソニアはぎゅうっ、とヒドゥリオンの背中に自分の腕を回して必死に抱き着いている。

 ヒドゥリオンはソニアを落ち着かせるように背中をぽんぽんと優しく叩き、なだめながらクリスタに顔を向けた。

「──王妃……」
「……何でしょうか」

 この先のヒドゥリオンの言葉を察し、クリスタは声音を低くして素っ気なく返答する。

 クリスタのその声音と、表情を目にしたヒドゥリオンはクリスタから気まずそうに視線を逸らしながらそれでも口を開いた。

「すまないが、ソニアと共に入場する……。王妃は私の後ろに──」
「お言葉ですが陛下。それが、何を意味するかお分かりですか? 他国の招待客が居らぬとは言え、国内の貴族は多く参加致します。その場で、私では無く、王女をエスコートするその意味を理解しておりますか」

 冷たく、責めるようなクリスタの表情と声音にヒドゥリオンはぐっと言葉を飲み込む。
 周囲に居た護衛騎士達も流石に声を発する事無く、黙り込んで俯いている。

 はらはらと悲しそうに涙を流すソニアを拒むのか、そんな酷い事をするのか、と言うような雰囲気を感じてクリスタはぐっと自分の唇を噛み締める。

「そ、そう言えば王妃……」
「何でしょうか、陛下」

 話を逸らすつもりか、とヒドゥリオンに冷たい視線を向けたクリスタは、自分と視線を合わそうとしないヒドゥリオンにむかむかとした感情が込み上げて来る。
 話を逸らそうとして、有耶無耶にしたままソニアをヒドゥリオンがエスコートする事に同意する事は出来ない。

 ほんの少し、ほんの少しだけ遅れてソニアが入場すればいいだけだ。
 一人で入場する事が心細かろうが悲しかろうが、そんな状況を作ったのはヒドゥリオンとソニア二人だ。
 二人のためにこれ以上クリスタは譲歩するつもりはさらさらないのだ。

 だが、クリスタはヒドゥリオンが口にした次の言葉にぎょっと目を見開いてしまった。

「クロデアシアの第二王子が此度の夜会に参加する……。建国祭に間に合わせるために少し早めに出立した、らしい。……今はアスタロス公爵家の邸に滞在していて……公爵が今日の夜会に招待したらしいのだ」
「──っ!? 何故っ、そのような大事な事を今!」
「すまん……私も昨夜、公爵から報告を受けたばかりでな……」
「昨夜であれば、今日一日時間があったではございませんか!? それを何故今っ、他国の王族を何も準備せぬまま夜会に招待など……っ」
「すまない。クロデアシアの王子の事は王妃に頼んでもいいだろうか」

 あっさりと軽く告げるヒドゥリオンにクリスタはくらり、と目眩を感じる。
 他国の王族が参加すると言うのにその事実を既に夜会が始まっている今、言うのかとクリスタが混乱している内にヒドゥリオンはささっとソニアを抱き上げて立ち上がった。

「と、取り敢えず会場に向かおう。私はソニアと馬車に乗る。……王妃は静かに一人で考えたいだろう……」

 ヒドゥリオンはそれだけを言うと、逃げるようにそそくさとその場を離れ馬車に向かって歩いて行ってしまう。
 周囲が唖然としている内に馬車の扉を開けさせ、ソニアを中に乗せる。

 クリスタが唖然としたままそちらに視線を向けていると、ヒドゥリオンが馬車に乗り込む寸前。
 ソニアがちらりとクリスタを見やり、愉しげに自分の唇を笑みの形に歪めた──。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

父の大事な家族は、再婚相手と異母妹のみで、私は元より家族ではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
フィロマという国で、母の病を治そうとした1人の少女がいた。母のみならず、その病に苦しむ者は、年々増えていたが、治せる薬はなく、進行を遅らせる薬しかなかった。 その病を色んな本を読んで調べあげた彼女の名前は、ヴァリャ・チャンダ。だが、それで病に効く特効薬が出来上がることになったが、母を救うことは叶わなかった。 そんな彼女が、楽しみにしていたのは隣国のラジェスへの留学だったのだが、そのために必死に貯めていた資金も父に取り上げられ、義母と異母妹の散財のために金を稼げとまで言われてしまう。 そこにヴァリャにとって救世主のように現れた令嬢がいたことで、彼女の人生は一変していくのだが、彼女らしさが消えることはなかった。

あなたの事は記憶に御座いません

cyaru
恋愛
この婚約に意味ってあるんだろうか。 ロペ公爵家のグラシアナはいつも考えていた。 婚約者の王太子クリスティアンは幼馴染のオルタ侯爵家の令嬢イメルダを側に侍らせどちらが婚約者なのかよく判らない状況。 そんなある日、グラシアナはイメルダのちょっとした悪戯で負傷してしまう。 グラシアナは「このチャンス!貰った!」と・・・記憶喪失を装い逃げ切りを図る事にした。 のだが…王太子クリスティアンの様子がおかしい。 目覚め、記憶がないグラシアナに「こうなったのも全て私の責任だ。君の生涯、どんな時も私が隣で君を支え、いかなる声にも盾になると誓う」なんて言い出す。 そりゃ、元をただせば貴方がちゃんとしないからですけどね?? 記憶喪失を貫き、距離を取って逃げ切りを図ろうとするのだが何故かクリスティアンが今までに見せた事のない態度で纏わりついてくるのだった・・・。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★ニャンの日present♡ 5月18日投稿開始、完結は5月22日22時22分 ★今回久しぶりの5日間という長丁場の為、ご理解お願いします(なんの?) ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。 王子が主人公のお話です。 番外編『使える主をみつけた男の話』の更新はじめました。 本編を読まなくてもわかるお話です。

処理中です...