上 下
41 / 42

地下牢での再会

しおりを挟む

地下牢へと続く階段へと足を踏み入れ、ゆっくりと下っていく。
自分の肌を打つ冷たい風が階段の下方から流れて来ておりミュラーはぶるり、と震える自分の体を両腕で抱き締めた。

「ミュラー、寒い?大丈夫?」

隣を歩いていたレオンが心配するようにミュラーの顔を覗き込み、自分が着ていたコートを脱ぐとミュラーに羽織らせる。
レオンはそっとミュラーの肩を抱くと、自分の方へと引き寄せて温めようとミュラーの腕を擦る。

「ありがとうございます、レオン様…。大丈夫です」
「うん、無理しないで…ニック・フレッチャーと会う時は俺の傍にいるんだよ」

ぎゅう、と抱き締める自分の腕に力を入れるとレオンはミュラーにそう告げる。
本当はミュラーとニックを合わせる事などしたくないのだ。あの日の出来事を再度思い出させる事などしたくない。
尋常ではない状態のニックにミュラーを会わせたくなんて無かった。

「くそ…っ、刑罰の確定の為とは言え、時間も置かずにミュラーをニック・フレッチャーとなんて会わせたくないのに…」

レオンは自分達の前を歩く宰相と、自分の友人オリバーに視線を向けると胸中でオリバーに毒づく。

(オリバー、俺が反対するのを分かっててわざとこの件を話さなかったんだな…)

階段を下り、暫く通路を歩いて行くと堅牢な門の前に到着した。
オリバーの話からして、国家犯罪者を収監しているのはこの奥らしくニック・フレッチャーとキャロン・ホフマンはこの先にいるようだ。
国で禁止している禁止薬物を流通、常用、他者への無断使用を犯した者は国家犯罪者となってしまう。
この奥に収監されている者達はもう二度と陽の光を浴びる事が出来ない運命の者達だ。

「ニック・フレッチャーの独房はこちらです、宜しいですか?」

オリバーの問いかけに、ミュラーとレオンは頷くとそっとその案内された独房へと足を進めた。

独房の中からは意味の成さない叫び声が聞こえてきており、錯乱状態にあるらしく支離滅裂な言葉を話し続けている。
じゃり、と石畳の床を靴底が滑る音に反応したニック・フレッチャーが虚ろな瞳で独房の外へと視線を向けた。

「──っ、!ミュラー!!ミュラー!やっと来てくれたんだね、ずっと待っていたんだっ!」

─ガシャン!と独房に嵌められた鉄柵に走り寄ると、自分の両手で鉄柵を握り締めガシャン、ガシャン、と力任せに揺すっている。

「…ひっ、」
「ミュラー…」

必死の形相に恐れを抱いたミュラーが怯むと、隣にいたレオンがぎゅっと力強く肩を抱き、ミュラーの顔を自分の胸へと押し付ける。

「あんな物はミュラーの視界に入れなくていいよ」
「貴様!俺の、俺の!ミュラーから離れろ!俺とミュラーは結婚するんだ!妻に手を出す不届き者を今すぐ処断しろっ!!」

興奮と怒りに濡れた瞳でレオンを睨み付けるニックに、レオンは宰相とオリバーに視線を向けると唇を開く。

「…もう執着と妄言の確認は取れたでしょう?」
「ええ、そうですね。ご協力頂き感謝します」
「看守、その者に鎮静剤を」

レオンとオリバーの会話の後に、宰相が看守へと素早く指示する。
レオンの胸元に顔を埋めた自分にはニックの喚き声しか聞こえないが、自分を抱き込むレオンの大きな手のひらで耳も覆われ、ニックの声も聞こえにくくしてくれている。

「次は?キャロン・ホフマンだったか?」

レオンの声に、オリバーは無言で頷くとニックから離れた独房へと案内する。

「キャロン・ホフマンは先程のニック・フレッチャー程大きく暴れている訳ではないが、やっぱりお前を夫と呼び妄言を呟いているよ」
「いい迷惑だな…、良くも知らない女の口から自分の名前を呼ばれるのは気分が良くない」

レオンは吐き捨てるようにそう言うと、苛立たしさを隠しもせず剣呑な瞳でもう一箇所の独房へと視線を向ける。
独房へと近付いて行くと、ぶつぶつとか細い女の声が独房内から響いてくるのを自分の耳が拾う。
脈絡のない言葉達の中に、レオンの名前が度々出てきて、レオンは自分の名前を呼ばれるその嫌悪感に表情を歪めた。

「ここが、キャロン・ホフマンの独房です」
「…ミュラー、ここにいて」
「レオン様?」

自分の肩を抱いていたレオンの温もりが離れていく事に不安を感じたミュラーは、レオンを心配するように呼び止める。
レオンは大丈夫だと言うように微笑むと、ミュラーの頭を一撫でしてキャロン・ホフマンへと近付いた。

「あぁ、レオン様…何故迎えに来て下さらないの…?先日式を挙げたばかりなのに…お忙しいの…?」
「…キャロン・ホフマン」
「─!レオン様、レオン様っ!お待ちしてましたのよ!やっと私を迎えに来て下さったのね、早く私達の邸へと帰りましょう!」

先程のニックと同じく、レオンの姿に気が付いたキャロンは独房の鉄柵に走り寄ると歪んだ笑みでレオンに話し掛ける。
縋るように鉄柵からほっそりとした腕を伸ばし、レオンの体に触れようとするその姿にミュラーは不快感に眉根を寄せる。
そっと伸ばされた腕から距離を取ると、レオンは感情の籠らない声音でキャロンに告げる。

「君に俺の名前を呼ぶ許可を出した覚えはない。不愉快だ、辞めてくれ。それに、俺が君の夫?笑わすのは良してくれ。俺の妻はミュラーだし、俺が愛しているのもミュラーだけだ」
「っ、何故そんな事を仰るのですか!私達は永遠を誓い合ったではないですか!あの日の誓いは嘘だったとでも言うのですか!」
「君の言う誓いとは何だ?君とは舞踏会で顔を合わせたあの場が初対面だし…それに」

レオンは後方にいるミュラーに聞こえないように目の前にいるキャロンに聞こえるくらいの声量で言葉を続けた。

「君に女性としての魅力を微塵も感じない。男として君にまったく反応しない、そんな人と俺が結婚する訳ないだろう?」

その言葉を聞いたキャロンは激しく興奮して顔を真っ赤にし、凡そ貴族令嬢としては口に出せないような罵詈雑言をレオンに向けて放っている。
貴族の令嬢としての矜恃も女性としてのプライドも折られたキャロンは貴族令嬢としての姿を失い、髪を振り乱して般若の形相で叫んでいる。

レオンはそんな様子のキャロンを侮蔑の瞳で見下ろしてから、後ろにいた宰相とオリバーに振り返ると、「確認はこれで大丈夫でしょう?」と笑いかける。

未だ口汚い言葉で喚き続けるキャロン・ホフマンを振り向きもせず朗らかな表情でレオンはミュラーの元へと戻って行った。





「お2人のご協力のお陰でニック・フレッチャー、キャロン・ホフマン両名共に特定の人物への執着と妄言の確認を取れました、ご協力感謝致します」

オリバーの言葉に、レオンとミュラーは頷くと地下牢から出て2人の身内が待つ応接室へと戻る為宰相とオリバーに頭を下げる。
宰相と補佐官であるオリバーは先程の2人の処遇についてまだ暫し地下牢で様子を見つつ話し合うようだ。
応接室への案内を付けようか?と言ってくれるオリバーにレオンは首を振ると場所は分かるから、とお礼を言い丁重に断った。

「ミュラー、戻ろうか」

笑顔で話しかけてくれるレオンに、ミュラーも笑顔で頷くと自然と繋がれる手のひらにミュラーは擽ったそうに笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

たとえ番でないとしても

豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」 「違います!」 私は叫ばずにはいられませんでした。 「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」 ──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。 ※1/4、短編→長編に変更しました。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

あなたの事は記憶に御座いません

cyaru
恋愛
この婚約に意味ってあるんだろうか。 ロペ公爵家のグラシアナはいつも考えていた。 婚約者の王太子クリスティアンは幼馴染のオルタ侯爵家の令嬢イメルダを側に侍らせどちらが婚約者なのかよく判らない状況。 そんなある日、グラシアナはイメルダのちょっとした悪戯で負傷してしまう。 グラシアナは「このチャンス!貰った!」と・・・記憶喪失を装い逃げ切りを図る事にした。 のだが…王太子クリスティアンの様子がおかしい。 目覚め、記憶がないグラシアナに「こうなったのも全て私の責任だ。君の生涯、どんな時も私が隣で君を支え、いかなる声にも盾になると誓う」なんて言い出す。 そりゃ、元をただせば貴方がちゃんとしないからですけどね?? 記憶喪失を貫き、距離を取って逃げ切りを図ろうとするのだが何故かクリスティアンが今までに見せた事のない態度で纏わりついてくるのだった・・・。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★ニャンの日present♡ 5月18日投稿開始、完結は5月22日22時22分 ★今回久しぶりの5日間という長丁場の為、ご理解お願いします(なんの?) ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。

公爵令嬢ディアセーラの旦那様

cyaru
恋愛
パッと見は冴えないブロスカキ公爵家の令嬢ディアセーラ。 そんなディアセーラの事が本当は病むほどに好きな王太子のベネディクトだが、ディアセーラの気をひきたいがために執務を丸投げし「今月の恋人」と呼ばれる令嬢を月替わりで隣に侍らせる。 色事と怠慢の度が過ぎるベネディクトとディアセーラが言い争うのは日常茶飯事だった。 出来の悪い王太子に王宮で働く者達も辟易していたある日、ベネディクトはディアセーラを突き飛ばし婚約破棄を告げてしまった。 「しかと承りました」と応えたディアセーラ。 婚約破棄を告げる場面で突き飛ばされたディアセーラを受け止める形で一緒に転がってしまったペルセス。偶然居合わせ、とばっちりで巻き込まれただけのリーフ子爵家のペルセスだが婚約破棄の上、下賜するとも取れる発言をこれ幸いとブロスカキ公爵からディアセーラとの婚姻を打診されてしまう。 中央ではなく自然豊かな地方で開拓から始めたい夢を持っていたディアセーラ。当初は困惑するがペルセスもそれまで「氷の令嬢」と呼ばれ次期王妃と言われていたディアセーラの知らなかった一面に段々と惹かれていく。 一方ベネディクトは本当に登城しなくなったディアセーラに会うため公爵家に行くが門前払いされ、手紙すら受け取って貰えなくなった。焦り始めたベネディクトはペルセスを罪人として投獄してしまうが…。 シリアスっぽく見える気がしますが、コメディに近いです。 痛い記述があるのでR指定しました。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

処理中です...