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ゲストルームの扉の向こうで 3

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ばたーん!と派手な音を立てて、アウディがゲストルームに転がり込んで来る。
派手にドアを蹴破ったのは舞踏会の王族警護にあたっていた近衛兵で、近衛兵の後方にはホーエンスが呼んで来てくれたのだろう、衛兵も続いてゲストルームへと入ってきていた。

アウディはしっかりとレオンの言った通りに、10分経っても出てこない兄に不安になりながらゲストルームのドアノブにそっと手をかけた。
そうしたら、ガチンと音を立てるだけで扉が開かない。扉へ耳を寄せれば中ではレオンとミュラーの声ではない物が聞こえた為レオンの言っていた「最悪の状況」がゲストルームの中で起きているのだと分かったアウディは、レオンの指示通り近衛兵へと報告へ向かったのだ。

報告に些か時間が掛かってしまい、ゲストルームへと戻るのに少し時間が空いてしまったが大丈夫だろうか、と心配しながら部屋へと入った瞬間、自分の視界に飛び込んで来た部屋の惨状に一瞬動きが静止する。



部屋の中にはニック・フレッチャーが床に転がり腕を抑え痛みに呻いているし、見知らぬ令嬢がまたも床に倒れ込み何事か呟き続けている。
恐らくソファの前にあったのだろうローテーブルは足が折れ、分厚い硝子のテーブル表面はバリバリに割れて床に散り、照明の明かりを受けてキラキラと床が煌めいている。
高級そうな水差しは何事か呟いている令嬢の側に落ちていて、硝子の厚い底面は何故か亀裂が走り今にも割れてしまいそうになっていた。

そんな異常な室内で、レオンがミュラーと思わしき女性をしっかりと抱き締めソファに座って顔中に口付けている。
自分の着ていたコートをミュラーの頭から被せ、顔を隠しているのだろうか。
自分の胸元へミュラーの頭を抱き込むと、レオンはやっとアウディ達へと顔を向けた。


「助かった、アウディ」
「え、いや、え、ええ」

呆気に取られていたアウディだが、室内に入っていく近衛兵と衛兵に続いてレオンへと足を進める。
後ろにいたホーエンスも室内の惨状を見て「うわぁ」と後ろで呻いているようだ。

「兄上、え、これ…何があったんですか」

これ、と言いながらアウディが床に転がるニックを指差すとレオンはチラリと視線をやり、近衛兵に拘束されているニックを恨みの籠った眼差しで射殺すように見やると唇を開く。
近衛兵と衛兵も現状把握の為か、ニックを拘束するとレオンの話を聞きに側に来る。

「…ニック・フレッチャーと、そこの、ああ、床に倒れている令嬢はキャロン・ホフマン嬢なのだが…2人がどうやら手を組んでいたみたいだな。俺とミュラーに媚薬を盛った後でこのゲストルームに誘導するよう王宮の使用人を買収していたみたいだ。つい先程交代したばかりの使用人には自分達が潜んでいる事を隠し、この部屋に俺たちを誘導するよう裏で糸を引いていたんだろう」
「…2人が潜んでいて、それで兄上とミュラーが媚薬で上がった熱を冷ます為にここに来るだろうから、招き入れて…って事ですか…」
「ああ。最初はキャロン・ホフマン嬢の姿しかなかったから油断した。後ろからニック・フレッチャーに襲われてこの有様だ」

室内をぐるりと見渡し、レオンが疲れたようにそう零す。

「ああ、あとキャロン・ホフマン嬢の拘束も頼む。俺に媚薬を持って無理矢理体の関係を迫ってきた危険な女だ。それと、恐らく例の禁止薬物もキャロン・ホフマン嬢が持っている。俺に盛ろうとしたよ」
「なっ!それは本当ですか…!」

レオンの話に驚いたように近衛兵と衛兵が声を荒らげる。
オリバーからしっかりと話は行っていたようだ、とレオンはほっと息をつく。
ああ、と頷くと服用されそうになったから水で吐き出した。と事も無げに答える姿に近衛兵と衛兵が慌ててキャロン・ホフマンも拘束する為駆け寄って行った。

「っ、!いやっ!触らないでっ私に触れてもいいのはレオン様だけよっ!レオン様レオン様っ!私と結婚すると仰って下さったじゃない!何で、他の男なんかに触らせるのっ!」
「っ暴れるな!」
「ああ、キャロン・ホフマン嬢は見ての通り禁止薬物常用者だ。こっちのニック・フレッチャーも」

レオンの言葉に近衛兵と衛兵は苦虫を噛み潰したように表情を歪めると、団長の元へと連れていきます、とレオンへ伝える。

「祝いの場でこのような事が起きてしまい大変申し訳ございません。警備体制の見直しを致します…お2人はお体は大丈夫でしょうか…?」
「ああ、禁止薬物は俺はすぐに吐き出したし、彼女も禁止薬物は摂取していない…盛られたのは媚薬一種類だけだが、どうも効き目がおかしい…ホフマン家で違法改良している可能性があるのでこの件も調べて欲しい」
「違法改良まで…っ、かしこまりました。…我々は一先ずこの者達を連行致します。お2人もお体が辛いでしょうから、後日改めて王城へとお越しください」
「了解した、アルファスト家とハドソン家に連絡を入れてくれれば大丈夫だ」

そのレオンの言葉を聞いて、近衛兵と衛兵は一礼するとニックとキャロンを引き連れてその場を後にした。

「……っ」

レオンは取り敢えず何とかなった、と安堵の溜息を零すと、腕の中で未だ熱い吐息を零すミュラーに視線をやる。

「アウディ、本当に助かった」

ありがとう、と続けるレオンにアウディはぶんぶんと首を横に振ると、兄上とミュラーが無事で良かったです。と呟いた。
ホーエンスもほっとしたように表情を和らげている。

「あー…2人とも、折角助けに来てくれたんだが…すまない」

気まずそうにレオンが視線を外し、唇を開く。

「多分俺とミュラーに盛られた媚薬は違法改良された物だ…耐性がないミュラーに効きすぎている」
「─!あぁ、はい。分かりましたよ。俺達にミュラーのその表情を見せたくないんですね」

いち早くレオンの言いたい事を察したアウディが、後ろにいたホーエンスの背中を押しながら部屋から退出しようと足を進める。

「…悪い。伯爵とラーラが到着したら事情を話して待っていてくれ…ミュラーも熱に魘された自分を見られたくないと思う…」
「…分かってると思いますけど兄上…」
「あぁ、こんな状態のミュラーに手を出す程落ちぶれていないよ」
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