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月明かりの元で

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美しい音色と共にワルツを踊る男女が煌びやかなホール内、軽やかな動きでワルツを踊る男女の中に、ミュラーとレオンはいる。

「…ミュラー、俺とこうしてワルツを踊ってくれてありがとう」
「っいえ、こちらこそ申し込んで頂き嬉しいです」

ミュラーは、自分が正しくステップを踏めているのか
綺麗にワルツを踊れているのかまったく分からない。
何とか表情には出さず、平静を保ってはいるが
先程からバクバクと鼓動を刻む自分の心臓にレオンにバレていないか、と心配になる。

(こんなにレオン様と密着した事がなくって…頭の中がぐちゃぐちゃになりそう…っ)

優しく微笑みながらレオンに言われた言葉に勘違いをしそうになる。
お願いだからそんな熱の篭った瞳で見詰めないで欲しい。
優しく自分をホールドするレオンに、心強くダンスのリードをしてくれるレオンに好きだ、と叫びたくなってしまう。

(私ばかりレオン様の事が好きで、もう嫌…!)

先日からレオンには振り回されてばかりだ。
そして、そんなレオンの態度に一々振り回されてしまう自分がもっと嫌だ。
ミュラーはくしゃり、と表情を歪めると唇をキツく噛み締める。
そのミュラーの表情を見たレオンは、苦しそうに眉根を寄せて唇を開いた。

「ミュラー、このダンスが終わったら話したい事があるんだ。庭園で少しだけ俺に時間を割いてもらえないかな?」
「…?ええ、わかりました…」

ありがとう、と嬉しそうに微笑むレオンの顔をミュラーは直視出来ず、目尻を赤く染めて視線を逸らした。
そのタイミングで、丁度ワルツが終わりレオンに腕を救い取られるとお礼の挨拶をされる。
そして、そのままミュラーの腕を掬いとったまま、ダンスホールから出る為にミュラーをエスコートして行くと、自分の父親がいる場所へと辿り着く。

「ハドソン伯爵、ミュラー嬢と話したい。彼女と庭園に出ても宜しいか?」

レオンのその言葉に、ミュラーの父は一瞬だけ不安そうに瞳を揺らしたが
レオンのその表情を見て「分かった」と頷いた。

父親の不安に揺れた瞳に気付いたのだろう、レオンはちらりと周囲に視線を巡らせたがあの男の姿を先程見た場所で見つける。
ダンスを申し込めず、元の場所へと戻ったのだろう。
今は他の令息達と談笑しているのが見て取れた。

今なら、ゆっくりとミュラーと話が出来るかもしれない。
自分も今解毒薬は身に付けている。
そして、アウディとホーエンスも恐らく2人に近付く不審な影は止めてくれるだろう。

レオンは自分達を助けてくれる沢山の人物達に感謝をしながら、ミュラーへと振り向く。


「ミュラー、行こうか」
「はい」

しっかりと自分の瞳を見つめて頷いてくれるミュラーにレオンは笑いかけると、ミュラーを伴い王宮の庭園へと足を進めた。




王宮の庭園は夜の月の光を浴びてとても幻想的な雰囲気になっている。
2人はぽつり、ぽつり、と会話を交わしながら会場から見渡せる場所にあるベンチに辿り着いた。

「ああ、ここならダンスホールからも見渡せるし、ミュラーの父君もあそこにいるのが見えるね。ここで話をしようか」

誰にも身咎められないような場所ではなく、ホールからも良く見通せる場所を指定してくれたレオンにミュラーはほっとする。
ここで、レオンが人気の余りない場所へと進むようであればミュラーはすぐさま引き返そうとしていた。
そんな紳士にあるまじき不誠実な事をするような人ではない、とは分かっているが未婚の男女が姿を消したら面白可笑しく噂されてしまうのが貴族社会だ。
実際何もなくてもあたかも何かがあったように吹聴されてしまう。
そうすると、「傷物」として不名誉なレッテルが貼られてしまうのだ。
一度傷物というレッテルが貼られてしまった令嬢に明るい未来はない。

よくよく見渡せば、婚約者同士の男女も離れた場所で思い思い2人の時間を過ごしているようだ。
人の目がない場所ではなく、程よく人がいて、でも2人の間に、会話に水を刺さない程度の人の気配。
幻想的な庭園の美しさにも心を癒され、ミュラーはレオンへと視線を流した。

「…っ」
「ああ、やっとこっちを見てくれた」

ばちり、と絡み合った視線に頬が紅潮する。
嬉しそうに破顔したレオンの表情を見て、ミュラーはくらくらとこの雰囲気に酔ってしまいそうな気分になる。

「ミュラーの姿を見るまで、気が気じゃなかったんだ」
「?どういう事でしょう?」

そのミュラーの言葉にレオンはミュラーの髪の毛を美しく纏め上げて、月光にキラキラと反射している自分が贈った髪飾りに視線を移す。

「この髪飾りを付けてくれているミュラーを見た時、本当に嬉しかったんだ」

たっぷりと砂糖をまぶしたような甘いレオンの声音に、ミュラーはぞくり、と甘い痺れに体が震えるのを感じる。
聞いた事のない甘い響きに体がぞくぞくと甘い痺れに震えて顔はもう真っ赤になっているだろう。

その髪飾りの花は、リナリア。
リナリアの花言葉は「この恋に気付いて」

自分の気のせいではなかった。
レオンは、しっかりと花言葉を理解した上でこの髪飾りを贈ってくれていた。

「ミュラーに、贈る時は手が震えたよ。いつもミュラーはこんな気持ちで俺に言葉を伝えてくれてたんだ、と考えたら本当にミュラーの強さには敵わない」
「ぁ…、」
「どれだけ自分の恐怖心を殺して俺に気持ちを伝えてくれたんだろう、って考えて。その気持ちを無下に断って、どれだけミュラーを傷付けてきたんだろう、って…どうしても答えられない事情があったとは言え、過去の自分をぶん殴りたくなったよ」
「レオン様…」

レオンの瞳がキラキラと月の光を反射して美しく輝いている。
ミュラーは、きっと自分の瞳も涙の膜が張って煌めいているのだろうか、と何処かぼうっとする頭で考えた。

「愛しい人に想いを告げるという事がこんなに泣きたくなる位、震える位恐ろしい行為だと気付けてなかった愚かな俺を許してくれ…」
「──っぅ、」

ボロっ、と。とうとうミュラーは自分の瞳から零れ落ちる涙を堪え切れる事が出来なかった。
小さく嗚咽を零しながら、ボロボロと涙が零れ落ちてしまった。



庭園ではその優しい月明かりが、2人のその姿を慈しむように包み込んでくれていた。
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