27 / 42
月明かりの元で
しおりを挟む美しい音色と共にワルツを踊る男女が煌びやかなホール内、軽やかな動きでワルツを踊る男女の中に、ミュラーとレオンはいる。
「…ミュラー、俺とこうしてワルツを踊ってくれてありがとう」
「っいえ、こちらこそ申し込んで頂き嬉しいです」
ミュラーは、自分が正しくステップを踏めているのか
綺麗にワルツを踊れているのかまったく分からない。
何とか表情には出さず、平静を保ってはいるが
先程からバクバクと鼓動を刻む自分の心臓にレオンにバレていないか、と心配になる。
(こんなにレオン様と密着した事がなくって…頭の中がぐちゃぐちゃになりそう…っ)
優しく微笑みながらレオンに言われた言葉に勘違いをしそうになる。
お願いだからそんな熱の篭った瞳で見詰めないで欲しい。
優しく自分をホールドするレオンに、心強くダンスのリードをしてくれるレオンに好きだ、と叫びたくなってしまう。
(私ばかりレオン様の事が好きで、もう嫌…!)
先日からレオンには振り回されてばかりだ。
そして、そんなレオンの態度に一々振り回されてしまう自分がもっと嫌だ。
ミュラーはくしゃり、と表情を歪めると唇をキツく噛み締める。
そのミュラーの表情を見たレオンは、苦しそうに眉根を寄せて唇を開いた。
「ミュラー、このダンスが終わったら話したい事があるんだ。庭園で少しだけ俺に時間を割いてもらえないかな?」
「…?ええ、わかりました…」
ありがとう、と嬉しそうに微笑むレオンの顔をミュラーは直視出来ず、目尻を赤く染めて視線を逸らした。
そのタイミングで、丁度ワルツが終わりレオンに腕を救い取られるとお礼の挨拶をされる。
そして、そのままミュラーの腕を掬いとったまま、ダンスホールから出る為にミュラーをエスコートして行くと、自分の父親がいる場所へと辿り着く。
「ハドソン伯爵、ミュラー嬢と話したい。彼女と庭園に出ても宜しいか?」
レオンのその言葉に、ミュラーの父は一瞬だけ不安そうに瞳を揺らしたが
レオンのその表情を見て「分かった」と頷いた。
父親の不安に揺れた瞳に気付いたのだろう、レオンはちらりと周囲に視線を巡らせたがあの男の姿を先程見た場所で見つける。
ダンスを申し込めず、元の場所へと戻ったのだろう。
今は他の令息達と談笑しているのが見て取れた。
今なら、ゆっくりとミュラーと話が出来るかもしれない。
自分も今解毒薬は身に付けている。
そして、アウディとホーエンスも恐らく2人に近付く不審な影は止めてくれるだろう。
レオンは自分達を助けてくれる沢山の人物達に感謝をしながら、ミュラーへと振り向く。
「ミュラー、行こうか」
「はい」
しっかりと自分の瞳を見つめて頷いてくれるミュラーにレオンは笑いかけると、ミュラーを伴い王宮の庭園へと足を進めた。
王宮の庭園は夜の月の光を浴びてとても幻想的な雰囲気になっている。
2人はぽつり、ぽつり、と会話を交わしながら会場から見渡せる場所にあるベンチに辿り着いた。
「ああ、ここならダンスホールからも見渡せるし、ミュラーの父君もあそこにいるのが見えるね。ここで話をしようか」
誰にも身咎められないような場所ではなく、ホールからも良く見通せる場所を指定してくれたレオンにミュラーはほっとする。
ここで、レオンが人気の余りない場所へと進むようであればミュラーはすぐさま引き返そうとしていた。
そんな紳士にあるまじき不誠実な事をするような人ではない、とは分かっているが未婚の男女が姿を消したら面白可笑しく噂されてしまうのが貴族社会だ。
実際何もなくてもあたかも何かがあったように吹聴されてしまう。
そうすると、「傷物」として不名誉なレッテルが貼られてしまうのだ。
一度傷物というレッテルが貼られてしまった令嬢に明るい未来はない。
よくよく見渡せば、婚約者同士の男女も離れた場所で思い思い2人の時間を過ごしているようだ。
人の目がない場所ではなく、程よく人がいて、でも2人の間に、会話に水を刺さない程度の人の気配。
幻想的な庭園の美しさにも心を癒され、ミュラーはレオンへと視線を流した。
「…っ」
「ああ、やっとこっちを見てくれた」
ばちり、と絡み合った視線に頬が紅潮する。
嬉しそうに破顔したレオンの表情を見て、ミュラーはくらくらとこの雰囲気に酔ってしまいそうな気分になる。
「ミュラーの姿を見るまで、気が気じゃなかったんだ」
「?どういう事でしょう?」
そのミュラーの言葉にレオンはミュラーの髪の毛を美しく纏め上げて、月光にキラキラと反射している自分が贈った髪飾りに視線を移す。
「この髪飾りを付けてくれているミュラーを見た時、本当に嬉しかったんだ」
たっぷりと砂糖をまぶしたような甘いレオンの声音に、ミュラーはぞくり、と甘い痺れに体が震えるのを感じる。
聞いた事のない甘い響きに体がぞくぞくと甘い痺れに震えて顔はもう真っ赤になっているだろう。
その髪飾りの花は、リナリア。
リナリアの花言葉は「この恋に気付いて」
自分の気のせいではなかった。
レオンは、しっかりと花言葉を理解した上でこの髪飾りを贈ってくれていた。
「ミュラーに、贈る時は手が震えたよ。いつもミュラーはこんな気持ちで俺に言葉を伝えてくれてたんだ、と考えたら本当にミュラーの強さには敵わない」
「ぁ…、」
「どれだけ自分の恐怖心を殺して俺に気持ちを伝えてくれたんだろう、って考えて。その気持ちを無下に断って、どれだけミュラーを傷付けてきたんだろう、って…どうしても答えられない事情があったとは言え、過去の自分をぶん殴りたくなったよ」
「レオン様…」
レオンの瞳がキラキラと月の光を反射して美しく輝いている。
ミュラーは、きっと自分の瞳も涙の膜が張って煌めいているのだろうか、と何処かぼうっとする頭で考えた。
「愛しい人に想いを告げるという事がこんなに泣きたくなる位、震える位恐ろしい行為だと気付けてなかった愚かな俺を許してくれ…」
「──っぅ、」
ボロっ、と。とうとうミュラーは自分の瞳から零れ落ちる涙を堪え切れる事が出来なかった。
小さく嗚咽を零しながら、ボロボロと涙が零れ落ちてしまった。
庭園ではその優しい月明かりが、2人のその姿を慈しむように包み込んでくれていた。
54
お気に入りに追加
5,284
あなたにおすすめの小説
彼が愛した王女はもういない
黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
シュリは子供の頃からずっと、年上のカイゼルに片想いをしてきた。彼はいつも優しく、まるで宝物のように大切にしてくれた。ただ、シュリの想いには応えてくれず、「もう少し大きくなったらな」と、はぐらかした。月日は流れ、シュリは大人になった。ようやく彼と結ばれる身体になれたと喜んだのも束の間、騎士になっていた彼は護衛を務めていた王女に恋をしていた。シュリは胸を痛めたが、彼の幸せを優先しようと、何も言わずに去る事に決めた。
どちらも叶わない恋をした――はずだった。
※関連作がありますが、これのみで読めます。
※全11話です。
【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。
見捨てられたのは私
梅雨の人
恋愛
急に振り出した雨の中、目の前のお二人は急ぎ足でこちらを振り返ることもなくどんどん私から離れていきます。
ただ三人で、いいえ、二人と一人で歩いていただけでございました。
ぽつぽつと振り出した雨は勢いを増してきましたのに、あなたの妻である私は一人取り残されてもそこからしばらく動くことができないのはどうしてなのでしょうか。いつものこと、いつものことなのに、いつまでたっても惨めで悲しくなるのです。
何度悲しい思いをしても、それでもあなたをお慕いしてまいりましたが、さすがにもうあきらめようかと思っております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる