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デビュタントボール1

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あれから、数日。
レオンからは変わらず毎朝一輪の花が届き続けている。

最初は戸惑ったミュラーだが、この花の意味を今度の成人の舞踏会で本人に直接聞いてみようとそう決意していた。





舞踏会当日までは、先日のフレッチャー伯爵家の令息の突然の訪問のような大きな騒ぎは無く
先日までの慌ただしさが嘘のように穏やかに過ぎていった。
その為、大事な成人の舞踏会までの準備に集中出来る、と侍女やメイドは喜んでドレスの最終調整を行ったり、レオンから贈ってもらった装飾類をどう付けようか、と彼女達も楽しそうにきゃっきゃとはしゃぎながら当日までの準備に精を出してくれた。
そんな、普通の穏やかな日常に、一抹の不安を覚えながら。
















成人の舞踏会当日。
ミュラーは父親と一緒にハドソン家の邸から馬車に乗り込み、煌びやかな王宮へと到着する。
この国のこれからの世を担っていく子供達が一人前の大人となるそのデビュタント・ボール。
成人を迎える女性達の華々しいデビューの場だけあって、王家主催のその舞踏会は王宮のホールを解放し行われる。
キラキラと煌めくシャンデリアに、様々な綿密な幾何学模様が美しい大理石の床。
ホールから続く大階段からは王族が降りてくるのであろう大階段を降りきったその場所には、陛下と王妃が座る豪奢な椅子がこれまた輝くような装飾に彩られ、椅子の主を待っている。

爵位順に入場の為、父親と待機場で待っていたミュラーは、煌びやかなその会場に目が眩むようで、これから自分は大人入りするんだ、と嬉しさで心が弾むのを何とか落ち着かせる。

ふ、と前方を見ると先日会った友人が一足先に入場する番となったのだろう。
友人──エリンも、ミュラーに気付くとにこやかに笑いミュラーに向かって控えめに手を振ってくれた。
ミュラーもエリンに微笑み返し、手を振る。

きっと、彼女も緊張でドキドキとしていたのだろう。
いつもは穏やかな笑みを浮かべているのに、どこか笑顔が固かったように感じる。

次いで、同じ伯爵家のルビアナ、アレイシャもミュラーに気が付くとにこやかに近付いて来てくれ、一言二言言葉を交わすと彼女達も順番に従い入場して行った。
伯爵家では最後の入場となる。
この後には侯爵家、公爵家と続くがその二つの爵位を持つ家には現在そこまで成人を迎える歳の人物が多くない為、必然的にミュラーの伯爵家がこの舞踏会自体、最後の方の入場となる。

粗相をしてしまわないかしら、と
ドキドキと緊張して早鐘を打つ心臓を手で押さえるように、オペラグローブに包まれた自分の指先を胸元へ持っていく。
僅かに身動ぎした際に、シャラリと自分の髪の毛を飾る髪飾りが音を奏でた。
あの日、レオンに贈ってもらったその髪飾りは美しく輝きを放ち、煌びやかな王宮の装飾類にも引けを取らない美しさだとミュラーは思う。
ミュラーの髪色に合わせ、本人の事をしっかりと考えながら選んでくれたのだろう、という事が分かるようにミュラーの髪の毛に違和感なくしっかりと馴染んでいる。

その時、ふと視線を感じてその方向へ視線をやると、自分の父親が眩しそうに、慈しむように目を細めミュラーを見つめていた。

「…お父様?」

その視線にどこか気恥しさを感じながら、ミュラーははにかみ父親に話しかける。

「あぁ、うん…成人おめでとう…あんなに小さかったミュラーももう立派な大人の女性の仲間入りだな…」

どこか感慨深そうにそう言葉を贈ってくれる父親に、ミュラーは感謝の意を込めてありがとうございます、と返す。

「ここまで、お父様が私を大事に慈しみ育ててくれたお陰で無事成人の日を迎えれましたわ」
「ああ、本当に感慨深いよ…。今まで辛い事も沢山あっただろう、迷惑を掛けた事もあった…母親がディオを出産してから体調を崩し、寂しい思いもさせたな…」

そこで、ミュラーの入場の番が来る。
父親は一度言葉を切ると、ミュラーに自分の腕を差し出す。
その腕にミュラーは自分の手をそっと添えると、ゆったりと歩み始める父親にエスコートされながら、煌びやかなそのホールへと足を一歩踏み出した。

「いつ嫁に行ってもおかしくないほど、大人になったな」

ポツリと呟く父親の言葉は、ホールに響く音楽とアナウンスの音にかき消されてミュラーの耳には届かなかった。
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