23 / 42
デビュタントボール1
しおりを挟むあれから、数日。
レオンからは変わらず毎朝一輪の花が届き続けている。
最初は戸惑ったミュラーだが、この花の意味を今度の成人の舞踏会で本人に直接聞いてみようとそう決意していた。
舞踏会当日までは、先日のフレッチャー伯爵家の令息の突然の訪問のような大きな騒ぎは無く
先日までの慌ただしさが嘘のように穏やかに過ぎていった。
その為、大事な成人の舞踏会までの準備に集中出来る、と侍女やメイドは喜んでドレスの最終調整を行ったり、レオンから贈ってもらった装飾類をどう付けようか、と彼女達も楽しそうにきゃっきゃとはしゃぎながら当日までの準備に精を出してくれた。
そんな、普通の穏やかな日常に、一抹の不安を覚えながら。
成人の舞踏会当日。
ミュラーは父親と一緒にハドソン家の邸から馬車に乗り込み、煌びやかな王宮へと到着する。
この国のこれからの世を担っていく子供達が一人前の大人となるそのデビュタント・ボール。
成人を迎える女性達の華々しいデビューの場だけあって、王家主催のその舞踏会は王宮のホールを解放し行われる。
キラキラと煌めくシャンデリアに、様々な綿密な幾何学模様が美しい大理石の床。
ホールから続く大階段からは王族が降りてくるのであろう大階段を降りきったその場所には、陛下と王妃が座る豪奢な椅子がこれまた輝くような装飾に彩られ、椅子の主を待っている。
爵位順に入場の為、父親と待機場で待っていたミュラーは、煌びやかなその会場に目が眩むようで、これから自分は大人入りするんだ、と嬉しさで心が弾むのを何とか落ち着かせる。
ふ、と前方を見ると先日会った友人が一足先に入場する番となったのだろう。
友人──エリンも、ミュラーに気付くとにこやかに笑いミュラーに向かって控えめに手を振ってくれた。
ミュラーもエリンに微笑み返し、手を振る。
きっと、彼女も緊張でドキドキとしていたのだろう。
いつもは穏やかな笑みを浮かべているのに、どこか笑顔が固かったように感じる。
次いで、同じ伯爵家のルビアナ、アレイシャもミュラーに気が付くとにこやかに近付いて来てくれ、一言二言言葉を交わすと彼女達も順番に従い入場して行った。
伯爵家では最後の入場となる。
この後には侯爵家、公爵家と続くがその二つの爵位を持つ家には現在そこまで成人を迎える歳の人物が多くない為、必然的にミュラーの伯爵家がこの舞踏会自体、最後の方の入場となる。
粗相をしてしまわないかしら、と
ドキドキと緊張して早鐘を打つ心臓を手で押さえるように、オペラグローブに包まれた自分の指先を胸元へ持っていく。
僅かに身動ぎした際に、シャラリと自分の髪の毛を飾る髪飾りが音を奏でた。
あの日、レオンに贈ってもらったその髪飾りは美しく輝きを放ち、煌びやかな王宮の装飾類にも引けを取らない美しさだとミュラーは思う。
ミュラーの髪色に合わせ、本人の事をしっかりと考えながら選んでくれたのだろう、という事が分かるようにミュラーの髪の毛に違和感なくしっかりと馴染んでいる。
その時、ふと視線を感じてその方向へ視線をやると、自分の父親が眩しそうに、慈しむように目を細めミュラーを見つめていた。
「…お父様?」
その視線にどこか気恥しさを感じながら、ミュラーははにかみ父親に話しかける。
「あぁ、うん…成人おめでとう…あんなに小さかったミュラーももう立派な大人の女性の仲間入りだな…」
どこか感慨深そうにそう言葉を贈ってくれる父親に、ミュラーは感謝の意を込めてありがとうございます、と返す。
「ここまで、お父様が私を大事に慈しみ育ててくれたお陰で無事成人の日を迎えれましたわ」
「ああ、本当に感慨深いよ…。今まで辛い事も沢山あっただろう、迷惑を掛けた事もあった…母親がディオを出産してから体調を崩し、寂しい思いもさせたな…」
そこで、ミュラーの入場の番が来る。
父親は一度言葉を切ると、ミュラーに自分の腕を差し出す。
その腕にミュラーは自分の手をそっと添えると、ゆったりと歩み始める父親にエスコートされながら、煌びやかなそのホールへと足を一歩踏み出した。
「いつ嫁に行ってもおかしくないほど、大人になったな」
ポツリと呟く父親の言葉は、ホールに響く音楽とアナウンスの音にかき消されてミュラーの耳には届かなかった。
38
お気に入りに追加
5,153
あなたにおすすめの小説
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
あなたの事は記憶に御座いません
cyaru
恋愛
この婚約に意味ってあるんだろうか。
ロペ公爵家のグラシアナはいつも考えていた。
婚約者の王太子クリスティアンは幼馴染のオルタ侯爵家の令嬢イメルダを側に侍らせどちらが婚約者なのかよく判らない状況。
そんなある日、グラシアナはイメルダのちょっとした悪戯で負傷してしまう。
グラシアナは「このチャンス!貰った!」と・・・記憶喪失を装い逃げ切りを図る事にした。
のだが…王太子クリスティアンの様子がおかしい。
目覚め、記憶がないグラシアナに「こうなったのも全て私の責任だ。君の生涯、どんな時も私が隣で君を支え、いかなる声にも盾になると誓う」なんて言い出す。
そりゃ、元をただせば貴方がちゃんとしないからですけどね??
記憶喪失を貫き、距離を取って逃げ切りを図ろうとするのだが何故かクリスティアンが今までに見せた事のない態度で纏わりついてくるのだった・・・。
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★ニャンの日present♡ 5月18日投稿開始、完結は5月22日22時22分
★今回久しぶりの5日間という長丁場の為、ご理解お願いします(なんの?)
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる