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また面倒事を持ってくる
しおりを挟む王城の執務室では政務官が届けられる書類達に次々と目を通し、そして自分の署名を記していくと、既に確認済みの書類の山達の一番上へと積み重ねていく。
ブラウンの長い髪の毛を後ろで一つに括り、眼鏡をかけた年若い政務官は涼やかで端正な顔に疲れの色を濃く浮かべていた。
ここ最近、水面下で売買されている禁止薬物の被害が王都にて発生している。
その禁止薬物を摂取すると、一時的な幻覚・幻聴・陶酔感・気分の高揚を得られ慢性的に使用を続けて行くと薬物への依存が強くなり、一時的だった上記症状もより強く効果が永続的に続くようになる。
薬物の効果が切れてしまうと、脳が異常を起こし摂取しなければいけない、と脅迫概念に囚われ何が何でも薬を手に入れようと行動するようになり、ずぶずぶと薬物への依存を深めていく。
また、薬の切れた人物は攻撃性がとても強くなり最悪の場合人格が破綻する。
初めは何かの間違いだろうと思っていたが、市井で出回り始めたその薬が、以前の禁止薬物とまったく同じ種類の効果を得られるとひっそりと噂が広まり近頃では王都の貴族達の間でも摂取している者が出てきてしまっているようだ。
薬物を仕入れ、流していた貴族は二年前に厳罰に処したはずなのに。
爵位も返上させ、家を取り潰し、当時薬物を他の人間へ盛った人物も獄中へと収監した。
その薬を解毒する為に解毒薬を服用した後の副作用とも言う症状は、かなり激しく
成人男性ですらも意識が混濁し、体が悲鳴を上げ失神する程の物だ。
根本は絶ったはずなのに、現状王都では再びあの当時のような禁止薬物が出回っている現状に、政務官である男は眼鏡を外し嘆息した。
疲れからか目がしぱしぱと霞む為、男は自分の目頭を強く揉み込む。
「どこから出ているのか…まったく検討が付かない…」
気付けば禁止薬物を摂取した人間が犯罪を犯したり、人格が破綻したりしてやっとその薬物中毒者だったと判明するケースが多く、今ひとつ尻尾を掴みきれていない。
政務官の男は溜息を一つ付き、デスク横のティーカップへ手を伸ばした所でドアがノックされる音に男は持ち上げたティーカップを再度ソーサーへ戻すと、「どうぞ」と入室を許可する声を掛けた。
「仕事中、悪い。」
声を掛けた後、開いたドアから見知った男の顔が覗き、政務官の男は久しぶりに顔を見せた男に笑いかけた。
「レオン、久しぶりだな。どうした?」
「オリバー、久しぶり。俺の考えすぎだったらいいんだが、少し相談したい事があってな…」
軽く手を上げ、レオンが室内に踏み込むとオリバーと呼ばれた政務官は座っていたデスクから腰を上げ、入口にほど近い来客用のソファへ足を進めると、レオンに腰を下ろすように案内する。
来客用のテーブルの端にあった果実水のポットを持ち上げると、備え付けのカップに中身を注ぎレオンの前へと置く。
自分も、同じように果実水をカップへ注ぐとレオンがカップに口を付けた所でオリバーは自分もソファへと座った。
「お前が来ると、何か良くない事が起きそうで嫌だ」
「はは、二年前は本当に世話になったよ」
二人の気安い態度から、親しい間柄である事がわかる。
幼少の頃から二人は友人で、同じ侯爵家というのもあって度々顔を合わす事があった。
レオンが昔、騎士団へ入団した時時を同じくしてオリバーも侯爵家から心身ともに鍛えろと言われたのもあり同時期に入団した。気心知れた友人と一緒の騎士団での生活は存外悪いものじゃなかった。
昔から付き合いがある友人、お互いに遠慮の無い態度から一緒にいるのも苦にならず腐れ縁がこの年になるまでずっと続いている。
「あの時、解毒してもらったあの薬物の件だ」
「ああ、お前が悲惨な目にあった時のな」
あの時の事はもう二度と思い出したくない、と言っていたレオンが自らその当時の話をし出した事にオリバーは目を見張る。
「昨日、ミュラーが友人のリーンウッド伯爵令嬢が主催するお茶会に参加したんだが、そこであのフィプソン伯爵家と親戚関係である子爵家の令嬢から絡まれたそうだ」
「お前はまだハドソン嬢の身辺を把握しているのか、やめろよ…」
「違う…!この情報はお茶会の主催であるリーンウッド嬢から早急に調べて欲しい、と報告があったんだよ!」
オリバーの呆れたようなその表情に、レオンは今回は違う!と狼狽えながら反論する。
レオンは一つ咳払いすると、続けるぞ。と話しを続けた。
「どうやら、その親戚関係である子爵令嬢は言動がおかしかったらしく、昔から面識のあったリーンウッド嬢曰く、ここ数年で突然性格が変わったように傲慢になり、自分の感情の制御が出来ないようでおかしい。らしい…この症状…似てないか?」
「……ああ、薬物常用者が陥る状態に似ている。」
「これだけなら、まだ違う可能性も否めなかったんだが…最近俺に縁談の申し込みが来るようになってしまってな…」
レオンは言いずらそうに少し口篭りながらオリバーにそう言葉を零す。
「ああ、聞き及んでる。とうとうお前振られて、ハドソン嬢は婚約者探しをし始めたんだろう?」
「振られてないと思い込まないと生きていけないから俺は振られてないし今もミュラーからは慕われてる」
ずん、っと項垂れながらレオンが弱々しくそう口にする。
思ったより深刻な事態に陥っているようでオリバーは失言したかもな、と思ったがぐずぐずしてたレオンも悪いのだ。それにオリバーは知ったこっちゃない。
「取り敢えず、俺に申し込みが来はじめて、断るために内容を確認してたんだが、そこでその没落したフィプソン伯爵家と親戚関係だというホフマン子爵家の娘からも連絡が来ていた」
「ほう?タイミングがいいな、お前には悪いがその子爵家の令嬢と会って確認してきてもらいたい所だ」
「…いや、確認するまでもない…どうやら、その子爵家の娘の中では既に俺と婚約関係で、成人を迎えたら婚姻する事が決まっているらしいぞ?」
レオンのその言葉にオリバーは一瞬何を言っているのか理解出来なかった。
きょとん、と瞳を瞬かせると「は?」と素っ頓狂な声が出てしまった。
「貰った手紙につらつらと書かれていたよ、恐らくその彼女の中ではそれが現実なんだろう」
「それは…もはや確実そうだな…」
「ああ、黒、だろう」
二人はお互いに視線を合わせながら、二年前のあの大きな事件を思い出し、そして同時に溜息をついたのだった。
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