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お茶会での出来事2

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去ってゆくその男性の背中を唖然としながら眺めていると、後ろからアレイシャがやってきて、うんざりしたように話しかけてくる。

「今のはフレッチャー伯爵家の嫡男、ニックですわね?」

広げた扇で口元を覆いながら、アレイシャがミュラーと近い空いた椅子に腰掛ける。

「アレイシャ、今の彼を知っているの?」
「ええ…あまりいい噂の聞かない方ですわ…今日のお茶会にもお呼びしたくなかったのですが…」

ふぅ、と溜息を零しながら嫌そうに眉間に皺を寄せアレイシャは言葉を零す。

「我がリーンウッド家のお祖母様と、あちらのフレッチャー家のお祖母様が昔からの親友らしく、中々繋がりを絶てないのですよね…」

自信家で、顔立ちも良い。
貴族として自信を持つのはいい事ではある。実際、おどおどとした態度の貴族などではとても信用出来ない。
領民もこの領主で大丈夫か、と不安にさせてしまうだろう。
領民に慕われてこその領主だ、とミュラーは考えている。
その点、先程のフレッチャー伯爵家のニックという男性は自信満々なのはいいが、人を慮る事が出来ていない。
突然見知らぬ男性から接触されて、淑女の髪の毛に無断で触れ、唇を落とすなど人の心の機微に聡くならねばいけない領主になどなれるのだろうか、とミュラーは考えてしまう。

「ご自分のお顔に自信があるのか、成人前の女性に言い寄っている事が多いそうなのよ…だからか、あまり彼自身にいい噂を聞かないのよね…」
「そうですわね…ミュラーさんへのあの態度を見ていると、アレイシャさんのその言葉にも頷けるわ」

アレイシャのその言葉に、うんうんと頷きながらルビアナが続いた。

「観劇なんてお2人で向かったら何をされるかわかりませんわ、ミュラーさん、断った方がいいと思うわ」
「…そうね、少し不安だしお誘いの申し込みが届いたらお断りするわ」

ルビアナのその言葉にミュラーは続けると、紅茶のカップに手を伸ばす。

──少し、苦手な男性だったわね

ふぅ、と息をつき同じテーブルに座る友人達へミュラーは今日ここに来たら聞いてみようと思っていた事を話してみる事にした。
貰った釣書の中で、文面から誠実そうな男性だな、と思った人の名前を上げてみて知ってる人があれば人柄を聞いてみよう。
先程みたいに、フレッチャー家の令息のような方がいたら避けたいし…と考えミュラーはお喋りに夢中になる友人達の話しを聞きながらどこかで話しを切り出してみよう、と一つ心に決めて笑顔で友人達と話の続きに興じた。



暫し話し込んだ後、ふと視界の隅に黒い影が動いたと感じてミュラーはさっとそちらの方に視線を向ける。

「─っひゃ!」

向けた先は美しい花々が植えられた花壇のすぐ側。
恐らく葉っぱからぽてり、と落ちてしまったのだろう。うにうにと緑色の幼虫が蠢いていた。
ミュラーのその小さい叫びに、同じテーブルにいた友人達も何事か?と思いミュラーの視線を辿って、そして同じように小さく唇から悲鳴を零す。
成長すれば色鮮やかな羽を持つ美しい蝶へと育つことは知っていても、どうしても幼虫の時のその姿が苦手で地面に落ちてしまったその姿は可哀想だが、触る事が出来ない。

誰か助けてあげて、とミュラーは周りを見回すが他のテーブルにいる令息達は気付いていないようで自分達のテーブルで話に花を咲かせている。
そもそも、男性にも虫が苦手な人が多い為近くの令息を呼んでも助けれない人が多いかもしれない。

「アレイシャ…、庭師の方を呼んであげて。下に落ちてしまったままだと鳥や猫に食べられてしまうわ」
「─そ、そうね…」

アレイシャは気味が悪い、とでも言うように顔の下半分を扇で覆い近くの給仕に庭師を呼んでくるように伝えた。

その姿を見ていて、ミュラーはふと昔にも同じような事があった、と思い出した。







あれは4年前、まだミュラーが13歳の頃。
いつもと変わらずアルファスト侯爵家へ遊びに行き、レオンへ毎度の求婚をした。
その日はアルファスト侯爵家とハドソン伯爵家の領主同士、話があるとの事でミュラーと、ひとつ上のアウディ、2人の保護者役でレオンが庭園で紅茶を飲む2人を見守っていた。
その時もやはり今日と同じように花壇の傍に幼虫が地面に落ちていた。
ミュラーはこのままじゃ死んじゃう、とアウディに訴えかけたが、アウディも虫が苦手らしく、泣きそうな顔で首を横に振ったあと、「兄上!」とレオンの元へ駆けて行った。
アウディに手を引かれながらこちらに向かってくるレオンに、ミュラーは助けてあげて!と必死に訴えたのを覚えている。

「レオン様!このままじゃ、この幼虫が食べられてしまいます…葉っぱに戻してあげて欲しいのです…!」
「─えっ、」

最初は2人の様子になんだなんだ、と急いでこちらに来ていたレオンだが、ミュラーのその言葉に嫌そうに顔を歪めた。
ミュラーの指さす方向にレオンが視線を向けると、もぞもぞと動く緑色の幼虫が見て取れる。

「……うぅ、俺も苦手なんだけどなぁ」

眉をひそめて嫌そうにしながらもレオンは2人の懇願に答えてくれて、葉っぱに指先で掴んだ幼虫をぺぃっと乗せて上げていた。
あぁ、感触が嫌だ気持ち悪い、と瞳を潤ませ顔を歪めながらもミュラーとアウディのそのお願いに苦手な虫を助けてあげたレオンのその優しさにきゅんとしてしまった。
成人した男性が、嫌そうに虫に触った後、情けない泣きそうな表情で一生懸命手を水で洗っているその場面を見て、ミュラーは大人の男性なのに「かわいい」と思ってしまったのだ。






ふいにそんな出来事を思い出してしまって、ミュラーは呼ばれてやってきた庭師に視線を向ける。
庭師はひょいとつまんで葉っぱに乗せ終えると、アレイシャに向かって一礼した後足早にお茶会の場所から退出していった。

(あの時も、レオン様は庭師を呼べばご自分で触らずに済んだのに、私とアウディが泣きそうな表情になっているのを見ていられなかったんでしょうね…ご自分で助けてあげていた…)

優しいのは知っていた。
いつも穏やかで、ミュラーの子供じみた悪戯や求婚にも優しく付き合ってくれた。
そのレオンの優しいだけじゃない一面を見て、うんと年上の男性なのに可愛い、と思ってしまったのだ。
ちょっぴり情けなくて、いつも凛々しく優美な眉尻が下がっていた。
涼やかな目元が嫌そうに細められていた。
いつもは微笑みを絶やさない口元がへの字になっていた。

その表情を見て、ミュラーはきゅんと切なく軋む心臓にそっと手を当て当日は不思議な感覚に驚かされたものだった。


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