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訪問の報せ

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翌朝、侍女のラーラが朝一番の支度をする前に寝起きのミュラーの部屋へと慌てたように飛び込んできた。

「ミュ、ミュラーお嬢様!こんなお時間に申し訳ございません!」

常にない程慌てた様子に、ミュラーは目を見開いて驚く。
いつもは礼儀正しいラーラが、主人の部屋に慌てて飛び込んでくるその有り得ない情景に、何か問題が起きたのかとベッドから起き上がっていた状態からラーラの元へ歩む。

「どうしたの、ラーラ??少し落ち着いて…!」

昨夜の晩餐の際に父へと釣書の件で話がしたい事を伝えたが、その事だろうか?
それとも、母親の身に何かあったのだろうか。
焦りで落ち着かない気持ちになりながらも、ミュラーはラーラからの言葉を待つ。

「ア、アルファスト侯爵様が明日ミュラーお嬢様へ会いたいと連絡が来ました…!」
「──え?」

何故このタイミングで…!
ラーラが慌てる気持ちもわかる。
先日の夜会でミュラーがワルツを踊った事、それがどういう意味を持つのか貴族以外にも、ハドソン家で仕事に従事する皆にも伝えた。
反応は様々であったが、当の本人であるミュラーがもう諦めると言うのであれば誰もミュラーを引き止める事は出来ない。
また、ラーラも今まで傍で仕えていたミュラーの気持ちを慮ってくれている。
やっと前を向いて次へ歩き出そうとしていたのだ。
ここ数日、ミュラーの行動を見て、気持ちを痛い程わかっていたラーラだからこそこのタイミングでレオンからの訪問の連絡に慌てている。

「…!待って、今日連絡が来たという事は訪問は明日になると言うことよね?」
「はい、侯爵家の遣いからも、明日訪問するとの事を伝え聞いております…!」
「参ったわね…、明日は友人のお茶会の予定があるわ…」

いつものレオンであれば、こんな強引な方法で会いに来ないのに、とミュラーは違和感を覚える。
通常であれば伺いたいとの連絡が来て、先方から候補日を出されるのでそれに返答する流れだ。
いくら爵位が上の侯爵家とは言え、訪問される側のこちらの予定を聞かずに尋ねて来るのはマナー的に宜しくない。
それ程急を要する要件なのか、とミュラーは戸惑うが先約が入っている。

「仕方ないわね…明日は先約があると言ってお断りしましょう…」
「そのようにお伝えしてよろしいので?」
「ええ…成人前の準備で忙しいのと、この時期はお茶会や舞踏会へ赴く予定があるのはレオン様も重々承知のはずよ。申し訳ないけれど、明日来ていただいても私は夕方にならないと帰宅しないから、その旨も記載してお伝えして」

そのミュラーの言葉に、ラーラは畏まりました、と一つ頷いて訪れた時とは比べようも無いくらい静かに退出した。

「何故、今なの…」

レオンの事を忘れたいのに、まるで忘れるな、とでも言うようなタイミングに笑いたくなる。
舞踏会までの残りの日数、レオンと会うような予定は入れたくなかった。
顔を見ると、やっぱり恋しさが募ってしまうから。
声を聞くと縋ってしまいたくなるから。
笑顔を向けられると、好きだと気持ちを伝えたくなってしまうから。
だから、お願いだからそっとして置いて、とミュラーはレオンに届かないとは分かっているが願わずにいられなかった。








ラーラに侯爵家への断りの連絡を頼んだ後、いつもより少し遅めの支度をしてミュラーは食堂へ向かった。
朝食が済んだら、仕事が始まる前に父親に時間を貰っている。
そこで、釣書を頂いた中から数人お会いする予定を伝える。

幼い頃からレオン一筋だったから、先日の行動に父も従兄弟のホーエンスも驚いていた。
あの夜会の翌日、何か言いたそうにしていた父親にミュラーは何も言えなくさせてしまった。
あの後、父親は何と続けるつもりだったのか?
「諦めるな」とか「それくらいの気持ちだったのか」なんて言葉が続いたらみっともなくあの場で泣いてしまう所だ。
あれだけ想いを伝えて無理だったのだ。これ以上頑張れば心が壊れてしまう。
今まで色々と陰ながら協力してくれた父には悪いが、自分のこれからの幸せを考えさせて欲しいと伝えよう。

ミュラーは父親のいる書斎の前で足を止めると、先日と同じように中にいるはずの父親に声をかけた。


「入りなさい…」
「失礼します、お父様」

扉を開けて書斎の中に入ると、父親は既にソファに座ってミュラーを待っていたようで、メイドにでも頼んだのか紅茶用のカップも既に用意がされていた。

「座って話をしよう」

向かいのソファへ促され、ミュラーもその言葉に大人しくソファに腰を下ろす。
ここ数日、父親は少しやつれたように感じる。
いつもは自信に満ち溢れ、瞳に輝きを感じるのに今は撫で付けた前髪が幾ばくが乱れ、瞼にかかり瞳に影を落としているように感じる。

「今日の話は、届いている釣書のについてだったか…?」
「はい、軽く中身を拝見したのですが先日の夜会でダンスをご一緒した男性から来ているものを確認致しました」
「そうだな…朝来ていたものには入っていた」

その男性達がどうした?と目線で問われ、ミュラーは一度こくりと喉を震わすと、続けた。

「その中の男性から、舞踏会前に一度お会いしたいとお申し入れがございましたので、一度お会いしてみたく存じます」
「──そうか、」

きゅっと口の端を引き結ぶと父親は項垂れる。

「会いたい、と思うのはミュラーの自由だ。一度会ってみなさい…」
「…!はい!ありがとうございます!」

釣書への返事の許可を貰い、ミュラーは父親にそう返す。
どなたとお会いしようかしら?とミュラーは頭の中に届いた釣書を思い浮かべる。
そうしていると、父親が続けて口を開いた。

「ミュラーに謝罪したい事がある、舞踏会の後でいい。翌日話をしたい」
「お父様が?…それは、今ではいけませんの?」
「すぐすむような話ではないのでな…」
「わかりました、舞踏会後よろしくお願いします」

謝罪とは?
ミュラーが父親に謝罪するではなく父親が謝罪したい事がある?
ミュラーにはまったく検討が付かず、不思議に思いながら父の部屋を後にした。
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