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告白するのはこれで最後
しおりを挟む「今日も駄目だったわ」
ミュラーはハドソン家に戻るなり、自分の部屋へ向かいそのままベッドへつっぷした。
侍女のラーラがお茶の準備をしながら、ミュラーの気落ちしたその言葉に返事をする。
「きっと、侯爵様も色々とお考えあっての事ですわ。お嬢様は笑顔が一番です、悲しいお顔は辞めて、笑って下さい」
「…無理よ、いつもいつも頑張ってレオン様にはこんな顔見せたくない、って頑張ってきたけど…」
(もう疲れちゃった…)
どんよりとしたいつもとは少し違う雰囲気のミュラーに、侍女のラーラはひやり、と汗が滲む。
常ならば「今日も駄目だったわ、次こそ頷いて頂くのよ!」と前向きに話している彼女が悲壮感漂う雰囲気で何だか声も震えているように感じる。
ラーラは、伯爵様にご報告した方がいいかしら、どうしたら、とおろおろしていたが、ガバリ、と起き上がったミュラーの表情を見てほっと息をついた。
「駄目ね私、いつもの事じゃない!また次にお願いすればいいんだわ!」
良かった、いつものお嬢様だ、とラーラはほっとする。
ミュラーは表面上、取り繕うのがとても上手だ。
きっと、長い事一緒にいるラーラも、家族でさえも、ミュラーがこの10年、深く傷付き心がズタズタに壊れそうになっている事に気付いていない。
レオンや、弟のアウディでさえもいつも有耶無耶にされて傷付いているミュラーには気付いていない。
それほど、ミュラーは自分の気持ちを隠すのがとても上手で、相手に感情を読み取らせない事に長けていた。
成人する前に、一度夜会がある。
夜会の前「最後の告白」をして、今までと同じ返答だったら潔く諦めよう。
ずっとレオンばかり追っかけていて、今まで自分には婚約者がいなかった。
流石に成人した後婚約者も、恋人もいない状態になってしまうのは伯爵家に迷惑がかかるし、真面目に他の方との結婚を考えるようにしよう、その相手を探す為、夜会では積極的に誘われたダンスには応じよう、と決意する。
今まで夜会では父親や、従兄弟としかダンスは踊らなかった。
レオンと夜会で会ったとしても、ワルツ等の密着する機会が多いダンスは避けていた。レオンも同じ気持ちだったようで、今までワルツをレオンと踊った事は一度もない。
ファーストダンスは婚約者と踊るのが常で、婚約者がいない場合は血縁者と踊る。
ミュラーも今まではファーストダンスは血縁者と、その後は従兄弟やレオンとしか踊ったことは無い。
今まではレオン一筋だった為、ダンスを申し込まれても断っていたのだ。
(…もし、次も駄目だったら、今度の夜会ではお受けしよう)
ワルツの申し込みを受けたら、周りにもわかると思う。
レオン以外の婚約者を、今後の結婚相手を探しています、というアピールとなるのが暗黙のルールとなる事をミュラーは知っていた。
先程レオンに撫でられた箇所にそっと触れる。
昔から、子供の頃から変わらない態度に泣きたくなる。
きっと自分はレオンにとって、異性として見られていないのだ。昔から変わらない態度に、何の欲も感じない触れ合いにくしゃり、と顔を歪ませる。
何故なら、ミュラーは見た事がある。
一昨年の夜会で、たまたまレオンと一緒になった時のこと。
レオンと話したくて、ドレスの裾を持ちながら早歩きで探していた時、廊下の暗がりで重なり合う男女を見た。
女性は壁際に押し付けられて、ハッキリとは見えなかったけれど、伯爵家の令嬢だった。何度か、レオンと一緒にいる姿を見た事がある。
そして、女性を壁に押し付けている男性は見慣れた彼だった。恋しくて恋しくて求婚してははぐらかされているレオンその人だった。
女性を乱暴に壁に押し付けて、荒々しく唇を合わせるその姿に、女性の足の間に自分の膝を割入れて、ドレスの裾から腕を潜り込ませて忙しなく動く左腕に。
今まで見たことがない、「欲」を顕にしたレオンを見てしまった瞬間ミュラーはその場を逃げ出してしまった。
レオンにも、男性としての欲がある事を知ってしまった。
そして、その欲を自分は一度もぶつけられたことは無かった。
15歳になったばかりとは言え、ここ数年は自分でも女性らしい体つきになってきたと思っていた。胸だって昔より大きくなったし、女性らしい曲線だって出てきた。
侍女にも女性らしくなってきたから、男性には気を付けて下さいね、と言って貰える事も増えた。
それなのに、レオンに戯れに抱きついたりしても大好きだと告白しても一度もそういった熱を感じなかった。
これまで一切、レオンからは熱も、欲もぶつけられた事は無い。
きっとレオンは自分以外の女性に、男性としての欲をぶつけてきていたのだろう。
初めて見たレオンの男性としての姿に、傷付き絶望してその日ミュラーは泣きながら眠りについた。
この日に、決心したのだ。成人するまでのあと2年間、頑張って彼にアピールして、何も変わらなかったら潔く諦めよう、と。
そして、自分はレオン以外の男性と結婚しよう、と。
ミュラーは、侍女が下がった一人の部屋でポツリと言葉を零す。
自分に言い聞かせるように
「告白するのはこれで最後にするわ」
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