18 / 27
18
しおりを挟むその言葉を聞いて、ルーシェは悲痛な表情を浮かべる。
平民の女性と、伯爵家の当主が婚姻関係を結べる筈が無く、その二人の間の子供も勿論伯爵家の籍に入れる事は出来ない。
それが分かっていたからこそ、伯爵家当主のキラージは悩み、どうにか出来ないかと奔走していただろう。
だが、その赤子を突然伯爵家で引き取った。
今までは、その平民の女性が子供を育てていたのに引き取った、と言う事は。
「キアト様……そのお相手の女性は……」
「──ああ。亡くなってしまったそうだ……」
その言葉に、ルーシェは自分の手を包んでくれていたキアトの手のひらを思わず自分でも握り返した。
予想は出来ていた。
だが、実際キアトの口から聞かされた言葉に、ルーシェはキラージの心情を思うと辛い気持ちになってしまう。
愛した人は、身分の違いのせいで共に歩む事が出来ず、愛した人との間に生まれた子は私生児として扱われ、自分の子供として認められる事は無い。
どれだけ苦しんだのだろうか。
その時のキラージの気持ちを考えるとやるせない気持ちになってしまう。
そして、現状キラージは事故に巻き込まれ、行方不明だと言う。
「……兄上とも、赤子の事をどうするか色々話し合ったいたんだ……。生まれて間も無い赤子を、孤児院には預けるのは……となり、翌日また再度いい方法が無いか、兄上と話すつもりだったんだ」
「そうだったのですね……。それで、翌日お兄様とのお話し合いで何かいい案が……?」
ルーシェの言葉に、キアトは悔しそうに表情を歪めると、首を横に振り、辛そうに言葉を紡いだ。
「──いや、兄上は……翌日急ぎの仕事が入り、仕事に向かった……。そして、馬車が……」
「──……っ!」
キアトのその言葉で、ルーシェはその時キアトの兄であるキラージが馬車の転落事故に巻き込まれたのだと気付き、空いている方の手で思わず自分の口を抑えた。
「そんな、事に……」
フェルマン伯爵家に巻き起こった一連の騒動を説明され、ルーシェは顔色を悪くする。
短期間で、フェルマン伯爵家には様々な出来事が起きて、混乱の真っ最中だったのだろう。
そんな大変な最中にも、キアトはルーシェの為に時間を作り、会いに来てくれていた。
それなのに、自分は何て身勝手な勘違いをしてキアトに向かって何度失礼な態度を取ってしまったのだろうか。
「申し訳、ございません……」
「……?ルーシェが何故謝るんだ……?」
「キアト様が、こんなに大変な時に私は……私は自分勝手にキアト様を振り回してしまい、大変な時期にキアト様を煩わせてしまいました……っ」
ルーシェが真っ青な顔で、俯いて震えている事にキアトはぎょっと瞳を見開くと、ルーシェの肩を掴んで自分の方へと顔を向けさせる。
「そんな事は無い……っ!俺に取って、ルーシェの存在は何ものにも代え難い大事な存在なんだ……!今回の出来事の中で、ルーシェの事を後回しになんて出来る筈が無い……っ」
真剣な表情でルーシェの瞳を真っ直ぐ見詰め、そう思いを告げてくれるキアトに、ルーシェは自分の視界が滲んで来てしまう。
「兄上や、赤子、伯爵家の事も大事だが、ルーシェを失う事が俺は一番怖いんだ……。ルーシェが俺の前から居なくなってしまったらきっと、俺は生きて行けない……」
「──キアト様っ、」
「俺には、ルーシェだけだ。ルーシェだけを愛してるんだ……」
「──っ!」
何とか耐えていた涙が、耐えきれずにぶわり、とルーシェの瞳から溢れた。
口数が少なく、寡黙で、口下手なキアトから愛の言葉など聞いた事がなかった。
態度や、雰囲気から好いてくれているのだろう、と言う事は分かってはいたが、ルーシェはずっと不安だったのだ。
キアトの気持ちを今、初めて聞く事が出来てルーシェは耐え切れずに泣き出してしまう。
だが、自分もちゃんと気持ちを伝えなければ、とルーシェはしゃくりあげながらも、何とかキアトに視線を合わせると自分もキアトに向けて気持ちを伝える。
「──私も、です……っ、私も誰よりもキアト様をお慕いしております……っ」
「ルーシェ……っ!ああ、良かった……っ!」
「……え、ひゃあっ!」
ルーシェの言葉を聞いて、キアトも若干瞳を潤ませるとルーシェの体を真正面から抱き締める。
ぎゅうぎゅうと、まるでもう逃がしてやるものか、とでも言うように強く強く抱き締められてルーシェは頬を真っ赤に染めながら、ばくばくと暴れる心臓はそのままにそっとキアトの背中に自分の腕を回した。
ルーシェが抱き締め返してくれた事に気付いたキアトは、更にルーシェを抱き締める腕に力を篭めると、ルーシェの耳元に自分の頬を甘えるように擦り寄せて、嬉しさに弾む声音で言葉を紡いだ。
「ありがとうルーシェ。嬉しすぎて兄上の捜索に、今すぐにでも復帰出来そうだ」
30
お気に入りに追加
1,519
あなたにおすすめの小説
【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。
王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。
友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。
仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。
書きながらなので、亀更新です。
どうにか完結に持って行きたい。
ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。
旦那様に離縁をつきつけたら
cyaru
恋愛
駆け落ち同然で結婚したシャロンとシリウス。
仲の良い夫婦でずっと一緒だと思っていた。
突然現れた子連れの女性、そして腕を組んで歩く2人。
我慢の限界を迎えたシャロンは神殿に離縁の申し込みをした。
※色々と異世界の他に現実に近いモノや妄想の世界をぶっこんでいます。
※設定はかなり他の方の作品とは異なる部分があります。
公爵令嬢ディアセーラの旦那様
cyaru
恋愛
パッと見は冴えないブロスカキ公爵家の令嬢ディアセーラ。
そんなディアセーラの事が本当は病むほどに好きな王太子のベネディクトだが、ディアセーラの気をひきたいがために執務を丸投げし「今月の恋人」と呼ばれる令嬢を月替わりで隣に侍らせる。
色事と怠慢の度が過ぎるベネディクトとディアセーラが言い争うのは日常茶飯事だった。
出来の悪い王太子に王宮で働く者達も辟易していたある日、ベネディクトはディアセーラを突き飛ばし婚約破棄を告げてしまった。
「しかと承りました」と応えたディアセーラ。
婚約破棄を告げる場面で突き飛ばされたディアセーラを受け止める形で一緒に転がってしまったペルセス。偶然居合わせ、とばっちりで巻き込まれただけのリーフ子爵家のペルセスだが婚約破棄の上、下賜するとも取れる発言をこれ幸いとブロスカキ公爵からディアセーラとの婚姻を打診されてしまう。
中央ではなく自然豊かな地方で開拓から始めたい夢を持っていたディアセーラ。当初は困惑するがペルセスもそれまで「氷の令嬢」と呼ばれ次期王妃と言われていたディアセーラの知らなかった一面に段々と惹かれていく。
一方ベネディクトは本当に登城しなくなったディアセーラに会うため公爵家に行くが門前払いされ、手紙すら受け取って貰えなくなった。焦り始めたベネディクトはペルセスを罪人として投獄してしまうが…。
シリアスっぽく見える気がしますが、コメディに近いです。
痛い記述があるのでR指定しました。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。
あなたの事は記憶に御座いません
cyaru
恋愛
この婚約に意味ってあるんだろうか。
ロペ公爵家のグラシアナはいつも考えていた。
婚約者の王太子クリスティアンは幼馴染のオルタ侯爵家の令嬢イメルダを側に侍らせどちらが婚約者なのかよく判らない状況。
そんなある日、グラシアナはイメルダのちょっとした悪戯で負傷してしまう。
グラシアナは「このチャンス!貰った!」と・・・記憶喪失を装い逃げ切りを図る事にした。
のだが…王太子クリスティアンの様子がおかしい。
目覚め、記憶がないグラシアナに「こうなったのも全て私の責任だ。君の生涯、どんな時も私が隣で君を支え、いかなる声にも盾になると誓う」なんて言い出す。
そりゃ、元をただせば貴方がちゃんとしないからですけどね??
記憶喪失を貫き、距離を取って逃げ切りを図ろうとするのだが何故かクリスティアンが今までに見せた事のない態度で纏わりついてくるのだった・・・。
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★ニャンの日present♡ 5月18日投稿開始、完結は5月22日22時22分
★今回久しぶりの5日間という長丁場の為、ご理解お願いします(なんの?)
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。
ごめんなさい、お淑やかじゃないんです。
ましろ
恋愛
「私には他に愛する女性がいる。だから君は形だけの妻だ。抱く気など無い」
初夜の場に現れた途端、旦那様から信じられない言葉が冷たく吐き捨てられた。
「なるほど。これは結婚詐欺だと言うことですね!」
「……は?」
自分の愛人の為の政略結婚のつもりが、結婚した妻はまったく言う事を聞かない女性だった!
「え、政略?それなら最初に条件を提示してしかるべきでしょう?後出しでその様なことを言い出すのは詐欺の手口ですよ」
「ちなみに実家への愛は欠片もないので、経済的に追い込んでも私は何も困りません」
口を開けば生意気な事ばかり。
この結婚、どうなる?
✱基本ご都合主義。ゆるふわ設定。
嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい
風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」
顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。
裏表のあるの妹のお世話はもううんざり!
側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ!
そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて――
それって側妃がやることじゃないでしょう!?
※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。
7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた
小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。
7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。
ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。
※よくある話で設定はゆるいです。
誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる