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しおりを挟むそもそも、何故ここまでフェルマン伯爵家が混乱に陥ったのか。
それはルーシェとキアトのお茶会の翌日に遡る。
キアトは、いつもの様に騎士団へ向かう為に支度をしていたのだが、突然この伯爵家の現当主であるキアトの兄、キラージがキアトの自室にやって来た事から始まる。
「──兄上、何かよう、で……」
何か用ですか?
そうキアトが聞こうとしていた言葉が途中で止まってしまった。
それもその筈。
兄であるキラージの腕には、大切そうに生後まもない赤子が抱かれていたのだ。
ふえふえと小さな泣き声を上げながら、兄の腕にすっぽりと収まるその赤子と、兄の顔を何度も行ったりきたり、と視線を向けてしまう。
その赤子の髪色、顔立ちからキラージの息子だと言う事が瞬時に分かり、キアトは顔色を悪くした。
兄である伯爵家当主は、未だ独身で婚約者すらいない。
その兄が、何処で誰との子供を作ってしまったのか。
キアトの顔色を見て、キラージも言いたい事は分かったのだろう。
だが、ふるふると小さく首を横に振ると、憔悴しきった表情でぽつりと呟いた。
「……母親が亡くなってしまった……この子は一人になってしまう……。私の子供なのに、愛する人との子供なのに、孤児院には入れたくない……」
「ちょ、ちょっとお待ち下さい兄上……。愛する人?兄上には婚約者は──……」
「ああ、そうだ。私には婚約者が居ない……。愛する人が居ると言うのに、その人を差し置いて他の女性と結婚するなど私には無理だった……」
キラージの言葉を聞いて、キアトはくらり、と目眩を覚えてしまった。
キラージの口ぶりからして、その愛する人と言うのは貴族階級の女性ではないのだろう。
恐らく、平民の女性だろうか。
その女性との間に子を成し、私生児と言う存在を作ってしまったのだ。
「そんな……、待って下さい……」
伯爵家の当主と言う立場の兄が犯した、愚かな罪。
当主であれば、平民の女性との婚姻は認められないだろう。
貴族の女性と婚姻し、子を成してから妾として邸外にその平民の女性を囲えば良かったものの、それを出来なかった兄は、妻を迎える事なく、その平民の女性との間に子を成し、そしてその女性が亡くなってしまったが為に、赤子を引き取ってしまった。
「これが、周囲に知られれば──……!」
大変な事になる。
「何故……っ、その女性と子を成してしまったのですか……っ。時間があれば……っ、時間を掛ければもしかしたら他にも道があったかもしれないのに……!」
「すまない、すまないキアト……。どうしても出来なかった。愛してもいない女性を妻に迎える事も。愛していない女性との間に子を成す事も私には出来ない……、出来なかったんだ……」
伯爵家当主として、このまま妻を迎えないのはどうなのか、と周囲から言われキラージは何度か釣り合いの取れる家門の令嬢と顔合わせをしていた事がある。
だが、その女性達とその後どうなる事も無く、後継者については宙ぶらりんのまま月日だけが流れて行ってしまっていた。
キラージとしては、弟であるキアトが居る事と、キアトには同じ貴族の婚約者が居る事から跡継ぎ問題をそこまで深く考えていなかったのかもしれない。
自分が跡継ぎを作らなくても、弟が居る。
婚約者とそのまま結婚すれば、子宝にも恵まれるだろう、と甘い考えがあったのだろう。
そして、その甘い考えが招いた悲劇だ。
伯爵家に突然赤子がやって来てしまっては、その内周囲に知れ渡るのも時間の問題だ。
親戚にどう説明すればいい。
それに、赤子の籍は?貴族籍に入れると言うのか。
だが、それには教会と貴族院への手続きが必要だ。
その際に、未婚の伯爵家当主に突然赤子の子供が出来れば忽ち周囲に噂が広まってしまうだろう。
貴族は噂話が大好きなのだから、格好の話のネタにされてしまう。
そうすれば、赤子が成長した時どんな目で見られてしまうのか。
どんな対応をされてしまうのか。
自分の子供の将来を考えなかったのか。
様々な事を考え、キアトはやるせない気持ちになってしまった。
憔悴しきっている目の前の兄を、これ以上責め立てる事は出来ない。
愛する人を亡くし、その子供をどうすればいいのか分からず途方に暮れているのだろう。
今は頭が混乱していて、正しい判断が出来なくなっているかもしれない。
キアトは一先ず、今日騎士団へ向かう事は諦め職場に休みを貰う事を急ぎ使用人に伝えに行ってもらう事にした。
これからの伯爵家の事を話し合わなくてはいけない。
そして、兄キラージとの話し合いは長時間行われたがいい方法は見つからず、また翌日話し合おうと決めたが、翌日兄に急ぎの仕事が入ってしまい、兄は隣国へ向かう為馬車に乗り込んで伯爵家を出て行ってしまった。
そして、兄が仕事に向かった翌日。
馬車が転落事故に合い、兄の生死が不明だと連絡が来たのだった。
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