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しおりを挟む青年は、自分自身がどれだけ凄い事をしたのかを理解していないのだろう。
呆気に取られているフィミリアやフレディ達に戸惑っている様子で、フレディはちらりとフィミリアに視線を向けた後、男性の護衛騎士達を先に歩かせゆっくりと邸に戻った。
邸に戻る道中。
フィミリア達が滞在している邸が視界に入った所で、前方で何か騒いでいるような声が聞こえ、フィミリアの少し前方を歩いていたフレディは訝しげにその騒ぎの方へと顔を向けると、騒ぎの元を目にした瞬間、眉を顰めた。
サーシャと、青年に付いていた護衛騎士がフィミリア達を追う為に邸の外に出たのだろう。
だが、サーシャと護衛の騎士がフィミリア達の元へ向かう前にもう一箇所の討伐に向かっていたサミエル達が戻って来て、その場で何か言い争いをしているようだった。
「フィミリア、ラティシア。先に邸に戻っていなさい。私はバーデンウィット卿と話をしてくる」
「分かりました。……あなた、落ち着いてね?」
「ああ、大丈夫だよ」
フレディの言葉にくこりと頷いたラティシアがフィミリアに振り返り、「私達は裏門から戻りましょうか」とフィミリアに笑いかける。
万が一後方から魔獣の接近があった際に備えて、一番後ろを歩いて付いて来ていた青年は、フィミリアとラティシアからささっと距離を取るがその様子を見ていたラティシアが青年に顔を向ける。
「──そこの……そう、君も。君も私達と一緒に裏門から戻りましょうか。……いい?フィミリア」
青年に声を掛けたあと、ラティシアはフィミリアの顔を覗き込み、そう問い掛けるがフィミリアは「勿論です」と頷く。
不思議な事に、フィミリアは青年に対して驚く程に嫌悪感や恐怖心を抱かない。
フィミリアは、最初は自分よりも残酷な経験をしたであろう青年に対して、同情心を抱いているのかと思っていたが、先程ラティシアを探しに行く時に青年と接触する機会があったが、不快感を覚えなかった。
その事実にフィミリア自身も驚いたが、何故青年は大丈夫なのかは分からない。
(この方が……魔法を使用する事が出来る方だから……?浄化魔法……いえ、光魔法を使える方にはそういった不思議な作用があるのかしら……)
フィミリアは、その事もフレディに相談してみよう、と考えながら青年に「戻りましょう」と声を掛けた。
フィミリアとラティシア、そして青年の三人が裏門に向かった事を確認すると、フレディは前方で言い争いをしている場所へと足を進める。
近付いて行く度に、争っている声が聞こえて来て、フレディは表情を引き締めるとサーシャとサミエルに声を掛けた。
「──何をそんなに騒いでいる……!?」
「ハーツウィル子爵……っ!」
「ご無事でしたか……!」
フレディが姿を見せた事に、サーシャはほっと安心したような表情を浮かべ駆け寄って来て、サミエルはきょろきょろと周囲を見回した後、フレディに視線を向けて唇を開いた。
「ハーツウィル子爵、我々が向かった先で三体の魔獣と交戦、そして殲滅し聖女様に浄化して頂きました」
「ああ、ありがとう。バーデンウィット卿。詳しい報告は中に入ってからにしようか」
「……っ、お待ち下さいハーツウィル子爵……!サーシャ・アッカートニーからお聞きしております。ご夫人は無事でしたでしょうか?そして……、夫人を探しに向かったフィミリア・ハーツウィル嬢は……」
「──ああ。妻も、娘も無事だ。二人は別の入口から戻らせた。……当然だろう?」
フレディの言葉に、サミエルはぐっと唇を噛み締めると俯いてしまう。
だが、サミエルの後から聖女が割って入るようにしてフレディに声を掛けて来た。
「魔獣は、魔獣がそちらにも出たのではないでしょうか?私が居なければ浄化が出来ません。今すぐその場に案内して下さい」
キリッとした表情で、自分の胸元に手を当てる聖女に視線を向けると、フレディは「いえ」と言葉を返す。
「我々が向かった先には、魔獣は発生していませんでした、聖女様。丘にいた私の妻を保護して戻って参りましたので、浄化の必要はございません。ありがとうございます」
にこり、と取り繕うように笑顔を浮かべるフレディに、聖女はほっとしたように表情を緩めると「それなら良かったです」と言葉を零した。
だが、サミエルはフィミリアの姿を探すように周囲をきょろ、と見回していて。
執着にも似たサミエルの視線がフィミリアに行かないよう、フレディは騎士の者達を急かして邸へと促す。
だが、フレディに急かされ邸へと戻る途中サミエルの視線はフィミリアを捉えてしまった。
ラティシアに手を引かれ、裏門と思わしき場所から戻るフィミリアの隣に見慣れぬ男があっさりとその場に収まっていた。
サミエルは、フィミリアの隣は自分の場所だったのに、と身勝手な嫉妬心を抱きながらフレディに急かされながら邸へと入って行った。
そうして、ひと騒動が起きたハーツウィル子爵邸に、王都の国王陛下から聖女に関する書状が届いていた。
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