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しおりを挟む──そうして、迎えたハーツウィル家が王都を旅立つ日。
フィミリアやフレディ、そしてフィミリアの侍女であるミアが乗る馬車とは別に、滞在先に持って行く荷物達を乗せた馬車。
馬車を二台程使用し、出立の準備が整った。
「フィミリア、今日は私達の馬車の近くには騎士団の女性騎士が付いていてくれる。男性騎士も居るが、彼らには姿を見せないように伝えているので馬車から見える景色を楽しむ事が出来るからな」
「お父様、ありがとうございます。手配や、連絡など全て任せてしまって申し訳ございません」
フレディの言葉に、フィミリアが申し訳無さそうに肩を落とし、そう返すとフレディは「気にするな」と微笑んでフィミリアの頭を撫でる。
「……何だか、騎士団の方達に申し訳ない事をしている気分になってしまいます……」
「申し訳無く思う必要は無い。まだ男性の姿に恐怖を感じるのは変わっていないんだ。やっとハーツウィルの男性使用人に慣れた所だろう?」
「そう、ですが……わざわざ護衛にやって来て下さった騎士団の方達の配置を変更させてしまって申し訳無くて……」
フィミリアは、自分の我儘で男性騎士を遠くに配置してしまった、と考え申し訳なさそうに背後にちらり、と視線を向ける。
フレディの言う通り、フィミリアはやっと自分の邸で働いてくれている男性使用人達の姿に怯える事は無くなり、話をする事が出来るようになった。
今回のようにこうして近場に男性がいない状態であれば、遠くに男性が居て姿を視界に入れてしまっても怯えにより動けなくなってしまう、と言う現象は起きなくなってはいるが、フレディはわざわざフィミリアに負担を負わせるつもりは無い。
それに、今回の護衛に関してはこちらが要請したのではなく、近衛騎士団から目的地まで護衛をする、と申し出を受けたのだ。
ハーツウィルがそこまで気を使う必要は無い、とフレディはキッパリと言い放った。
(──それに……。恐らく、彼の強い要望により今回の護衛任務が行われている筈だしな)
フレディは、フィミリアの姿を見た後に後方に集まっている男性騎士達の方へちらりと視線を向ける。
そこには予想していた通り、この第二師団の団長であるサミエルが他の騎士達に警護の際の配置などを指示している。
指示が終わったのだろうか。サミエルはふ、と視線を上げるとフレディの先に居るフィミリアに焦がれるような視線を送っている。
「──不愉快だな」
「……え、?お父様、何か言いましたか?」
フレディの先を歩き、馬車へ近付いていたフィミリアがフレディの呟きに反応したのか、こちらに振り返る。
フィミリアの顔すらサミエルに見せたく無かったフレディは、直ぐに微笑みを浮かべると「何でもない」と声を掛けてフィミリアを馬車へと促した。
目の前で、馬車に乗り込むフィミリアの姿をじっと視線で追いながら、サミエルはフィミリアに近付けない現状に、フィミリアの笑顔が近くで見れない現状にとても焦れていた。
「フィミリア……」
どうしてこんな事になってしまったのか。
「いや、分かってる……。全部俺が悪いのは分かっているんだ……」
当たり前に側にあるものだと思っていた。
何があっても、自分の側からフィミリアは離れていかない、と言う慢心があったのだ。
フィミリアからの愛情を確かに実感していたし、サミエル自身もフィミリアを好いている。
あまりにも、フィミリアが側に居てくれる事が当たり前の事となっていて、まさかフィミリアが自分から離れて行ってしまうなんて考えもしなかった。
フィミリアと離れ、聖女の浄化の旅に同行して、聖女を護る内にフィミリアと出会った時のような「護ってあげなければ」と言う気持ちを聖女に対して強く抱いた。
自分を頼ってくれる聖女が愛らしく感じ、自分にだけ弱音を零す聖女に優越感を感じた。
この国で、唯一魔素を浄化出来る偉大な人物が、自分だけに弱音を吐き、弱さを晒け出し、頼ってくれる。
その優越感に酔いしれたのだ。
そして、弱みを見せる聖女を愛らしい、と感じたのも事実。
フィミリアと出会った時に、フィミリアと共に過ごす内にフィミリアに感じた感情と同じ物を確かに抱いていた。
「だが……。結局……フィミリアが俺から離れると知った時の絶望感には聖女様への気持ちなど到底及ばない……」
確かに聖女に対して愛らしいと感じていたのに。
護ってあげなければ、と思っていたのに。
今回、フィミリアの移動中に護衛任務で長期間聖女の側を離れる、と報告した時に泣かれ、行かないでくれ、と縋られて苛立ちを感じてしまった。
フィミリアの元へと向かうのに、邪魔をしようとする聖女に苛立ったのだ。
「フィミリア……」
結局、聖女を愛らしいと感じていたのも、好きだと感じた事も本当の気持ちでは無かったのかもしれない。
フィミリアに抱く感情に比べたら、比べようもない程だ。
「どうか……もう一度俺にチャンスを貰えれば……」
今度こそは絶対にフィミリアを泣かせない、悲しませない、とサミエルは強く心に誓い、動き出す馬車の後方からゆっくりと馬を動かした。
「──サミエルさん、見付けた」
ふふっ、と鈴の音が転がるような美しさで嬉しそうに言葉を呟く声が背後から聞こえたような気がして、サミエルは勢い良く背後を振り返った。
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