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聖女のその美しい佇まいに皆が感嘆の吐息を零す。
洗練された所作で歩みを進め、会場の中心に来るとサミエルにエスコートされていない反対の腕でドレスの裾を指先で摘み、美しい淑女の礼を披露した。
その瞬間、周りからは溢れんばかりの歓声が湧き上がり聖女はキョトンとした後、照れくさそうにサミエルに笑い掛けた。
笑いかけられたサミエルは、眉尻を僅かに下げ困ったように微笑むがどこか暗い表情をしている。
表立って表情を顕にしていないが、フィミリアとの事が影を落とし、先日の蕩けるような微笑みはなりを潜めていた。
聖女とサミエルの二人のやり取りを遠くから眺めていたフィミリアとフレディは、何とも言えない表情である。
二人から視線を逸らそうとしたフィミリアに、ふとサミエルが視線をこちらに寄越した。
─バチリ
と絡み合う視線に、フィミリアはひくっと喉が震える。
サミエルは目を見開くと、瞳に戸惑い、罪悪感、そしてフィミリアへの未練─それらの複雑に混じりあった感情を乗せているのをフィミリアは感じ取ってしまった。
サミエルが完全にこちらに体の向きを変えて、口を開こうとしているのがわかった瞬間、フィミリアはサミエルからばっと視線を外した。
(聖女様のエスコートをしているのに、サミエル様は何をしようとしたの─!?)
あの場で聖女から視線を外すことも、体の向きを聖女から逸らすことも、ましてや聖女以外の女性に声を掛ける事等あってはいけない。
聖女のエスコート、という大役を理解していない行動にフィミリアはひやり、と背筋に嫌な汗をかく。
もう自分達は婚約解消の書類を提出した。
近日中に、正式に婚約は解消されるだろう。
沢山の人の目がある中で、先程のような態度は醜聞となる。
サミエルも、その事は分かっているはずだ。
なのに何故?
と僅かな怒りを感じているのと同時に、フィミリアはやはりサミエルへの恋情を未だ捨てる事が出来ていない。
好いた男性に見つめられれば心が甘くときめくし
僅かでも好いた男性の心に自分の存在を認めれば歓喜で心が震えてしまう。
フィミリアから視線を逸らされたサミエルは、一瞬瞳の奥に悲しみを湛えた。
だが、次の瞬間国王の夜会開催の言葉に思考を切り替えると、聖女へと意識を戻したのであった。
「サミエルさん、この後のファーストダンスお願いしてもいい?私、この日の為にダンスの練習沢山したのよ?」
鈴の音のような澄んだ声で喜色を滲ませ請われる言葉に、以前の自分だったら何も考えず喜んでいただろう。
だが、今は以前のように手放しで喜べない。
「聖女様、私とファーストダンス等恐れ多い事です。以前から、聖女様とのファーストダンスは王太子殿下と国で決められております」
「あら、確かに政略的に私は王家の血筋との婚姻を決められてはいるけれど、誰を好きになるかは私の自由でしょう?」
ふふ、と笑う目の前の女性にサミエルは戸惑う。
以前の自分であれば、考え無しに喜んだだろう。けれど、こうなった今、夢から覚めたような感覚だ。
聖女が現れて以来、その御身は王族との婚姻のち、王族の血筋を残す為厳重に護られる。
聖女の力は王族との子孫にのみ継承される可能性がある為だ。
はるか昔、初代聖女が降臨した際に当時王太子だった後の国王と愛を育み、子を身篭った。
出産し、生まれた王女には聖女ほどの力はなかったが、僅かに魔獣の放つ魔素を祓う力が受け継がれたと古い書物に記されている。
その後表れる聖女の中には、王族以外と婚姻した聖女も多くいたが、誰一人として子孫には聖女の力が受け継がれなかった。
初代聖女が特別だったのか、と囁かれ続けたが次に現れた聖女と子を成した王族の子孫に力を受け継ぐ女児が再び生まれたのである。
力を受け継ぐ可能性があるのは第一子のみで、その後どれだけ子が生まれようと誰一人として力は受け継いでいなかった。
その昔の記憶から、王家は聖女の力を継承出来るのは王族との子孫のみの可能性があると理解した。
それ以降、聖女が降臨した際には年頃の王子と婚姻を結ぶべきだ、と決めたのである。
聖女に何かあった場合の、聖女の代わり。
自分が産み落とす子供は、今後聖女に何かあった場合に力が弱かろうが自分と同じように駆り出されるのだろう。
その事実に、歴代聖女達はみな等しく外に愛する男性を作って来た。
政略であれば仕方ない、聖女自身も我が身可愛さに国民を危険に晒したくはないのだ。
だから、子は王族との間に残すから。
好きな人が出来てしまうのは目を瞑って。
好いた男性と、子は残さないから。
だから──
「私がサミエルさんを愛しても仕方ないことでしょう?」
聖女はにこり、とサミエルに微笑んだ。
洗練された所作で歩みを進め、会場の中心に来るとサミエルにエスコートされていない反対の腕でドレスの裾を指先で摘み、美しい淑女の礼を披露した。
その瞬間、周りからは溢れんばかりの歓声が湧き上がり聖女はキョトンとした後、照れくさそうにサミエルに笑い掛けた。
笑いかけられたサミエルは、眉尻を僅かに下げ困ったように微笑むがどこか暗い表情をしている。
表立って表情を顕にしていないが、フィミリアとの事が影を落とし、先日の蕩けるような微笑みはなりを潜めていた。
聖女とサミエルの二人のやり取りを遠くから眺めていたフィミリアとフレディは、何とも言えない表情である。
二人から視線を逸らそうとしたフィミリアに、ふとサミエルが視線をこちらに寄越した。
─バチリ
と絡み合う視線に、フィミリアはひくっと喉が震える。
サミエルは目を見開くと、瞳に戸惑い、罪悪感、そしてフィミリアへの未練─それらの複雑に混じりあった感情を乗せているのをフィミリアは感じ取ってしまった。
サミエルが完全にこちらに体の向きを変えて、口を開こうとしているのがわかった瞬間、フィミリアはサミエルからばっと視線を外した。
(聖女様のエスコートをしているのに、サミエル様は何をしようとしたの─!?)
あの場で聖女から視線を外すことも、体の向きを聖女から逸らすことも、ましてや聖女以外の女性に声を掛ける事等あってはいけない。
聖女のエスコート、という大役を理解していない行動にフィミリアはひやり、と背筋に嫌な汗をかく。
もう自分達は婚約解消の書類を提出した。
近日中に、正式に婚約は解消されるだろう。
沢山の人の目がある中で、先程のような態度は醜聞となる。
サミエルも、その事は分かっているはずだ。
なのに何故?
と僅かな怒りを感じているのと同時に、フィミリアはやはりサミエルへの恋情を未だ捨てる事が出来ていない。
好いた男性に見つめられれば心が甘くときめくし
僅かでも好いた男性の心に自分の存在を認めれば歓喜で心が震えてしまう。
フィミリアから視線を逸らされたサミエルは、一瞬瞳の奥に悲しみを湛えた。
だが、次の瞬間国王の夜会開催の言葉に思考を切り替えると、聖女へと意識を戻したのであった。
「サミエルさん、この後のファーストダンスお願いしてもいい?私、この日の為にダンスの練習沢山したのよ?」
鈴の音のような澄んだ声で喜色を滲ませ請われる言葉に、以前の自分だったら何も考えず喜んでいただろう。
だが、今は以前のように手放しで喜べない。
「聖女様、私とファーストダンス等恐れ多い事です。以前から、聖女様とのファーストダンスは王太子殿下と国で決められております」
「あら、確かに政略的に私は王家の血筋との婚姻を決められてはいるけれど、誰を好きになるかは私の自由でしょう?」
ふふ、と笑う目の前の女性にサミエルは戸惑う。
以前の自分であれば、考え無しに喜んだだろう。けれど、こうなった今、夢から覚めたような感覚だ。
聖女が現れて以来、その御身は王族との婚姻のち、王族の血筋を残す為厳重に護られる。
聖女の力は王族との子孫にのみ継承される可能性がある為だ。
はるか昔、初代聖女が降臨した際に当時王太子だった後の国王と愛を育み、子を身篭った。
出産し、生まれた王女には聖女ほどの力はなかったが、僅かに魔獣の放つ魔素を祓う力が受け継がれたと古い書物に記されている。
その後表れる聖女の中には、王族以外と婚姻した聖女も多くいたが、誰一人として子孫には聖女の力が受け継がれなかった。
初代聖女が特別だったのか、と囁かれ続けたが次に現れた聖女と子を成した王族の子孫に力を受け継ぐ女児が再び生まれたのである。
力を受け継ぐ可能性があるのは第一子のみで、その後どれだけ子が生まれようと誰一人として力は受け継いでいなかった。
その昔の記憶から、王家は聖女の力を継承出来るのは王族との子孫のみの可能性があると理解した。
それ以降、聖女が降臨した際には年頃の王子と婚姻を結ぶべきだ、と決めたのである。
聖女に何かあった場合の、聖女の代わり。
自分が産み落とす子供は、今後聖女に何かあった場合に力が弱かろうが自分と同じように駆り出されるのだろう。
その事実に、歴代聖女達はみな等しく外に愛する男性を作って来た。
政略であれば仕方ない、聖女自身も我が身可愛さに国民を危険に晒したくはないのだ。
だから、子は王族との間に残すから。
好きな人が出来てしまうのは目を瞑って。
好いた男性と、子は残さないから。
だから──
「私がサミエルさんを愛しても仕方ないことでしょう?」
聖女はにこり、とサミエルに微笑んだ。
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