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第四十話
しおりを挟むケトニック・オメアラは口汚く罵りながら早足で学園の廊下を進んでいた。
既に午前中の授業が始まっている為、廊下には誰一人として姿がなくしん、と静まり返った廊下を学園の玄関へと向かって進む。
「くそっ!くそっ!何で俺がこんな目に⋯⋯!ラビナは正しいのに!ラビナが言う事は全部全部全部正しいのに!」
退学処分になった、などと自分の子爵家へ報告したらどうなるか。
学園を卒業する事が出来ない、退学処分を受けた貴族がこの国ではどう言った目で見られるか。
その事を考え、ケトニックはぞっとした。
将来自分は国の要職に就く事が出来ず、家族からも見捨てられた自分は平民として暮らすしかなくなってしまうのではないか。
「嫌だ、嫌だ──何で、俺だけが⋯⋯っ」
とうとう耐えきれず、ケトニックの瞳からはボロボロと涙が零れ落ち背中を丸めながら学園を後にした。
「──出てったみたいだな」
アルヴィスは、いつもの非常階段から遠視の魔法でケトニックの行動を見ていたのだろう。
ぽつり、と呟くと眼下で大人しく階段に座っているエレフィナを静かに見つめた。
あれから自分達は学園長室を退出すると、午前中の授業に間に合わない為、そのまま昼食の時間までこの非常階段で時間を潰そうとこの場所へ来ていた。
学園長室への呼び出しで授業に参加出来なかった分は後日、教師を手配して別途エレフィナへと授業を行ってくれるらしい。
その特別対応に初めは恐縮していたエレフィナだったが、学園長からそう言われてしまえば頷くしかない。
しかも、それがこの後も三家分続くのだ。
全てこのような対応にしてもらった方が学園側としてもやりやすいのだろう。
アルヴィスはエレフィナから拳一つ分離れて隣に腰を下ろすと、黙って前を見つめるエレフィナを横目で見やる。
「──あれ、は自分の自業自得だ。強力な精神干渉が成されていた訳じゃない。自分で判断し、行動した結果だ。貴族であるのなら、自分の行動や言動に責任をとる必要がある」
だから、エレフィナ嬢が抱え込む必要はない。
最後の一文をアルヴィスは口にできず、そっとエレフィナの髪の毛を撫でる。
「目を背けてはいけませんわね。私自身が下したのですもの」
公爵令嬢としての権力、大公としての父親の権力で一人の未来ある若者の人生を潰した。
相手もそれだけの事をしたのだ、というのは頭では分かっている。それでも、やはり晴れやかな気持ちにはなれない。
「嬉々として人の人生を壊すような人間は、碌でもない奴だ。その気持ちを忘れてくれるなよ」
「⋯⋯ええ、そうですわね」
こてん、とエレフィナはアルヴィスの肩に自分の頭を預けるとそっと階下へと視線を落とす。
「これからが、始まりですもの⋯⋯、しっかりしますわ」
「ああ、だがしんどくなったら我慢するなよ」
アルヴィスはエレフィナの肩を抱いて自分へと凭れさすと、慰めるように何度も何度も肩を叩いた。
「俺も三日後か、そこでラビナ・ビビットの背後にいる人物の手がかりを得られればいいが⋯⋯」
「私もその場におりましょうか?ラビナさんはその、私に凄く敵対心を燃やしておられるので感情を揺さぶれるかもしれませんわ」
エレフィナの言葉にアルヴィスは瞳を瞬かせると、「それいいな」と素直にエレフィナの申し出を受ける。
「私も、出来ればアルヴィス様の授業は数多く出たいですわ」
普通であればこんな素晴らしい肩書きのある人物の授業を受ける機会なんて滅多に味わえない。
アルヴィスの魔術に関する考察や、魔力を術へと昇華させるその手腕は目を見張る程美しい。
せっかく学園で講師をしてくれているのだ、この機会に盗める物は盗みたいとエレフィナはきらきらと瞳を輝かせている。
「⋯⋯別に、エレフィナ嬢には授業とは別に教えても俺はいいんだけどな⋯⋯」
「え?」
ぼそりと呟かれたアルヴィスの言葉はエレフィナの耳に入る事なく消えていった。
公爵家に帰宅して、父親と兄に一人目を退学処分にした旨を伝えると二人はただ黙ってエレフィナの頭を撫でて優しく抱き締めてくれた。
エレフィナは何度もありがとう、と礼を伝えると"次"の人物の準備をし始める。
一人目と同じように集めた証拠と報告書を作成し、父親に渡す。
そうすれば、父親が公爵家の名前で学園に"報告"を上げてくれる。
そうすれば後はもう一人目と同じような流れだ。
後日、二人目の処分日を記載した手紙がエレフィナの元へと届くだろう。
そのように毎日少しづつ準備していると、あっという間にアルヴィスが言っていたラビナ・ビビットとの約束の授業の日になった。
この授業の日にラビナは失言をし、自分の背後にいる人物の名前を口に出してしまう事をまだ誰も知らない。
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