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第二十九話
しおりを挟むバサリ、と男は乱雑な手つきで部屋のベッドへと羽織っていたコートを投げ捨てると面倒くさそうに息を吐いて襟元を緩めた。
「ったく、執拗いねぇお犬さんは······飼い主に従順なのはいい事だがここまでだと鬱陶しいな」
男は徐に自分の胸ポケットから細長い鉄製の針のような物を取り出すと、先端に付着した赤黒い液体をベッドのシーツで乱暴に拭う。
ここも、もうそろそろ潮時か。と男は呟くと元々少なかった荷物を手早く纏めて行く。
「あの淫乱ちゃんには後で連絡するとして······この面倒な相手をどう対処するか······あまり深く入り込むなって言われてんだよなぁ~」
ガリガリと頭を書きながら男は呟くと、必要な物を身につけるとその場から忽然と姿を消した。
男がいた場所にはきらきらと輝く魔力残滓だけが残っていた。
ラビナ・ビビットには幼い頃から自分の魔力と魔法について指導してくれる人物がいた。
この国では学園に入るまで体への影響を考慮して子供のうちから魔法については学ばせてくれない。魔力自体も、成長するにつれ保有量が多く強くなって行く事から幼い頃には魔法という物があるという初期知識だけを教えられるのだ。
だが、何処からともなくふらりと現れたその男は、何の得にもならないのに幼いラビナに魔法の仕組み、魔術としての昇華の仕方、魔力についてを教えてくれた。
"ラビナは可愛いから、ラビナが願えば皆がラビナの願いを叶えてくれるよ"といつも優しい笑顔で言ってくれていた。
自分を両親以上に可愛がってくれるその男にラビナはよく懐き、そして依存した。
ラビナの言う事を無条件で肯定してくれたし、欲しいものは時間をかけてゆっくり準備をして手に入れるんだ。とも教えてくれた。
そして、初めての快楽を教えてくれたのもこの男だ。
自分が願えば全てが手に入ると教えてくれた。
男の助言の通りに動いてきた結果、本当に今自分は全てをあの憎い女から奪いさり手に入れることが出来たのだ。
ラビナは全幅の信頼を男に寄せていたし、男もラビナの成功を喜んでくれて褒めてくれる。
だから、次にラビナが目をつけているアルヴィスの事を男に相談した。アルヴィスも自分の物にしたい、あの男を自分の所有するコンラットの隣に並べたい、と話した。
あの男に手を出すのは辞めておけと言われたが自分が望めば手に入らなかった物はない。
ラビナは、男の忠告を聞き入れず独自にアルヴィスを手に入れる為に動く事を決めたのだ。
何故、あれ程までアルヴィスに手を出す事に男が難色を示したのかが分からない。
ラビナだったら何でも手に入るよ、と言ってくれたのは男なのに。
男の言う通り、ラビナが欲しかったコンラットも手に入った。学園生活での自分の味方も手に入った。全部全部全部成功しているのに、何故。
「ねぇ、コンラット様······私、一番になりたいの」
ラビナは自分の隣で寝息を立てるコンラットの髪の毛を弄りながら呟く。
ああ、午後の授業を欠席してしまった。とラビナは溜息をつく。
折角あのアルヴィスの指導する授業だったのに。コンラットが自重しないせいで大事なアルヴィスが講師を務める授業を休んでしまった。
ふ、とラビナはいい案を思いつき、にんまりと口元に笑みを作った。
欠席してしまった事を謝罪し、午後の授業が終わった後にアルヴィスに個人的に教えて貰いに行けばいいのだ。
アルヴィスだって所詮はただの男なのだから。
自分が迫れば簡単に自分の手に落ちてくる筈だ、とラビナは信じて違わない。
アルヴィスの隣にいるのがいつもエレフィナである事が気に食わない。
何故再び邪魔をするのか。コンラットを奪われたショックで暫くは泣き暮らすと思っていたのに。
あわよくばそのまま学園から消えてしまえば良かったのに。
ラビナはふん、と鼻を鳴らすとコンラットを起こす為に少し強めに肩を揺すった。
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